家畜ヒモ野郎はヴァンパイアレディの夢を見ない④



「それじゃあ、ベッドに行きましょうか。それとも、社は先にお風呂の方がいいかしら」


「あ、いや、その……」


「あぁ、ごめんなさいね。こういう聞き方よりも、もっと良い言い回しがあったわね」


「へ……?」


「ねえ、社。お風呂にする? ベッドに行く? そ・れ・と・も……私?」


 妖艶な笑みを浮かべながら、エリザはそんな問い掛けをしてきた。おいおい、新婚3択の亜種バージョンかよ。そんなのどれ選んでも変わんないじゃねえか。全部お前に帰結するやんけ。


「……ご飯という選択肢は無いんですか?」


「あなたには無いわね。それは私だけに許された選択肢よ」


「デスヨネー」


「ふふっ、それであなたはどれを選ぶのかしら?」


「……じゃあ、ベッドでお願いします」


「あら、そっちがいいのね、分かったわ。では、丁重に運ばせてもらうわね」


 そう言い終えた後、エリザは俺をお姫様抱っこしたまま、しゃなりしゃなりと優雅に歩いていく。そしてキングサイズのベッドまで運ばれていった。


 こういうのって普通は逆なんだろうけど、絵的に何故かしっくり来るから不思議だよね。俺、実は守られる系男子だったのかな。でも、会社では一度も守られたことは無かったけどね。オールウェイズ労働基準法違反。ダメ、絶対。


「はい、到着」


 そう言いながら、エリザは丁寧にゆっくりと俺をベッドの上に下ろした。ふんわりと柔らかな感覚が伝わってきて、社畜時代の寝床とは比べ物にならないくらい、リッチで快適な寝心地だった。


「これぐらいの品質だと、いくらするんだろう」


「凄いわね。目の前に破格の美女がいるのに、ベッドの値段の方が気になるの?」


「自分で美女って言うのも、どうかと思うが……なんか段々とこの状況に慣れてきたから、そこまで見惚れはしなくなったかもしれん」


「ふぅん……ちょっと聞き捨てならない失礼な発言ね。でも、いいわ。私に付き合わせているのだから、許してあげる」


「それはありがとうと言うべきなのか、この場合」


 というか、エリザに拉致されてから、俺の周りの美女レベルが爆上がりしすぎじゃないですかね。子供エリザは美少女。九十九はクール美人。大人エリザがえちち美人。みんなSSR級だぞ。


 ある意味ハーレムみたいな状況だけど、実際はそうじゃないんだよなぁ。エリザにはおもちゃにされてるし、九十九には家畜を見るような目で見られているからね。残念ながら俺にはラノベのハーレム系主人公のようなモテモテ体質はないらしい。ふざけろ。


「それじゃあ、私も失礼させてもらうわね」


 そう言いながら、エリザは俺の上に覆いかぶさってきた。逃げられないように両手を俺の顔の左右に置いて、所謂いわゆる、床ドンの体勢を取ったのである。


 四つん這いの姿勢になっているせいか、彼女のたわわな双丘が重力に従って垂れ下がっており、しかも胸元が大胆なドレスだから、俺の視界がヤバいことになってる。もう凄いよ(語彙力消滅)。


