家畜ヒモ野郎はヴァンパイアレディの夢を見ない⑦




 ******




「待たせたな」


「おう、待たされた。ソリティアが無かったら、退屈で死にそうだったぞ」


 あれからしばらくして。九十九が近くまで迎えに来てくれたので、俺は爆睡中のエリザをおんぶして部屋から連れ出した。大きくなっても意外とエリザは軽かったので、楽に持ち運ぶことが出来たのは助かった。


 それでラブホから出て行き、九十九がいる場所まで移動をして、合流を果たしたところだ。ちなみに場所は風俗街を出てすぐの道路沿い。そこに九十九は車を停めて待っていたようだ。


「てか、車で来たんだな」


「当たり前だ。それ以外にどうやってここまで迎えに来るというのだ」


「いや、タクシーとかそういうのに乗って来るのかと思ってさ。まさかお前が運転してくるとは微塵も思ってなかったわ」


 そもそも車があること自体、初知りの情報だしな。これまで徒歩での移動か、ベランダからぶん投げられてからの空を飛ぶパターンでしか移動をしていないからさ。そりゃ知らないよね、うん。


「なんだ、馬鹿にしているのか。私には車の運転は相応しくないと、そうとでも言いたいのか?」


「違うっての。単純に選択肢に入ってなかっただけだよ。それに、お前が運転出来るなんて知らなかったしな」


「ふん。こんなもの出来て当然だ。エリザ様に仕える者として、必要なことは全て習得済みだからな」


 そう言いながら、九十九はどこからともなく財布を取り出し、そこから更に何かを取り出すと俺に見せつけてきた。まぁ、それは免許証なんですが。


「この通り、免許を取得してから無事故無違反のゴールド免許だ。これで文句は無いな」


「いや、別に見せなくてもいいんだけど」


 そこまでしなくたっていいのに、ホント無駄に几帳面な性格してるよな、こいつ。まず車で来ている時点で、免許を持っていることぐらい分かるっての。逆にこれで持ってなかったら怖いわ。


「しかも、なにこの車。なんでスポーツカーなんだよ」


 視線を九十九から車の方にずらすと、そこには黒いスタイリッシュなスポーツカーが鎮座している。車に詳しくないので車種とかは分からんけど、高級感溢れるフォルムをしていて、いかにも速そうな見た目をしている。


「悪いか?」


「悪くない。カッコいいとは思うけどさ、なんでこんなのに乗ってるんだよ」


「決まっている。カッコいいからだ」


「……マジかよ」


 自信満々な様子で言い切る九十九に対し、俺は思わず唖然としてしまう。というか、まさか九十九からそんな単語が出てくるなんて思わなかった。お前、どこの冴島総監だよ。


 しかし、これは本当に予想外だ。普通に軽自動車とかその辺に乗ってるイメージなのに、まさかスポーツカーに乗ってるだなんて。しかも、メイド服で。ギャップありすぎだろ。想像もしねえよ。


 ……でも、こういった車に乗れるのって羨ましいよなぁ。運転席には男の子の夢や希望が詰まってるし、憧れるものがあるもんな。いいなぁ、少しでもいいから座ってみたい。


「な、なぁ、九十九。頼みがあるんだが……」


「駄目だ」


「まだ何も言ってないんですけどぉ!?」


 食い気味に拒否すんなよ。まだ言い切ってないんだからさ、せめて聞いてからにしろよ。そこは最後まで言わせろよ。


「どうせ、運転席に座らせてくれとでも言うつもりだったんだろう?」


「えっ、どうしてそれを……」


「ふん、お前の目を見れば一目瞭然だ。なにせ、前に同じことを言ってきた親戚の子供たちにそっくりだからな」


 そう言って九十九は鼻で笑いつつも、どこか懐かしんでいる様子を見せていた。どうやら、過去に似たようなことがあったらしい。


 多分、その子供たちもきっと、今の俺みたいな気持ちで聞いたんだろうな。だって、こんなカッコいいもん見せられて、乗りたくないって男の子はそうそういないだろうし。


「今はエリザ様を一刻も早く、家まで送り届けるのが最優先事項だ。お前のわがままに付き合っている時間はない」


「いやいや、そんなこと言わずにさ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいからさ。俺にチャンスをくれよ」


「くどいぞ。ダメと言ったらダメだ」


「そこをなんとか頼む! 一生のお願いだ!」


「……はぁ」


 俺はエリザを背負ったまま、深く頭を下げて九十九に頼み込む。すると、九十九は大きなため息を一つ吐き、やれやれといった表情を浮かべながらも口を開く。


「……今回だけだぞ」


「マジか!?」


「いいか、これっきりだからな。二度目は無いからな」


 はい、よっしゃああぁぁぁぁっっっ!! ありがとうございます、ありがとうございます! もう九十九さんには感謝しかないっすわ! 超チョロインすぎるぜぇーっ!


