第2話


 飽きた、という言葉は出し切ってしまった。そう思ってしまうほどに、目の前にある稲作の作業について、その日はやる気を見出すことができなかった。


 それぞれこの村では村民に対して平等の面積で畑が与えられている。高低差こそはそれぞれあるものの、ただ立っているだけでも周囲の村人の様子をうかがうことができる。


 暇になって僕は周囲を見渡した。飽きて息をついている僕とは違って、きちんと仕事に励んでいる者がいた。真面目だなぁ、とぼんやり思っていると、作物についていたらしい青虫を手に抱えて、いちいち誰かの畑に投げやっている姿が見える。なんだよ、少し偉いなと思った気持ちを返せよ。


「──楽しそうでええよな」


 そんな時、僕は声をかけられた。腰の痛みになかなか振り向くことができなかったものの、無理くり首を動かして声のほうへと視線を向ける。ぐき、と確実に鳴ってはいけない音が体の中から聞こえたけれど、それでも視線を向けた先には、中学生の時に親友になった源ちゃんがいた。





「それでどうしたのさ」と僕は聞いた。


 この村では労働が義務付けられている。村の中では操作型紙飛行機どろーん? と呼ばれるものが役場から飛ばされており、村人の労働している姿というものを確認しているらしい。あんな紙飛行機にそんなことができるわけがない、とわかってはいるけれども、なぜか働いていないと役場に呼び出されるのだから不思議なものである。


 だから、こうして目の前に源ちゃんがいる、というのは役場に見つかるかもしれない。ちょっとした不安、というものはあるけれど、源ちゃんは役場の常連みたいなものだから、気にしなくてもいいか、という結論に落ち着いた。


「なんか新種の野菜を生み出すとか言ってなかったっけ?」


 僕が彼にそう聞くと、彼は歯切れが悪くなった。


 彼の畑ではいろいろな作物が育てられている。その様々に栽培されている作物を無理やり根っこを絡ませて、いつか新しい化け物野菜が爆誕するのではないか、そんなことを考えて源ちゃんは毎日を過ごしていたはずだ。


「……あー、まー、せやな……」


 僕の言葉に、途端に彼は歯切れが悪くなった。


 彼は言わばお調子者、というやつである。人をぼっとん便所に落としたり、その噂をおなごに流して、学生時代の貴重な異性とのかかわりを殺すような、そんな悪戯をするお調子者だ。そんな彼がここまで歯切れが悪く、そして暗い雰囲気をした顔を浮かべる、というのは珍しかった。


「……何か、あったの?」


 訝しい気持ちのまま彼に聞くと、源ちゃんはその言葉に頷いた。


「おら、おらよぉ。見ちまったんだよな……、幽霊ってやつをよ……」





 僕たちはどろーんから隠れるようにして、僕の家のほうへと向かった。畑にいないことはどろーんに伝わるだろうけれど、あとで呼び出されても腹痛だった、と言っておけば見逃してくれるから、とりあえず大丈夫だと思った。


 家の中に入った後、彼は勢いよく居間に座り込んだ。どすん、と大きな音が鳴った後、ばき、と木材が破裂するような音が聞こえたけれど、僕はそれを気にしないことにした。


「おらが定期的に他の畑から農作物を奪ってることは知ってるべ?」


 僕はそれに頷いた。そうじゃなければ彼は新種の野菜を作ることができないのだから。


「昨日もな、それで人の畑に夜な夜な忍び込んだんよ。でも、流石に村中の畑を漁りつくしたからな、そんで趣向を変えるって感じでよ、違う場所に行ってみたんだベ」


 ごくり、と僕は息を呑んだ。


「ほら、昔マー坊がいたろ? あの、なんだっけか、家族でリョコウ? とかいうやつに役場から選ばれたアイツの畑にな、行ったんだベ。もしかしたらまだ見たことがない未知の野菜があることを信じてな……」


 彼の野菜に対する情熱はすごいなぁ、と思った。


「でもな……。マー坊の畑に足を踏み入れてみればよ? いきなりよくわからない場所に落ちたんよ?! 何事かと思ってよ、なにもわからんまま目を開けたらよ、どっかの納屋みたいでよ……。そこで──」


 ごくり、と僕は息を呑む。


「──変なでけぇ箱の中に、見たことのないおなごが死んだ目で光っていたんだべ……」


 ──息が、止まった。


「あれは夢なんかじゃねぇ。証拠によ、落ちた時の傷だってある。ほら、俺の尻を見てくれよ! 青あざがあるからよ。これがなによりの証拠だ! 落ちてなければこんな痣なんてつくはずがねぇんだ!!」


 源ちゃんは混乱しているようだった。いきなり座っていた体勢から着物を脱ぐようにして、僕に臀部を見せつけようとする。だが僕はそれを叩いて、思い当たる可能性を言葉にした。


「もしかしたら、ティーブイ、ってやつなんじゃないかな」


 ティーブイ。まーくんが僕に教えてくれた、外の世界にあるすごいやつ。


 毎日、それについて考えることはやめられない。目の前にそれがあればな、とご飯を食べているときも、仕事をしているときも、寝ているときでさえも考えている。


「てぃーぶい? なんじゃそれ」


「まーくんが行ってたんだよ! 外の世界にはティーブイっちゅう箱があるって! その箱の中には人がいて、中には可愛いおなごがいるって!」


 まーくんとの記憶を思い出しながら、僕は力説する。


「源ちゃん、確かめに行こう。その幽霊の正体はきっとティーブイってやつだ。それなら行かなきゃっ!」


 僕は、子供の頃に死んでしまった好奇心を思い出してそう言った。


「わ、わかったべ。それじゃあよぉ──」


 ──それから僕と彼は夜に落ち合う約束をした。そして、同じ学校に通った幼馴染を誘うことも。


 もしかしたら、まーくんの畑にあるものはティーブイかもしれない。それを独り占めするようなことは絶対にしたくない。そうじゃなきゃ村長と同じだから。


 僕は胸に決意を固めて、そうしてその日はまた稲作へと向かった。いつもよりも数倍のやる気を出して。



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