田舎解放戦線黙示録 ──幻のティーブイを求めて──

第1話


 役場では弾劾の声が響き渡っていた。


「村を開放しろー!!」


 リーダーらしき人物の掛け声に続いて、周囲にいる村民が「開放しろー!!」とヤジを飛ばす。その掛け声は様々であり「開発に参加しろー!」という声や「村にアスファルトをー!」という意味のわからない声も叫びとして発せられている。


 それらはまるで耳の奥にある鼓膜を破壊するように、周囲の声は息を合わせて叫び声を重ねている。


 村役場はたくさんの人でごった返している。その中に正式な届け出をする者や手続きをすることを目的にした者など一人も存在せず、ここにいる者はすべからく弾劾と開放を目的に、そうして彼らは声を重ねていく。


 ──絶対田園領域アブソリュートガーデン、通称昔村ジャクソン


 日本で唯一憲法が通じることはなく、そして外界との交流も禁じている、この村で。


 村民は今日も、外にある自由を求めて、弾劾、開放を求めていた。





 幼いころの記憶を思い出す。


 あれはたしか幼稚園、小学校、中学校、高校を、人数の関係で統合した昔村立軟出茂学校ジャクソンりつなんでもがっこうで、まだ義務教育というものを体験していた時の話。


「なー、知ってるか?」と幼馴染のまーくんは言った。


「外の世界にはティーブイっちゅう、すげぇデゼタルでヘェテクな箱があるんだってよ」


 まーくんは年上で、いつも僕の知らない外の世界についてを教えてくれていた。


「箱がなんなのさ。というかデゼタルでへイテクってなにさ」


「そりゃあおめえ、デゼタルでヘェテクはデゼタルでヘェテクだべ。なんでも、その箱の中には人がいるらしくてな、中には可愛いおなごもたくさんおるんだってよ!」


「ほ、本当に?! そ、外の世界ってすごいんだね!」


 僕は彼が話してくれる外の世界が好きで仕方がなかった。まるで夢の中にある道具を、彼は現実にあるかのように教えてくれていた。いつも授業の休み時間、耳打ちをしながら教えてくれる彼の楽しそうな姿は、未だに目から焼き付いては消えない。




 ──それを僕に教えた翌日、彼は、……というかまーくん一家は、村の役人に連れられて、どこか知らない場所へと消えてしまったのだけれど。





 ここ昔村は二百年前から他の国、都市、ならびに他村との関係を断絶をしているらしい。らしい、というのは、確かな情報だという確証がないからであり、僕自身もをそれを信じることができていないから。おそらく人はこれを鎖国というのだろうし、もしくは鎖村というのかもしれない。そんなことを、軟出茂学校で教師から教えられたような気がする。


 この村のあらゆる情報は言伝によって伝えられる。だが、そこに信憑性と言うものを見出すことはできず、一部の残されている文献によってしか、過去の歴史を確認することはできない。まあ、それもすべて昔村の村長の『巻物狩り』によって、在学中に燃やし尽くされてしまったらしいのだけど。


 だからというわけではないが、この村は村の中でずっと同じ生活を繰り返している。何かしら新しい発見がされることはなく、ただただ毎日を過ごすつまらない日常を繰り返すだけ。


 別に、僕はそんな毎日を過ごすだけでも満足だった。味は変わらない普通の食事と、村に広がる稲作の田園の作業。腰の痛みは歳を重ねるごとに辛くはなってくるけれど、それでも不満はない。


 ただ、それでも気がかりなことがあるとすれば──。




『──中には可愛いおなごもたくさんおるんだってよ!』




 幼いころの残した、まーくんの最後の一言が、どうしても頭にちらつくことだった。





 昔村の男女比は年々歪になっていき、今では男が九、女が一というような、苛烈な男の競争社会村という環境になっていた。


 その要因は昔村村長による身内びいきが原因であり、あらゆる女性を手籠めにして、村長の権限で自由にさせるという悪しき風習が招いたものである。


 昔、好きだった女の子がいた。だが、そのすべては村長の孫である男にすべて奪われてしまった。


 確かに今の生活に不満はない。飯は美味くはないけれど食べられなくはないし、毎日腰は痛くなるけれども、それくらいで仕事の内容には不満はない、けれど──。


「……このままだと、一生独身なんだろうな」


 そんなことを仕事終わりの飯を啜りながら、孤独にぼんやり呟いていた。


 娯楽という娯楽はない。たまにやる趣味と言えば、農作物の収穫の際に見つけた虫たちの成長を眺めて、それを他の村民に共有するくらいしかない。


 そしてこの環境、僕だけではなく、他の村民も同様に独身である。


 村長の存在が怖いゆえに、誰も不満を口にすることはないものの、それでも心の中では誰かは不満を抱いているのかもしれない。自分も不満らしい不満を口にすることができる気があればよかったのだけれど、そんな勇気があったのならば、きっともっと昔から行動ができていただろう。


「……おなご、おなごかぁ」


 だからこそ、まーくんの夢のような話を思い出す。


 まーくんが語っていた外の世界の話。外の世界にはデゼタルでヘイテク(ヘェテク?)な箱があり、その中にはたくさんの可愛いおなごがいるとか、そういう話は、まさしく僕にとっては夢のような箱であり、今こそ望んでいる道具であった。


 ──もし、ここにティーブイという箱があれば、僕だって。


 ……そんな気持ちを抱きはしても、それでも結局行動することはできない。


 それが僕という人間であり、村に飼いならされた男の一人でしかなかった。

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