 そんな風に内心はしゃぎまくりながらも、表に出さないように必死に堪えつつ、まずは背負っているエリザを後部座席へと乗せて身軽になった。


 そしていよいよ、楽しみ過ぎる運転席へ乗り込んでいく。おぉ……これが夢にまで見た、男のロマンってやつなのか……!


「分かってると思うが、乗るだけだからな。運転はするんじゃないぞ。あと、モニターにもあまり触れないようにな」


「言われなくても、そんなことはしないっての。けど、ハンドルくらいは握らせてくれよな。あっ、ちなみに電源ってどこにあるんだ?」


「そこにあるボタンを押せば付く」


「了解っと」


 言われた通りにボタンを押してみると、カチッという音が鳴ってモニターに明かりが灯った。おぉ、すげえ! ガンダムのコックピットみたいだぜ! テンション上がってきたぁ!


「や、やべえ……ただ電源を入れただけなのに、もう楽しい……」


「……そ、その、どうだ? 座り心地とかの方は?」


「最高です。最高過ぎて、ヤバいとしか言えないっす」


 ゆっくりとシートにもたれ掛りながら、ハンドルをぎゅっと握りつつ、俺は心からの感想を口にする。いや、すごい……親父が熱中するわけだ。


「そ、そうか。それなら良かった。気に入ってもらえたようでなによりだ」


 俺があまりにもはしゃいでいたからなのか、本来の所持者である九十九はどこか満足げな様子を見せている。なんていうか、普段は見せないような柔らかい表情をしているように感じた。


 心なしか頬が赤く染まっていて、そわそわしていて落ち着かない様子が見受けられる。それだけ嬉しいってことかな。可愛いとこあるじゃねぇか、おい。


「……どうせなら、モニターにも触れてみるがいい」


「えっ!? いいのかっ!?」


「あぁ、構わん。特別に許可をしようじゃないか。ありがたく思うんだな」


「しゃあっ! 恩に着るぜ!!」


 俺は嬉しさのあまり九十九に飛びつきそうになる衝動を抑えて、そのままモニターに手を伸ばす。そして人差し指で恐る恐る触る。


 お、おぉ……今の車って空調とかもタッチパネル式なんだな。ダイヤル式の方が操作している感があって好きだけど、こっちはなんか未来を感じるな。ハイテクって感じで面白い。


 次にモニターに映し出されているメニュー画面に触れてみる。うわぁ……すげぇ、いろいろと設定出来んじゃん。なんかゲームみたいでワクワクしてくるぞ。


「……なんだったら、エンジンも掛けてみるか?」


「ファッ!? マジで言ってるのか!?」


 おいおい、いいのかよ。流石にそれは無理だと思ってたのに、やっちゃってもいいの? やっちゃえNISSANしちゃっていいの!?


「ふっ、ここまで来ておいて、一番の真価を味わわないなど愚の骨頂。思う存分に堪能するといい」


「い、いいんすか!? ほ、ホントに大丈夫なんすねっ!?」


「何度も言わせるな。遠慮なくやれ」


「ひゃっほう! サンキュー、九十九! 愛してるぜっ!!」


 俺は心の底から喜びながら、テンションMAXでブレーキペダルを踏んで、スイッチを押してエンジンを始動させる。いくぜっ、レッツ、ゴーオン!!


 その瞬間、メーター類が一斉に点灯していき、車内全体に重低音が鳴り響く。そしてエンジンの振動がシートを通して伝わってくる。こ、これが、スポーツカーの真価……!? めっちゃカッコいいじゃん!!


「さぁ、どうだ? 特等席で味わう音と振動の良さは」


「……マーベラスっ! ド派手でゴーカイな感じ、いいぜこれっ!!」


「そうだろう。そうだろう。私も初めて乗った時には感動したものだ」


「俺もだぜ。なんか、不思議と心が豊かになっていく感じがする」


「ふふっ。お前は素直だな」


「何言ってんだ。お前も同じだろうが」


「……それもそうだな」


 お互いに軽く笑みを見せ合った後、俺たちは心の従うままに笑った。 そうしてしばらくの間、車内では俺と九十九の楽しそうな笑い声だけが響き渡っていた。




 ******




「……何をやってたんだろうな、俺たち」


「……うるさい」


 数分後、冷静になった俺と九十九は一気に我に返り、恥ずかしさのあまり意気消沈していた。車のエンジンを切り、顔を見合わせないようにして、ただただ俯いている。


 いやぁ……さっきまでの俺たち、はっきり言ってすごくバカっぽかった気がする。何やってんだろ、ほんと。浮かれ過ぎちゃったのかな。恥ずかしいったらありゃしない。穴があったら入りたい気分だ。


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