家畜ヒモ野郎はヴァンパイアレディの夢を見ない③



「え、エリザさん……? その、今なんとおっしゃいましたか?」


「あら、聞こえなかったの? なら、もう一度はっきりと言葉にしてあげるわ。ここからは、私の、好きにしても、良いわよね」


 ワイングラスを片手に持ったエリザが、ニッコリとした笑顔で俺に問いかけてくる。口調こそ穏やかであるが、その瞳の奥には有無を言わせぬ圧倒的威圧感がひしひしと感じられた。


 まるで蛇のような眼差しを前に、俺は思わず身震いしてしまう。九十九の視線も恐ろしく感じたけれど、大きいエリザ―――もう呼称が面倒だから大人エリザと呼ぶことにするけど、こっちの方がよっぽど怖い。


 小さいエリザ―――こっちも呼称を改めて、子供エリザが無邪気な夜の小悪魔だとすれば、大人エリザは完全に夜の支配者、女王様と化している。誰も逆らえない強者として君臨しているのだ。


 ……あれだね。きっとボンテージとかバニー服とか、今のエリザのスタイルなら、似合いそうだね。おっと、ついつい邪念がムクムクと顔を出してしまいそうだ。いけないいけない。


「えっと……ちなみに、好きにするってのは……どういう意味なんでしょうか」


「あら、決まっているじゃない。文字通り、私の好き放題にするという意味よ」


 恐る恐る尋ねた俺に、エリザは当然といった感じの口調でそう言った。そして彼女は2杯目のワインを飲み干し、空になったグラスを置いて立ち上がると、そのまま俺の方へと近づいてきて―――


「今夜は忘れられない夜にしてあげる」


 妖艶さを醸し出しながらそう囁きつつ、エリザは俺の頬を撫でたのだった。


「わァ……あ……」


 その魅惑の手つきに、俺はなんか(地位が)小さくてかわいそうなやつ、略してちいかわみたいな声を発してしまった。めっちゃ情けない感じでね。


「うふふ……かわいい反応ね。けど、まだまだこんなものじゃないのよ?」


 そう言うと、エリザは俺の身体を優しく抱きしめる。ふにょんとマシュマロみたいに柔らかい感触が伝わってくると同時に、甘い匂いが俺の鼻腔を刺激する。


「ちょ、待っ……おふっ……!」


 エリザの豊満なお胸の感触のせいで、俺は混乱状態に陥ってしまった。今まで味わったことのない感触を前にして、このままだと頭がパンクしてしまうぞ。


「こういうこと、千弦がいると出来ないでしょ?  あの子のことだから、絶対に許してくれないもの」


「ま、まぁ、それは確かにそうだろうけど……」


 エリザの言う通り、近くにもしも九十九がいたら、間違いなく乱入してきて俺が排除されているだろう。はっきりわかんだね。


「だから、こうして外に出て来たの。たまには息抜きも必要だと思って」


「いや、息抜きって……それってエリザの息抜きに、俺が付き合わされてるってことなんじゃ……」


「あら、不満なの? それに社の息抜きも出来て、一石二鳥だと思うけど」


 そう言って、エリザはさらに強く抱きしめてきた。もう、やばいって。このままじゃ理性が吹っ飛んでしまいそうだ。落ち着け、落ち着くんだ俺……!


 ……よし、ここは素数でも数えて冷静になろう。素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……って、誰かが言ってたしな。だから、それを数えることで心を落ち着かせるのだ。


 まずは1……あっ、1は素数じゃないや。 えーっと、2……3……5―――


「えいっ♪」


「ちょっ!? あふぁっ!?」


 頭の中で数字を唱え始めた瞬間、エリザは俺の頭を掴むと、強引に自分の胸元へ引き寄せたのだ。突然のことに抵抗することが出来なかった俺は、そのまま彼女の谷間に顔を埋めてしまうことになった。(゚∀゚)o彡゜おっぱい! おっぱい!


「ダメよ、余計なことを考えてたら……もっと私に集中してくれないと。せっかくの機会なんだから、もっと楽しみましょう♡」


 エリザはそう言いつつ、胸の中に俺を押し付けながら、俺の頭を優しく撫でてきた。無理に密着させられてるから、呼吸するのもちょっと辛い。段々と息が苦しくなってきた。


 でも、息を吸えば自然とエリザの匂いを感じることになる。彼女から香る独特の甘い匂いがする度に、意識が遠くなりそうになるのを感じた。あぁ、なんだったら、このまま……意識を失ってもいい、かも……。


 ……って、んな訳あるかぁ! しっかりしろ、俺! このまま気を失ってもいい訳ないだろ! ここで意識を手放したら、何かが終わる気がする!


 てか、なんでエリザにでかい双丘があんだよ! ぺちゃぱいはどうなってんだ、ぺちゃぱいは! お前ら禁じられた色仕掛けを平気で使ってんじゃねえか! 分かってんのか!?


『えちえち吸血鬼』が生まれたのは、人間がエロコンテンツに甘えたせいだろうが! 数字取れんのかよ!? くそったれ!


 ……ふぅ、危ないところだった。もう少しでR-18のムフフな展開に突入するところだったぜ。危ねえ危ねえ。こうして回避出来たのも、これも童貞の賜物だな。……自分で言ってて悲しいけど。


「むーっ!! ムウーッ!!」


 とにかく、今はこの呼吸が苦しい状況から脱出する為に、俺は必死にタップをして助けを求めてみる。すると、それが功を奏したのか、エリザは拘束を緩めてくれた。


「ぷはっ!」


 やっとのことで解放された俺は、酸素を取り入れるために思いっきり深呼吸をする。さっきまでの甘ったるい空気じゃなくて、新鮮な空気が肺を満たしていく。あぁ~生き返るわぁ~。


「はぁ……はぁ……ふぅ。危うく、おっぱいで窒息死させられるところだったわ」


「あら、それはそれで面白そうね」


「いやいや、やめてくれ。洒落にならねぇからマジで」


「うふふっ、冗談よ。それにしても、あなたのリアクションは本当に面白いわね」


 くすくすと笑いながらそう言うエリザ。くそぅ、こいつめ。完全に俺のことを玩具にしてやがる。子供エリザのような無邪気さからくる残酷さじゃなくて、手玉に取るような大人の余裕さが感じられる分、タチが悪いな。


「ところで、その……そろそろ解放してくれませんかね? この状態のままずっといるのも、ちょっと……」


「んー、そうね。私としてはもう少し遊んでいたい気もするけど、このままだと何も進まないものね」


 残念そうにそう言ったエリザは、名残惜しそうにしながらも俺を離してくれた。ようやく解放された俺は、すぐさま立ち上がって距離を取ろうと―――


「じゃあ、本番に行きましょうか」


「えっ?」


「よいしょ……っと♪」


 次の瞬間、俺はふわっとした浮遊感を覚えた。何が起きたかというと、それは……なんと俺はエリザに抱きかかえられているではありませんか。俗に言う、お姫様だっこというやつですよ。


「逃げたらダメよ。あなたは今から、私に美味しく食べられちゃうのよ♡」


「ファッ!?」


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