やはり俺の従順ラフコメはまちがっている。②



「………………はっ!? いやいやいやいやいやいやいやいや!! ちょっと、なにこれぇえええっ!!」


 思いがけず到来した危機的状況を前にして、俺は思わず叫び声を上げる。いや、いきなり空に投げ飛ばされるだなんて、聞いてないんですけど!? しかも何の前触れもなく、何の予告もなく、急にだぞ!!


 てか、本当に何が起きているんだよ!? なんで俺、いきなりエリザにこんな酷いことをされてんの!?  あの子、何がしたいの!? 誰かこの状況を説明してくれぇぇええええっ!!


「ぎゃ、ぎゃあああああああああっ!?」


 あまりの衝撃的な状況に驚きすぎて、もはや叫び声を上げることしかできない。必死に足掻いたところで、漫画みたいに空中浮遊ができるようになる訳でもなく、ただただ無抵抗に空の旅―――というか、自由落下に身を任せていることしか出来なかった。


 そんな時、不意に横へと視線を向ける。するとそこには、満天の星空があった。街の夜景と相まって、非常に美しい光景を作り出している。


「……あっ、おほしさま、きれいだなぁ」


 現実逃避気味にそう呟く。だけど、すぐに我に返って視線を元に戻す。いや、そうじゃないだろ、俺。何をやってるんだよ。さっさと現状を整理しなきゃ駄目だろ。


「エ、エリザァァァァァッ!!」


 混乱しながらもなんとか正気を保ちつつ、俺は必死に助けを求めるべく叫んだ。リディ少尉並みに叫んだんだ。あっちは別に、助けは求めてないけども。


 こうなった以上、俺の力では解決することは不可能。よって、元凶ではあるが、彼女の力で解決してもらうしかあるまい。というか、取れる選択肢がそれしかないんです。


 ということで……受け止めなさい、エリザ。今すぐ俺を助けてください。このままだと俺、死んじゃうから。この勢いで地面に激突したら、間違いなく身体がポップコーンしちゃうから。お願いします、助けてくださいぃいぃっ!!


「あはっ! あはははははははっ!」


 必死の叫びに対して返ってきたのは、楽しそうな笑い声だった。どこからともなく聞こえてきたそれは、最初は微かに聞こえてきた程度だったのが、段々と大きくなって近付いていく。 やがて声だけではなく、その姿が視界に写った。


「あははっ♪ 面白いね、ヤシロ♪」


 そしてそれは紛れもなく、俺をこんな状況に追い込んだ張本人、エリザだった。おそらくだけど、俺を投げ飛ばした後、自分自身も飛んでここまでやってきたのだろう。


 それと彼女はどんなテクニックを使っているのか分からんけど、自由落下している俺の速度に合わせて、一緒に落ちているのだ。随分と器用な真似をしてくれやがりますね!


 でも、この場合……これって並走と言うべきなのか……? いや、でも走るじゃなくて、落ちてるしなぁ……まぁ、どうでもいいか。そんなことは今、まったくといって重要じゃないし。


「お、面白いって、お前! な、何を言ってるんだよっ!! こ、こんな状況でっ! そんなこと言ってる場合かぁぁぁぁぁぁっ!!」


「えー、でも楽しいでしょー?」


「そんな訳、あるかぁぁぁぁぁぁっ!! こんなん、恐怖でしかねぇよ!! 命の危機しか感じてないわっ!!」


「んー、でもさ。それってヤシロが凄く緊張しちゃってるから、楽しめてないだけなんじゃないかな?」


「はぁっ!?」


「ほら、もっと力を抜いて……地球の重力に身を委ねて、空を漂ってみるといいよ♪ すいすーいって感じでね♪」


「だからっ!! そんなことをしている場合じゃねえんだよぉぉぉっ!!!!」


 完全に空気感が違っているエリザに対し、俺は全力でツッコミを続ける。こちとら今、そんなに余裕がある状況じゃないんだよ! そしてそれに対して当の本人はというと、ケラケラと笑ってみせた。


「あははっ、冗談だよー。ちゃんと助けてあげるからさ。ちょっと待っててね」


 エリザは何でもないかのようにそう言うと、その背中から彼女が持つ黒い翼を大きく展開させた。そしてゆっくりとした動作で羽ばたかせて飛んだ後、俺の方に近付いてくる。


「うんと、よいしょ……っと」


「どわっ!?」


 それからエリザは俺の背後に回り、俺の両脇の後ろから両手を通して身体を掴むと、それを支えにして抱きかかえて飛ぶ体勢になった。それによって、急スピードで落下していた俺の身体は徐々に減速していく。


 今の姿勢を分かりやすく説明するなら、俺が某夢の国のアニメに出てくるカウボーイのおもちゃみたいな感じになって、そしてエリザが宇宙服の派手なおもちゃって感じだね。無限の彼方へ、さあ行くぞ。


「ふぅ、なんとか助かったぁ……」


 ホッと胸を撫で下ろしながら、俺は安堵の息を吐く。正直言って、生きた心地がしなかったぞ。こんな体験、もう2度としたくねえわ。こりごりだよ。


「てか、エリザ。本当に勘弁してくれよ……寿命が縮んだぞ」


「あははっ、ごめんごめん」


 謝罪の言葉を口にしつつも、反省の色は見られない。それどころかむしろ、どこか楽しそうですらあった。まぁ、やってる側は楽しいんだろうけどさ、やらされてる側はたまったもんじゃないんですがね。


「はぁ……もういいけどさ。けど、なんで俺を放り投げたりしたんだよ?」


「んーっと、それはね。こうすることで、気分転換になるかなーって」


「なるほど。確かに気分転換にはなったね。ただ、切り替え方が急速的過ぎて、感情の起伏がジェットコースター状態なんだけど」


「ふーん、そっか。じゃあ、次はもっとゆっくりやろうね」


「うんうん、そうだね……って、おい!  ちょっと待てぇっ!!」


「あれ? どうしたの?」


「どうしたのじゃないっての! 次はもう無し! 禁止!! やっちゃダメだからねっ!?」


「えー、つまんないのー」


 つまらないと文句と不満を言いながら、エリザが唇を尖らせてみせる。そんな様子を見て、俺はため息を吐いた。頼むから、吸血鬼目線で物事を判断するのはやめてください、死んでしまいます。


 ……というか、高いところから落ちる感覚って、こんな感じなんだな。あの時、俺が自殺しようとしていた時に果たせなかった経験が、まさかこんな形で回収されることになるとは……これが伏線回収ってやつなのね。えっ、違う?


「で、この後は一体どうするんだ? 気分転換が終わったから、家に戻るのか?」


「ううん、まだだよ」


「えっ?」


 てっきりこれで終わりだと思っていた俺は、予想外な答えに戸惑いを見せる。すると、そんな俺の反応を見て、エリザがくすりと笑みをこぼした。


「これで終わりにするのは、すごくもったいないでしょ。だから、まだまだ続くよー」


「えぇ……」


 いや、いい加減、帰って寝たいんだけどなぁ……とか思いつつも、それを口に出すことはしない。ここで下手にエリザの機嫌を損ねて、手を離されたりなんかしたら大変だからな。それだけは勘弁願いたい。


「それじゃあ、夜のおさんぽにしゅっぱーつ!」


「お、おー……」


 そんなこんなで、俺たちは空中を滑空しながら、夜の街に向かって降下を始めていく。けど、エリザはお散歩だと言うが、これから向かう先で何をするつもりなんだろう。


 ……まぁ、出来れば危険な目にだけは、遭わないようにしてもらいたいんだけどね。頼むよ、マジで。


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