やはり俺の従順ラフコメはまちがっている。③



「よっこいしょ。はい、とーちゃくー」


 なんてゆるーい感じで言いながら、エリザが俺の身体をゆっくりと降ろし、地上に足をつけてくれた。……よし、なんとか無事に着陸完了だ。ひとまずは安堵できるね。


 ちなみに俺たちが降り立った場所はというと、あまり目立たない雑居ビルの屋上。地上より高い位置にある分、誰かに見られる可能性が低いだろう。……ってことで、ここに落ち着いたわけだ。


「はぁー、ようやく地に足をつけられた。社くん、大地に立つってか」


「大地? ここ、ビルの屋上だよ。地面なんてないじゃん」


「……あー、そういうことじゃなくてだね。なんていうか、えっと……深い意味はないからスルーしてくれ」


 俺は適当に誤魔化そうと言葉を濁すが、当然ながらエリザは不思議そうに小首を傾げていた。まぁ、そうなるよね。ガノタじゃないと分からないと思うし。


「ん-、なんだかよく分からないけど、まあいいや」


「うん、そうしてくれると助かる。で、ところでだけど……」


 そう言いながら俺は、改めて周囲を見渡す。そしてその後でまたエリザに顔を向けた。


「あのさ、どうしてこんな場所……というか地域? に降りたんだ?」


「えっ、どうしてって?」


「いや、その……なんでわざわざここに来たのかなって思ってさ」


「うーん、なんでって言われても……この辺りが一番明るくて、にぎやかなとこだから、かな」


「……まぁ、そうだね。とってもピカピカしてて、妙に賑やかだしね。あと、すっごく目立ってる」


「あと、遅い時間になっても、人がいなくならないのがいいよねー。他のところだと、みんなすぐにいなくなっちゃうからさ」


「……それもそうだね。みんな用が無ければ、普通は早く家に帰るだろうし。その点に関しては、ここはちょっと特殊なんだろうな」


 俺はそう言いながら、頭を掻いて苦笑いをした。それに対してエリザはというと、普通に笑みを浮かべている。この場所の認識として、特にこれといったマイナス要素を感じてないんだろう。


 多分だけど、彼女からすればこの場所というのは……絶好の狩場。日中と変わらないレベルで活気づいている街であり、かつ人の気配も多く存在していることから、エリザにとっては都合の場所だと言える。


 けど、俺からすればここはあまり近付きたくないような、それなりに危ない街という認識でしかない。出来ることならさっさと退散をしてしまいたい。そう思わせてくるほどの雰囲気を感じる場所だ。


 ……で、ここがどこかと聞かれれば、それは……俗に言うピンク街と呼ばれる場所。つまり、風俗街です。 キャバクラだとかラブホテルなどがひしめき合う、大人の遊び場。そんな場所にやってきてしまったんですよ、俺らは。


「ちなみにヤシロはさ、ここに来たことがあったりする?」


「えっ!? い、いや、あの……俺にはちょっと、敷居が高い場所というか、ハードルが高過ぎると言いますか、えっと……」


「……? つまり、どういうこと?」


「……その、初めて来ました。はい。社畜時代にはまったくといって縁が無かった場所なので、来たことが無いです。はい」


 自虐的に語りつつ、俺は素直に白状をする。すると、それを聞いた彼女の表情が少しだけ得意気なものに変わっていった。


「そうなんだ。じゃあさ、ヤシロはこの街のこと、まったく知らないんだね」


「まぁ、うん……そうっすね」


「ふふっ、そっかー。なら、ヤシロよりも詳しいボクが、ちゃんとリードしてあげないとね」


「あはは……」


 むふー、といった感じでドヤ顔をしながら胸を張ってみせるエリザ。そんな彼女の姿を見て、俺は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


「それじゃあさ、ここからはボクが案内してあげるから。付いてきてね」


「あっ、ちょっ……!」


 そう言いつつ、意気揚々と歩き出すエリザさん。そんな彼女の背中を追いかけるために、俺は慌ててその後を追っていく。 そして雑居ビルの階段を下りて一階に辿り着いたその瞬間、今まで味気なかった周囲の様子が一気に変わった。


