恋が嫌いな少女は誰かを愛したい

七瀬りんね

プロローグ


 恋なんて一生したくない。そう思ったのはいつだろうか。あの子と一生会えないと考えてた日?、それとも桜が舞っていたの卒業の日?真相は分からない。

ただ一つ言えるのは、誰かを愛さないと私の存在意義を疑ってしまうということだけ。だから、あの子の事が忘れられなかったの。だってあの子は私の事をまっすぐ愛してくれていたから。


私、遠島久遠の幼少期は一部を除き、酷いものだった。両親は離婚、そして矢先には病気で入院し、その半分は病床に伏していた。

だが、そんな私にも明るい思い出はある。

「久遠!私達将来結婚しようね!」

懐かしい響きが耳を撫でる。彼女の名前は四条芽衣だった。

私が病院にいたとき、よく仲良くしてくれた子だ。華奢な白い髪に身を包み、瞳は青空のように青かった。正直、可愛かった。

「うん!」

そう返事していた。なんだか、一生大事にしないといけない約束な気がした。

二人で笑いあい、「絶対だよ?」と小言を挟む。


その二週間後だった。私が退院できることになったのだ。

嬉しいに変わりはなかった。でも、どうしても芽衣のことが心配だった。

私が芽衣に退院のことを言わなかった。ただ静かに病室を出て、名残惜しいという感情を出さず、後ろを見ずに歩いた。さようならは言えなかった。

その前の日に、折ってくれた折り鶴がまだ、勉強机の引き出しの奥にしまわれている。「久遠が幸せになりますように!」と、純粋な願いが込められた鶴はまだ色褪せない。大切な友人の一人として、病院に居た時のたった一人の友人として、これは大切にしようと思ったからだ。これがあれば私は幸せになれる、そう出処のない願いを信じていた。


だが、それとは違って、私の小学生時代は実に淡泊なものだった。普通に友人を作り、普通に勉強して、普通に卒業した。そして続く中学生、私は白馬の王子様と出会った、筈だった。

彼女の名前は五十嵐琥珀だった。女性らしい黒髪に、深淵のようだがどこか明るい瞳を持っていた。その真面目そうな風格にも関わらず、部活はバレー部に所属していて、太陽のように明るかった。

その笑顔に、どんどんと惹かれていった。


「好きでした!付き合ってください!」


桜が舞い、私達の人生の歩みを祝してくれているような、卒業の日。私は彼女に告白した。


「ごめんなさい...」


彼女から放たれる言葉はどこか慈愛的で、その慈愛の心や振られたという事実が、私の胸に深く突き刺さった。

私のおとぎ話のような恋物語は、そこで終わりを告げたのだ。


私はそれから恋愛なんぞしないと誓った。誰かに恋をして、叶わくてこんなに辛い思いをするなら、一人で泣き叫ぶなら、 こんな想い一生しなくていい。

私が出した人生の結論は、あまりにも悲観的で単純明快なものであった。

そして、泣いている中で視界に湧いてきたのは、忘れかけていた芽衣の笑顔だった。


♢♢♢


私は背中までかかっている長い黒髪をポニーテールにし、黒いセーラー服に袖を通す。真っ赤なリボンを結び、首に通そうとする。

私が今から行くことになる、私が今から入学する、懸東高校の制服はどれも可愛らしく、風通しが良い。


「...恋なんてしない」


誓いとも受け取れる言葉を私は吐く。リボンを結ぶ手の力を強くする。太陽はよく光っていて、空は快晴模様だった。

ここまで私は努力をした。一定の友人を作り、普通に高校生活を送るために。

前が見えない程だった前髪は綺麗に切ったし、つけていた丸メガネだってコンタクトにした。

努力をした事実が私を自信付ける。大丈夫、私は強いと言い聞かせる。

「...よしっ」

準備ができた。私はもう一度鞄の中を確認し、なんの忘れ物もないことを確認する。

昨晩買ったメロンパンを朝飯として済ませ、私は玄関のドアノブに手をかけた。


世界が私を祝福してくれているかのように、空気は澄んでいて、雲一つなかった。

もう琥珀先輩のことなんて忘れる。ここからが私の第二の人生だ。

私、遠島久遠の第二の人生がここに始まる。今日は私が懸東高校に入学する、祝福されるべき日だ。





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