「うふふっ、社ってば顔が真っ赤よ」


「……こんな光景を見せられて、なんとも思わない方が困難なレベルなんだが」


「確かに、それもそうね」


 エリザはそう口にしつつ、おかしそうに笑った。ちくしょう、自分が優位に立っているからって調子に乗りやがって。もうこのエリザ優勢の流れはどうも出来ないよ。


 ……ただ、俺の勘違いかもしれないが、なんだかエリザの顔も、どこか赤くなっているように思えるけど……気のせいかな? いや、気のせいだろう。


 だって、エリザが顔を赤くするような理由が見当たらないしね。きっと、部屋の照明のせいだよ。もしくは、俺の目がおかしいだけかもしれないな。


「どうしたの、社。さっきから私の顔ばかり見てるみたいだけど。もしかして、さっきはああは言ったけど、やっぱり見惚れてるのかしら?」


「いや、別にそういう訳じゃ……」


「ふうん、違うのね。だったら、どうしてそんな目で私を見ているのかしら?」


「なんというか、エリザの顔が赤いような気がしてな。多分、俺の気のせいなんだろうけど」


「……赤い?  私が?」


 俺がそう指摘をすると、エリザはキョトンとした顔で首を傾げていた。まぁ、自分自身の顔なんて見えないからね。そりゃ分かんないよな。


 けど、今一度しっかりと見てみたら、本当に少しだけ頬が紅潮しているような感じがする。透きとおるような白い肌に赤みが差しているように見えるのだ。


「……はっはーんっ。ひょっとして、エリザさんや。あれだけ俺のことをからかっておきながら、ご自分も照れているんじゃありませんかぁ?」


 これは主導権を取り戻せるチャンスだ。そう思った俺は、あえて煽るような発言をしてみることにした。一か八かの綱渡りではあるが、俺がダメになるかならないかなんだ、やってみる価値ありますぜ。


「照れているだなんて、別にそんなことは無いのだけど……社の見間違いじゃないかしら」


「いやいや、俺も最初はそう思っていたけど、そうじゃないんだよな。よく見ると、頬に若干赤みがあるからな」


「……変なの。どうしてそんなことが、起こっているの、かしら」


 自分の身に何が起こっているのか分からず、エリザは心底不思議そうに呟いていた。どうやら本気で困惑しているらしい。ずっと手玉に取られてきたからこそ、こうした表情は新鮮に見えた。


「……ん?」


 そしてそんな彼女の表情をじっくりと眺めていたからこそ、また別の変化に気付くことが出来た。エリザのキリっと吊り上がった目尻が少し下がってきていて、なんかトロンとしているような……。


「…………」


「あ、あの……エリザ、さん?」


 無言のままじっと見つめてくるエリザに対し、俺は恐る恐る声を掛ける。しかし、返事はなかった。一体、どうしたというのか。


「……ん……んぅ……」


 ふと、エリザの唇が微かに動いたような気がした。よく見てみると、目蓋もわずかに震えているようにも見える。まるで何かを堪えているかのような……って、まさかこれって。


「お、おい……? えっと、大丈夫か……?」


 俺がもう一度声を掛けてみても、返事はなかった。その代わりにエリザが示した反応はというと、カクンッ、カクンッと小刻みな動きで頷いているだけだった。そして―――


「……むにゃ」


「どわっ!?」


 よく分からない鳴き声のようなものを発したと思ったら、いきなり全身の力が抜けてしまったのか、ドサッと俺に向かって倒れてきたではないか。


 俺は咄嗟にエリザを抱き締めるような形で受け止めたのだが……それから程なくして、彼女からスース―と小さな寝息が聞こえてきた。


「……どゆこと?」


 あまりにも予想外過ぎる出来事に、俺はただただ困惑するばかりだった。だって、そうだろう。さっきまで俺の上に跨って襲う5秒前みたいなことをやっていたっていうのに、突然寝るんだぜ? もう意味が分からないよね。


「すぅ……すぅ……」


「えぇ……てか、なんで寝たんだ、こいつ」


 顔を赤らめながら眠るエリザの頬をつんつんと突きながら、俺はそう呟いた。しかし、そうして突いても彼女はまるで目を覚まそうとしない。


「おーい、エリザさーん。起きてくださーい」


「…………」


 次に軽く肩を揺すってみたが、それでもエリザは起きない。それどころか、幸せそうな表情をしながら「んぅ~」と小さく唸ったりしている。ダメだこりゃ、完全に熟睡しちゃってるわ。


「……これ、本当にどうすりゃいいんだ?」


 正直なところ、このままだと動けないし、埒が明かない。非常に困るんだが。あと、今の状態でいうと、エリザと向かい合う形で、密着するぐらい抱き締めているので、色々とアレなんだよ。主に俺の息子がな。


 俺の理性じゃあもう制御できないから、今にも息子くんが暴走し出して、伝説のスーパーサイヤ人と化しそうです。やめろ息子! それ以上気を高めるな! 落ち着けぇ!


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