最終話


 このメモを誰かが読み上げている、ということは、俺はもうここにはいないかもしれない。もしこのメモを見つけることができたやつがいるのならば、どうかこれを村の人たちに共有してくれ。


 俺は外の国からやってきた人間だ。なんとか隠れながら毎日を送っていたが、その中でひとりの女性と恋に落ちてしまった。そして、その女性と誠という大事な男の子を授かった。だから、村から出たい、という気持ちはあっても、それでも出ることはできなくなった。


 外の国にはいろいろなものがある。これを見ているものには伝わらないかもしれないが、村人の数十、いや、数千、数億倍の女性がいるんだ。だが、隔離されているこの村では、いずれ少子化につながり、村の破綻に繋がってしまう。


 どうかお願いだ。これを読んでくれている見知らぬ他人に頼むことが間違っているのはよくわかっている。だが、お願いしたい。


 この村を解放してくれ。





 田中は読み終えた後、ふう、と息を吐いた。


「……外の世界? 馬鹿馬鹿しい。外の世界は滅んでいるんだ、だから女性が外にいるはずがないでしょう」


「いや、そうとは限らない」


 僕はそう言葉を吐いた。


 この村が隔離をされているのは、外にある世界が戦争によって滅んだからだと学校で学んできた。だが、そうじゃない可能性だってある。


 この文章を書いたのは、きっとまーくんの父だ。そして、まーくんがティーブイの存在を知っていたのも、父から外のことを聞いていたからなのかもしれない。


「僕、これを信じるよ」


「いいんですか? 役場を敵に回すことになるんですよ?」


 眼鏡の田中は目で警告しながら、そう呟いた。


「でも、放っておける? この手記を残してくれたまーくんの父親のことを、その気持ちを無視することができるか? そして僕たちはこれ以上この村で耐えられるか? 毎日同じ仕事の繰り返し。おなごは村長とその身内だけにとられて僕たちは孤独に死んでいくんだぞ! 僕には耐えられそうにない!!」


「──そうだぜ」


 ふと地面から聞こえてくる声があった。その声は先ほど手刀を食らったたけしだった。


「外におなごがいるっていうんなら、俺はそれを放っておけねえよ。全部こいつの言う通りだ。俺は経験しないまま仕事であくせく働くなんて嫌だぞ。俺は働かずにおなごと一緒に暮らすんだ!」


 その声に源ちゃんもうなずく。


「ああ! 実際、おらにはなにもわかんねぇけんどもよ、でも退屈が続くよりかは未知の世界に飛び出したほうが楽しいってもんだべ!」


 その言葉を聞いて、田中は、ふふ、と笑った。


「貴方たちは本当に馬鹿ですね。……ですが、類は友を呼ぶ、ともいいますし、きっと私も馬鹿なのだろう。……いいでしょう、その提案に私も便乗させていただきます」


 そうして僕たちはこの村を、……昔村を解放するべく動き出した。





 僕たちはほかの村人にもこのことを共有した。


 僕らが見た事実を訝しむものもいた。だが、そんな村人にはまーくんの畑にあるティーブイを見てもらった。あれは何もしないでおくと、またおなごが出る仕組みがあったから、それを使って村人を信用させた。


 見る見るうちに人は集まっていった。その数は総勢二百人という大規模な集団になっていった。その誰もが、心の中に隠していたもやもや、むらむらを露出して、役場に抗議することを心に決めた。


 役場に逆らってしまえば村八分にあって、より孤独に死んでしまう。けれど、そもそも村人全員が反旗を翻す状況で村八分などされるわけもない。それを踏まえたうえで僕たちは役場に毎日押し掛けた。


 役場は村長の身内が働いている。働いている、といっても、ただ部屋の中でのんべんだらりと過ごすだけの、そんな時間しか過ごしていない。大した手続きなどの仕事もしていない彼らにとって、僕たちが押し掛けるという事態は予想ができていなかったようだった。


