2章 4部

家畜ヒモ野郎はヴァンパイアレディの夢を見ない①



「さぁ、ここが私たちの部屋よ」


「あ、あぁ……」


 部屋の前まで案内された俺は、緊張気味に返事をしつつ、恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れた。中に入ると豪華絢爛という言葉に相応しい内装をしており、まるで高級ホテルのスイートルームのようで圧倒されてしまった。


 天蓋付きのキングサイズのベッドに、全面ガラス張りの大型の浴槽。他にもサウナや岩盤浴などもあり、至れり尽くせりの設備が整えられているようだ。まさに夢のような空間といっても過言ではないだろう。


 更に窓から見える夜景は美しく、ライトアップされた街並みを一望することが出来るようになっていた。まさしく、非日常を満喫するのに持ってこいの場所と言えるのではないだろうか。


「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~」


 俺はそんな空間のど真ん中で、ついついあるサラリーマンの台詞を口にしてしまう。さっきから何度となく現実味の無い状況に置かれている為、現実逃避をしてしまっているせいなのかもしれない。


 もうね、出来ればエリザにさっさと吸血されて、気絶するなり寝るなりしたいところだ。そうすれば、この非現実的な現状から逃れられそうだし。


「さて、それじゃあ早速だけれど、お風呂の準備をするわね」


「えっ!? ちょ、ちょっと待てぇっ!!」


 俺はエリザの言葉に即座に反応すると、慌てて彼女を制止をした。当たり前だ。いきなり何を言い出すんだ。こっちは心の準備すらまともに出来てないし、状況もまったく把握出来てないんだぞ。


 だが、そんなことは気にせずといった様子で、エリザはテキパキと準備を進めていく。身体は大きくなっても、こうした自由奔放な性格は変わらないようだ。だからこそ、彼女にペースを狂わされるわけなんだが。


「あら、どうして待たないといけないのかしら?」


「いや、だって……まだ色々と状況が整理出来てないというか……頭が追い付いてないというか……」


「そう? けど、それって必要なことなの?」


「へ……? あ、あの……エリザさん……?」


「あなたが何も理解してなくても、あなたのなすべきことは、私に血を捧げることだけ。なら……それはそこまで重要なことでは無くてよ。違うかしら?」


「ち、違うかしらって、その……それは……」


 彼女からそう問われて、俺は思わず口籠ってしまった。なんかそんな風に強く迫られたら、彼女が言うこともなんだか正しいように思えてきて、俺は……。


「……って、いやいやいや! それは絶対に違うと思うぞ!」


 そこで我に返った俺は、首を横に振って否定した。もうそれは必死にね。なんなら両手で大きくバツを作って、意思表示までしてみせた。


 ふぅ、危ないところだった。危うくエリザが言っていることを、全て鵜呑みにしてしまうところだったぜ。寸でのところで踏み止まれて良かった。


「まず状況の整理は大事! 絶対! 何がなんだか分からないまま、俺はされるがままなんて断固反対だからな!!」


「あらあら……」


「いいか、エリザ! お前がこのまま俺に何の説明も行わず、自分の好きなようにするっていうのなら……俺は全力で駄々をこねるぞ! 26歳のいい歳した大人が見せる、醜く痛々しい大暴れをしてやるからな!」


 俺はそう宣言をしつつ、右手の人差し指をビシッとエリザに向けて突きつける。ここに九十九がいればおそらく、不敬だとか言って怒ってきそうだが……今はそんなものを気にしている場合じゃないんだよ!


「さぁ、どうするエリザ! お前の回答次第では、この気品あふれる空気を一瞬でぶち壊してやるからな! 吸血どころじゃない感じにしてやるぜ!」


「……はぁ。もう、しょうがないわね」


 俺の言葉に呆れたようにため息を吐いた後、エリザはゆっくりと俺の方に近付いてくる。そしてそのまま目の前まで来ると、今度は俺の顔をじーっと見つめてきたのだ。


「なら、いいわ。あなたが納得出来るまで説明してあげる。だから、そこに座ってちょうだい」


 エリザはそう言って室内にあるソファを指差した。どうやら、ここは素直に指示に従うしかないらしい。まぁ、ここでこれ以上ごちゃごちゃ言っても、埒が明かないだろうしな。


 という訳で、俺はソファに腰をかけ、エリザと向かい合う形になる。しかし、こうして改めて向かい合ってみると……あまり彼女の顔を直視出来ないな。美しすぎるってのも、大概ってやつだな。目に毒すぎる。


「じゃあ、まずは何から聞きたいのかしら?  何でも聞いて良いわよ。例えば……私のスリーサイズとか」


「……えっ? 聞いてもいいの?」


「えぇ、もちろんよ。あなたが知りたいのならね」


「なるほど……って、いやいや! そんなことはどうでも……じゃなくて、後回しだ。今はそれよりも聞きたいことがある」


「そう。それはどんな内容なの?」


「その……ズバリ、どんな手品でそんな姿になったんだ?」


「手品?」


「手品じゃないなら、トリックでもいいけど。あの少しの間で今までの小さい幼女の姿から、こんな色々と大きな女性になるなんて、どんな手を使えばそうなれるんだ?」


 完全に物理現象というか、常識の範囲を超えている気がするのだが。いくら吸血鬼が存在しているからって、そんなご都合主義が起きてたまるか。こちとら、どんとこい超常現象じゃねえんだよ。そんなのブックオフに売られちまえ。


「そうねぇ。どんな手を使ったかと言われれば……こんな風に、かしら?」


 そう言い終えると共に、エリザの身体に変化が現れる。ゴギッと鈍い音を響かせて、彼女の首が横に90℃近く曲がったのだ。


「ひぃっ!?」


 唐突に起こったホラーチックな展開に、俺は悲鳴を上げてしまう。しかし、変化はまだそれで終わりじゃなかった。首が曲がったのは、まだまだ序の口だったのだ。


 それから顔が、肩が、腕が、手が、足が。まるで見えない何かに引っ張られているかのように、次々と曲がっていくではないか。


「ちょ、まっ……! 待った待った待ったぁっ!!」


 あまりの異様な光景に俺は堪らず叫び声をあげた。だが、それに対して返ってくる言葉はなく。ただ、ひたすらにエリザの身体は変形を繰り返していき……そして―――


「ふぅー、つかれたー」


 そこには普段通りの幼女の姿に戻ったエリザの姿があった。彼女は腕を大きく上に伸ばした後、コキコキと首を鳴らしながら、こちらに視線を向けてきた。


「こんな風にね、ボクは姿を変えることができるんだよ。すごいでしょー」


 えへへーと無邪気な笑顔を浮かべながら、Vサインを決めるエリザ。そんな彼女に対して、俺は唖然としていた。いや、あの……何だったの、今の。わけがわからないよ。


「えぇ、なにあれぇ……どうなってんのぉ……?」


 目の前で起こった怪奇現象を目の当たりにして、俺の思考回路はショート寸前だ。これが例えば、ムーン・ほにゃららパワー! メイクアップ! みたいな感じの変身ならまだしも、こんな戸愚呂兄みたいな変化を見せられたら、誰だってこうなるに決まっているじゃないか。


「あははっ、ビックリしちゃったかな?」


「いや、驚きすぎて言葉が出てこないっていうか……あんなの人間技じゃないんですが」


「そうだね。ボク、吸血鬼だから」


「……そうでしたね。うん、知ってた。知ってましたよ、そんなこと」


 あー、もうめちゃくちゃだよ。こんなことが出来る吸血鬼って凄いね。オラ、もう訳がわかんないってばよ。


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