 屋上にいた時は静かだったのが、今は嘘のように騒がしくなり、煌びやかなネオンの光がより一層輝いて見える。それと同時に感じる熱気と臭気。普通の街には無い独特の雰囲気を醸し出していた。


 ……なんだろう。もの凄く場違いな感じがしてきたぞぉ。ここは俺の居場所じゃないと、内なる童貞な……じゃなくて、チキンな心が叫んでいる気がする。一刻も早くこの場から離れたいと、そう思っている自分がいる。


「僕たちは……どうして、こんなところへ来てしまったんだろう……」


 そう呟いたとしても、誰からも返事が来ることはなかった。まるで宇宙空間を漂って彷徨っているような、そんな気がしてならないよ。


「うーんと……とりあえず、あっちの方かな」


 そしてそんな俺と違ってエリザはというと……少しビビっている俺のことなんか、お構いなしと言わんばかりに、マイペースに楽しんでいらっしゃいますよ。


 この場に相応しくない風体なのに、我が物顔でどんどんと夜の街を進んでいくエリザさん。そんな頼もしい? 彼女の後ろを歩きながら、俺は周囲に視線を向けてみる。


 まず目に入るのが、もちろん風俗店の勧誘だ。キャッチの連中がとにかく自分の店に引き入れようと、熱心に道行く人たちに声をかけている。それに釣られて足を止めて話を聞いてしまう人たちもいたりして……いやぁ、なんとも欲望に満ち溢れた空間ですね。


 次に見えてくるのは、露出の高い服を着ている女性たちの姿。男を誘うような視線を送りながら、これまた客引きをしている姿が窺える。色気がむんむんってやつだね。


 そしてそんなハニートラップにまるで誘蛾灯の虫のように寄っていって、ホイホイと店の中に入っていく男たちの姿が……なんというか、実に滑稽に見えるね。


 他にも様々な種類のお店が存在しているようで、それぞれが個性を出して営業を続けている様子が見られる。どのお店も派手で色鮮やかに彩られていて、俺には何がなんだか分からんといった感じだ。


「なんていうか、凄い場所だよなぁ……」


 あらゆる悪徳と性欲が武装する風俗の街。ここは性産業が産み落とした大都市のソドムの市。俺の躰に染みついた童貞の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。


 ……なんて、ふざけたナレーションを入れてみても、まったく落ち着かないね、うん。完全に及び腰になっている俺は、思わず独りごちてしまう。苦いコーヒーでも飲みたい気分だ。


 周りの雰囲気に圧倒させているからか、自然と肩身が狭く感じるし、緊張感が半端ないです。こんな空気に耐えられません。今すぐグライディングホイールで逃げ出して、駆け抜ける嵐したいよ。


 そんな状態でしばらく歩いていると、不意に前を歩いていたエリザが足を止めた。それで俺も立ち止まり、彼女の背中にぶつかりそうになる。


「おっとっと……どうしたんだ、急に立ち止まって……」


「えーっとね。ちょっとだけ、待っててもらってもいい?」


「へ?」


 そんな突然のお願いに、思わず間抜けな声が飛び出てしまった。そして俺の返事を待たずにエリザはどこかに向かって走り出してしまう。


「えっ!? ちょっとっ!?」


 急いで呼び止めようとしたが、時すでに遅し。彼女は俺から離れていくように遠ざかっていき、そして向かっていった先には―――


「……いや、なんで?」


 そこには複数の女の子がいた。女性じゃない。女の子だ。明らかに俺よりも絶対に年下で、どう考えても未成年にしか見えない女の子たち。彼女らは皆、同じ制服に身を包み……というか、完全に学生です。女子高生ってやつですよ。


 こんな時間に未成年がなんでこんな場所に……なんて思うよりも前に、どうしてエリザは彼女たちのところに行ったんだろうか。それが気になるんだが。マジでなんでなの?


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