 村を解放する集団のリーダーはたけしになった。彼には野心があった。はっきりとした目的があった。


 働かない。おなごと一緒に過ごしたい。その純粋な目的は、僕を含む村人たちの心を鼓舞して立ち上がらせる。





 役場では弾劾の声が響き渡る。役場、そして村長を弾劾する声は日増しに強くなっていき、今日にいたっては人の限界を見るかのような、そんな大きな叫び声になっていた。


「村を解放しろー!!」


 たけしはそう声高々に言って、僕たちもそれに続いた。


「開発に参加しろー!」や「村にアスファルトをー!」という声をたけしは発した。正直、意味の分からない単語ではあったけれど、どうやら田中が彼に入れ知恵をしたらしい。あのまーくんの畑にあったティーブイから学んだ情報だと彼は言っていた。


 役場はそれを面倒くさそうな表情で見つめている。狭い空間の一室に人がごった返しているさまを見ても特に慌てる様子はない。


 毎日押し掛けているから慣れてしまったのかもしれない。そんなことを僕が考えながら、たけしの声に続いていると──。


「──騒がしいな」


 ──頭上から、聞き覚えのある声がした。





「女と遊んでいる最中になんだこの騒ぎは」


 誰もいないのに、天井についている黒くて丸い物体から、村長の声が聞こえてきた。僕はそれを魔法だと思ったし、そんなわけがない、という気持ちもあった。だが、確かに村長の声は聞こえてきた。 


 たけしは怯まずに、へへっ、と笑い声をあげた。


「おいおい、やっとお出ましかよ。随分と待たされたぜ」


 余裕ぶっているたけしの額には汗が伝っている。単純に人が集まっているこの部屋が暑いようだ。


「俺たちは村長に、……お前にこの村の解放を要求する!」


 たけしは堂々とした態度でそう言った。


「……ほう、村長であるワシに、お前、とな」


 村長の声は威圧してきた。その威圧を向けられているわけではない僕たちでも、どこか焦りを感じてしまう。


 村長の声は続いた。


「いい度胸なのは買ってやるが、その要求は呑むことができんな」


「なぜだっ!」


「──おなごを好き放題できるのは、ワシだけで十分だからだ」


「──っ! 貴様ぁ!!」


 それまでは役場の人を攻撃してこなかった僕たちだが、その言葉にしびれを切らして攻撃を開始した。


 いつも農作物で使っている鍬や鋤、そしてスコップなどでそれぞれをなぎ倒した。顔がぼこぼこになるまで殴り続けた。おなごを独占した報いだと僕は思った。


 役場の奥の方にはもう一人、縮こまるように隠れている男がいた。彼には見覚えがあった。村長の孫であることを一瞬で思い出した。


「──あいつを捕まえろ!」


 田中は声を出した。なぎ倒すのではなく、捕まえろ、という発言に違和感を覚えながらも彼の言う通りにした。


「ひ、ひぃっ!」と孫は悲鳴をあげる。目の前でほかの身内の惨状を見ているからだろう、それは真に迫るものだった。


「じ、じいちゃ──」


「──よ、よせ! 孫はワシの大事な──」


 村長の焦った声が響き渡る。それを聞いたたけしはここぞとばかりに言った。


「──村を解放しろ。お前の大事な孫が死ぬぞ」


 確かな殺意を込めながら彼は言う。そしてその瞬間、村の開放が決まったのであった。





 それから村は解放され、外の世界ともつながるようになった。村にいた村人たちは外の世界に飛び出していき、念願のおなごと出会うことはできたものの、その大半が中年に近いという理由で結婚するにはいたらなかった。 


 たけしは死んだ。久しぶりに生のおなごを見たことにより、鼻から血を出して死んだ。失血死だった。


 田中は村人の中でも少数派であるが、おなごと婚約をすることができた。解放されたときに外の世界でのインタビューでは「あの時のことはいい思い出です!」と爽やかな笑顔で語っていた。


 源ちゃんは外の世界に行って科学を学び始めている。新種の野菜への探求心は燃え上がったらしく、今でも元気にしているようだ。


 そして僕は旅に出た。外の世界にあるティーブイというものを確かめた後、まーくんに感謝をしながら、運命のおなごに出会えることを期待して。


 これからも僕たちの人生は続いていく。きっと、閉鎖されているだけでは感じられなかった喜びを抱えながら。

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田舎解放戦線黙示録 ──幻のティーブイを求めて── @Hisagi1037

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