2章 3部

やはり俺の従順ラフコメはまちがっている。①




 ******




「あれ? 今日のヤシロ、なんだかオシャレしてるね。どうしたの、その服?」


 外出を終えた日の夜のこと。毎度おなじみの吸血タイムを迎えた為、俺がエリザの部屋に訪れると、彼女は開口一番にそんなことを言ってきた。流石はエリザ。違いってものが分かってるね。


「ふっ、いいだろ。ようやく俺も、衣装変更機能が解放されたぜ。まだ勝負服にはならないけどな」


「勝負服? なにそれ?」


「あぁ、うん。分からないと思うから、忘れていいよ。うん」


 ちなみに今着ている服だが、もちろん今日購入したばかりのものだ。いつも支給されてるださださスウェットじゃなくて、ちゃんとしたやつだぞ。九十九にはなんか微妙な顔をされたけどな。


 上は襟付きの黒いシャツに、下は紺色のジーパン。ガイアが俺にもっと輝けと囁いた結果、このチョイスとなった。ちなみに値段は上下合わせてなんと約2,000円。安心安全のお買い得な、しまむらプライスだぜ。


 そんなお財布に優しい服を着ている俺のことを見ながら、エリザは俺の周囲をくるくると回り始めた。てちてちと歩く姿は、なんとも小動物チックな感じで微笑ましい。


「ところで、エリザ。俺のこの服装を見て、こいつをどう思う?」


「うーんと、そうだね。よく似合ってると思うよ。少なくとも、ボクは嫌いじゃないかな」


 にぱっと笑って、エリザはそんな風に言ってくれた。くぅ、嬉しいことを言ってくれるじゃないの。九十九なんて『まぁ、いいんじゃないか』って感じの適当な一言だったのに。


「ありがとうな、エリザ。そうやって褒めてくれると、俺も選んだ甲斐があったってもんだぜ」


「ふふっ、どういたしまして」


 そう言って嬉しそうに笑うエリザ。そんな彼女を見ていると、こっちまで笑顔になってくるよ。あぁ、やっぱり無愛想な九十九と違って、エリザは可愛いなぁ。癒しオーラが半端ないよ。


 ……えっ? さっきからやたらと九十九とエリザを比べてないかって? そりゃそうだろ。ツンツンな九十九に癒し要素なんて無いからな。だからこそ、エリザでそれを補充しているということだ。 マジで助かる。マダガスカル。


「さてと、それじゃあそろそろ……いつものやつ、いっておきま―――」


「あっ、ちょっと待ってほしいな」


 ―――しょうか。と、俺が言い終える前に、エリザが待ったをかける。あれ、どうしたんだろう?  こんな展開、今まで無かったんだけどな。


「えっと、どうしたんだ? 何かあったのか?」


「ううん、そういうわけじゃないんだけどね。ただ、ちょっと……今日は気分を変えてみたいかなって」


「気分?」


「うん。たまにはいいでしょ? それとも……ヤシロは嫌だったりする?」


「いや、まぁ……俺は別に構わないけど。なんにしても俺は吸われるだけだし、エリザの好きにすればいいさ」


「ほんと? じゃあ、好きにしちゃおうかな」


 そう言ってエリザは悪戯っぽく笑うと、俺から離れていってベランダの方へと足を進める。そしてそのベランダに続く窓ガラスを開けたと思ったら、くるりと振り返って俺の顔を見た。


「そしたらね、ヤシロ。外に出たいから、靴を持ってきてもらってもいいかな?」


「えっ、外? 外って、ベランダに出て……ってこと?」


「うん、そうだよー。だから、早く持ってきてね」


 エリザはそう言った後、一足先にベランダへと向かっていった。 そんな彼女の背中を見つめながら、俺は理解が全く追い付いていなかった。


 気分を変えたいとか言って、外に出たけど……それって単純に、外に出ていつもの吸血をするってことなのだろうか? えっ、マジ?


 おそらくだけど……煌めく夜景と夜空をバックにしつつ、二人が重なり合って熱いひと噛みを―――というロマンティクスを狙っているのかもしれない。そんなシードでフリーダムなことをしちゃうわけ?


 ……良く分からないけども、とにかく言われた通りにしよう。エリザの好きにすればいいと言った以上、今更どうすることも出来ないしな。とりあえずは言われたとおりにするか。


 そう思いながら俺は靴を取りに行こうとして、エリザの部屋から出て行く。その際、部屋の前で待機をしていた九十九と目が合ってしまった。


「なんだ。もう終わったのか?」


「あっ、いや。そういう訳じゃなくて……」


「そういう訳じゃない?  では、どういうことだ?」


「いや、なんか……エリザが今日は気分を変えて、外に出たいとか言ってさ。それで俺も靴を持ってこいって言われたんだよ」


「ほう、外に」


 そう言うと、九十九は少し考える素振りを見せた後、再び俺と目を合わせた。


「そうか、分かった。なら、早く支度を済ませるんだな。あまりエリザ様を待たせるものじゃない」


「いや、まぁ、分かってるよ。そんくらい」


「つべこべ言うな。早く行け」


「はいはい。分かりましたよっと」


 軽く流しながら、俺は九十九の前を通り過ぎ、靴が置いてある玄関に向かう。そして下駄箱の中から靴―――これも今日買ったばかりの新品―――を取り出すと、それを携えてまたエリザの部屋に戻っていった。


「待たせたな。靴、持ってきたぞ」


 そう言いつつ、俺は靴を履いてベランダに出て、そして既に外に出ているエリザと合流を果たす。


「うん、おかえりー」


 待っていた彼女はベランダの手すりに両手を置き、そこに体重を預けるようにして立っていた。夜の闇の中に溶け込むような黒のドレスに身を包んだエリザのその姿は、まるで幻想のように美しかった。


「で、ここからどうするつもりなんだ?」


「……? どうするつもりって?」


「いや、その……外に出たのはいいけど、これからの展開が俺にはまるで見えてこなくてさ。まさかとは思うけど、ここで立ったまま吸血するつもりなんじゃ……」


「んー。それはちょっと違うかな。それなら別に、外でしなくてもいいし」


「まぁ、そうだよな。なら、どんな風にするつもりなんだ?」


「ふふ、それはね。これから考えようと思うんだー」


「へ?」


「夜は長いからね。いろんなものを見て、それでいいなーって思ったのがあったら、それをやってみようかなって」


「そ、そうなんだ」


「うん。楽しみだねー」


 そう言って無邪気に笑う彼女を見て、俺は内心で頭を抱えていた。いや、どういうことなのさ。説明が抽象的過ぎて、まるで意味が分からんぞ!


「それじゃ、さっそく行こっか」


「え、あの、えーっと……」


 戸惑う俺を余所にして、エリザは何故か俺の身体に抱き着いてきた。……えっ、なんで? なんで抱き着いてきたの?


「え、エリザ……? その、何をするつもりで……」


「あっ、そうだ。ねぇ、ヤシロ。舌を噛まないように気をつけてね」


「し、舌……?」


「うん。だって、危ないからさ」


 エリザが意味深なことを口にした直後、俺の身体がふわりと宙に浮く。そして―――


「いくよー。そーれっ!」


「え?」


 そんな気の抜けた掛け声と共に、俺の視界が上下反転する。というか、ぐるぐると回る。それもかなり速く。それに合わせて視界に映る景色も目まぐるしく変わっていく。一体、何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。


 ……だけど。ただ1つだけ、分かっていることがあるとすれば、それは―――俺は今、猛烈な勢いでということだ。



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