やはり俺の従順ラフコメはまちがっている。⑦
「さぁて、それじゃあ行こっかー」
そして途方に暮れてる俺を気にすることもなく、エリザは俺の手を引いて目の前の建物の中へと入っていこうとする。しかし、俺はまだ状況が理解出来ていない以上、素直に応じることは出来ない。
なので、慌ててその手を引き剥がそうと……剥がそうと……うん、引き剝がそうとして無理だったので。そのままの状態で抗議することにしました。そこ、非力って言わないでね。エリザが強過ぎるんだよ。
「待て待て待て、落ち着けエリザ。ここに入るのは非常にマズい。引き返そう」
「えっ? なんで?」
「なんでって……そりゃ、こういうところに入るのはまずいというか、なんというか……あんまり良くないと思うんだ」
「そうかな? ボクは別に気にしたことないけど」
「エリザはそうかもしれないけどさ。俺にとっては、その……足踏みしたくなるような場所なんだよ」
「うーん……ボクはよく分かんないなぁ」
エリザは俺の説明を聞いてもいまいちピンときていないようで、首を傾げて不思議そうにしていた。あぁ、もう。吸血鬼と人間との音楽性の違いがこんなところで出てきてしまうとはな。勘弁してほしいぜ。
「そ、それにさ。俺とエリザがここに入るのは、どう考えても駄目だろ」
「どうしてダメなの?」
「いや、どうしてもなにも、エリザのその姿が問題になるんだって。子供みたいなちっちゃい君と俺が一緒に入っていったら、俺がロリコンみたいな扱いを受けかねないんだよ」
「……ろりこん?」
「そんなことになれば、俺は社会的に死ぬ! いや、もう死んでいるかもしれないけども……とにかく、それだけは嫌だ!」
まぁ、ロリコンうんぬんかんぬんは置いといても。こんな幼女な見た目のエリザと、ラブホへ一緒に入るところをもし国家権力の犬、もとい、警察の方々にでも見られた暁には、望まない職務質問体験会が開催されてしまうだろう。
そんなメリットが1ミリも感じない体験会は真っ平御免だ。だからこそ、ここは何とかして阻止しなければなるまい。必要とあらば土下座だって辞さない構えで挑む所存でございます、はい。
「ということで、エリザ。別に吸血は家でも出来るんだ。なので、お願いします! 帰ってください!」
「むぅ……どうしてもダメ?」
「今のエリザの見た目が変わらない限り、無理なんだって。というか、通報された時点で終わりを迎えるわ」
「ふーん、そうなんだ」
首を傾げながらそう呟きつつ、考える素振りを見せるエリザ。これで考えを改めてくれただろうか……いや、おそらく厳しいだろう。なんせ、相手はエリザだ。一筋縄ではいかないことは想像がつく。
それに、今までだってそうだったからな。一度こうと決めた以上、そう簡単に引き下がってくれるような存在じゃないんだよね。流石は人間と違う吸血鬼様といったところか。
「そうなると……ヤシロはボクが今よりもおっきくなったら、一緒に入っても問題ないってことだよね?」
「へ……?」
「だって、そうなんでしょ? ボクの見た目が変わらない限り、ヤシロはここに入らないっていうんだもん。なら、ヤシロの言う通りにすればいいんでしょ?」
「え、えーっと……まぁ、そういうことに、なるのか……な?」
「うん。じゃあ、それでいいよね? 決まりっ!」
そう言うと満足げな笑みを浮かべるエリザ。それに対して俺はというと、呆気に取られてしまい言葉を失っていた。だって、そうだろう? 彼女が無理くりな屁理屈を口にし出したのだから。
今よりも大きくなったら、だなんて……いくらなんでも、それは出来っこない話だ。彼女が人間と異なる生態系の吸血鬼だとしても、そんな一気に成長出来るはずがない。それこそ魔法みたいなものでもなければ、不可能なことだ。
なのに、自信満々に言い放つ彼女からは余裕さえ感じられるではないか。もしかして、本当に可能だったりするんですか? へ……へへっ、やっぱ俺って、不可能を可能に……ってやつなんですか?
「じゃ、ボクは準備があるから……ヤシロはちょっと待っててねー」
「お、おーいっ! どこ行くねーん!」
そう言い残すと、どこかへ走り去ってしまうエリザ。そんな彼女の背中を見て、俺は呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。だって、それ以外に選択肢が無いし。
てか、えぇー、また放置ですか? これ、このタイミングでまた放置しちゃうんすか? 流石にラブホの前で放置とか酷くないですかね。道行く人たちの奇異の視線が突き刺さるんですけど。
とりあえず、ただただ突っ立ている訳にもいかないから、腕を組んで入口前の料金表の看板を見ることにします。目の前の景色を料金表で埋めることで、周りからの視線をシャットアウトしよう作戦です。
……まぁ、俺が見ない振りをしているだけだから、背中に刺さる視線は消えないんですけどね。むしろ、増えていく一方ですよ、ええ。
「……エリザ、まだかなぁ……早くしてくれないかなぁ……」
切実な願いを込めた呟きと共に、俺は重いため息を吐く。そうした中で俺の横を何組かのカップルがイチャイチャしながら通過していき、それを見て更にため息が漏れる。
そんな風に思っていると、不意に後ろから肩をトントンっと叩かれた。もしかして、ようやくエリザが準備が出来て戻ってきたのだろうか。まったく、遅いじゃないか……ってあれ? 肩を、叩く……?
……ちょっと待って欲しい。今、俺の後ろに立っている相手がエリザだったとすれば、それはおかしくないか? だって、エリザは俺よりもかなり身長が低いんだぞ。肩に触れるは出来ても、肩を叩くなんて出来っこない。
ならば、一体……誰が俺の肩を叩いたんだ……? そんな疑問を抱いたまま、俺はゆっくりと振り返ってみることにする。すると、そこには……。
「やっ」
爽やかな笑みを浮かべながら片手を軽く挙げ、小さくその手を振る美女の姿があった。なんというか、えっと……絶世の美女と言っても過言ではない、そんなレベルの美しさを持った女性が目の前に立っていたのだ。
……てか、誰……?
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