僕のスキル「サキュバス特効」倍率ドンで狩り放題かと思ったらこっちが狩られる側らしい

千八軒

第1話『サキュバスの夜』

 半分の月が出ている夜だ。


 ギルド直営『月光亭』の一階は多くの冒険者がたむろする酒場で、二階はパーティの拠点運用を想定した宿泊施設になっている。


 田舎にしては質のいい食事と、手入れの行き届いたベッドが提供されるこの店は、僕たちのような冒険者の第二の家と言える場所だった。


 作戦会議や密談にも利用できるように十分な防音が施されたその部屋の、一人掛けの椅子と小さな机とベッド。たったそれだけがある小さな部屋で。


 僕は彼女に組み敷かれていた。


「ねぇ、りゅーと、せつないよ、苦しいよ、もっと触ってよぉ」


 月明かりに彼女の裸体が浮かびあがる。

 鼻にかかった甘えた声。身体の表面をなぞるように白い手が泳ぐ。


 見上げれば視界を全部埋めるんじゃないかって思うくらい大きな胸があった。それを揺らしながら、彼女はクスクスと笑う。


「こっちはどうかな~?」


 彼女の手が添えられた。思った以上に冷たい手だ。

 それが動く。


「『くっ』……だって。えへへ、良い反応」


 言いながら彼女が身を寄せた。


 覆いかぶさったまま首筋に噛みつかれれば、かかる吐息はどこまでも熱かった。それに湿ってもいる。ぺろぺろと彼女が舌を這わせたならば、部屋に水音が広がる。


「もう、こんなにして。ほんとに、かーわーいーい~♪」


 部屋の中には甘ったるい香りが充満していたんだ。

 頭がくらくらする。濃密すぎる芳香が視界まで歪めるよう。


 だから、僕は動けない。

 魅了チャームの効果だろう。彼女の身体からあふれ出る匂いが身体を拘束する。


 一方、彼女は笑っていた。

 男に対して絶対的な支配権を得たことが嬉しくて仕方ない様子だ。

 

 今や完全に手の中に墜ちた僕とそれをゆっくりと料理して食そうとする彼女。

 ベッド上の捕食者がそこにいた。


「ねぇ、これ、どうかな?」


 捕食者は余裕を見せる。

 その胸の間にある肉を両手で抱えて見せつけて。

 柔らかく形を変えていく白い肌。

 それが彼女の呼吸に合わせてたふたふと揺れた。


「大きいでしょ? 美味しそう? りゅーとの顔がそう言ってるよ。これ食べたい? 今すぐ欲しい? だ~め。まだあげなぁい」


 妖艶に舌なめずりをした彼女は、僕に問いかける。


「ねぇ、ねぇねぇねぇ、リュートぉ、私きれい? 魅力的? たまんない? 興奮する? 私のものになるって言ってくれる? ねぇ、私が一番、だよね?」


 ああ、セラス、セラス、セラス!

 僕の仲間で金の髪で、美しいけれど、へらへらと自信なさげに笑っていたセラス。


 ずいぶんと楽しそうじゃないか。嬉しそうじゃないか。

 僕を自由にできる力を手に入れてご満悦か。


「かわいい、かわいい、かわいーなぁ。りゅーとカワイイ。ちょっと幼い顔も良いし、意外としっかりしてて世話焼きなところも好き。ずっと思ってたんだぁ。りゅーとが私のになったらなぁって。えへへ。夢が叶っちゃったなぁ」


 それで僕を支配するのか。

 これで篭絡したつもりなのか。

 手に入れた力に酔っているんだねセラス。


 紅顔の戦士ラッテも、スライム使いの錬金術師も、双子のハンターも全部全部罠に嵌めたものな。もうライバルは居ないと思ってるんだよね。


 だけど、そうはいかない。

 調子に乗りすぎだ、アル中聖女。


「ずいぶんゴキゲンだね。でも、ここまでだ」 

「……はえ?」


 身体を起こすと同時に、彼女を逆に押し倒す。


 攻守逆転。馬乗りになっていた彼女はベッドに倒され、びっくりしたのか裸のまま身をすくめて『何が何だか分からない』って顔をした。


「勝ったと思った時こそ気を抜くな。冒険者の鉄則でしょ」


「え、え。あれ? 魅了は……?」

「あんなもん、効くわけ無いよ」


 身体の主導権はずいぶん前から戻っている。

 魅了チャームの呪縛なんて、早々に解除した。だけど魅了がかかったままを演じていたのは、調子に乗るセラスが可愛かったからだ。


 だけど駄目だね。


 動きを制限されて、されるがままになって、僕だって段々と不満が溜まっていた。彼女の主導じゃイラついてしょうがない。動けないと思ってさんざん挑発しやがってこのわがままおっぱい。


「ぶらぶらぶらぶら、その胸、いちいちイラつくんだよ」


 僕は口の端をゆがめ、彼女の胸をつかむ。んっと彼女の美しい眉がへの字に曲がった。白くて美しい顔。男なら手に入れたいと願ってやまない美貌。


「え……、し、失敗? や、やだぁ私だけの物になってよぉ……」

「なるわけない。調子に乗るのもいい加減にしろ。力を手に入れて勝ったと思ったんだろ? そうはいくかよ」


 油断しすぎだ飲んだくれ。僕の自由は僕だけのものだ。

 セラスが独占しようなんておこがましい。


 彼女の中に存在するサキュバス因子が活性化している。臨界状態だ。サキュバスの女王たる大淫魔リリエンタールの力が増している。だけど。

 

「僕には効かない。そして、その活性化は散らせてもらうよ。これ以上、街に被害が出たら困るしね」


 宣言して、僕は反撃を開始する。


 顔にはサディスティックな笑みが浮かんでいるかもしれない。とてもほかには見せられないよね。ああ、嫌だ嫌だ。


「たぷたぷと、目の前で揺らしやがって。気が立ってしょうがない」


 ベチンと片方を引っ叩く。


「ひゃん!」


 と彼女が鳴いた。だけどそれ、嫌がってないよね?

 彼女の目には涙。けれど瞳はとろんと溶けていて「はやくはやくと」期待が見える。


「好き勝手は駄目だろ? セラス。お仕置きの時間だ」


 僕の言葉に、彼女の全身がぶるりと震えた。

 そうだよね。君どっちかって言うとМっぽいもん。


「じゃ、今晩はトコトン行くから。覚悟してよね」


「――――ひゃい」 


 彼女の蕩けた表情が、全てを受け入れる準備があることを物語る。

 だけどさ。本当にこんな事するつもり無かったんだよ。


 今更言っても仕方がないんだけどね。

 どうして僕と彼女がこんな風になってしまったのか。


『サキュバス特効を獲得しました』


 発端は、あの幻聴からだったよね。

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