エリザ家のヒモな元社畜⑤



「はぁー、だるい。初期設定、めんどい。引き継ぎ無しでまっさらな状態から始めるのって、こんなに大変だとは……」


「ぶつくさうるさいぞ。文句を言う暇があるなら、口を動かすよりも先に手を動かせ」


「はいはい、やってますよ。口を動かしながら、ちゃんと手も動かしてるんだからいいだろ」


「ほう、私に口答えする気か? 飼われているだけの穀潰しのくせに、随分と生意気な口を叩くんだな」


「はっ、そりゃそうだろ。これだけ目の前でチクチクと、姑みたいに小言を言われてたら、嫌でもそんな口を叩きたくなるっての」


「……」


「……」


 携帯ショップを出てからしばらく経ってからのこと。俺と九十九は向かい合う形で、問答無用な口論を繰り広げていた。そう、その辺にあった喫茶店でね! 無駄に価格設定が高くて、サイズの名称が他と違っているあの店のことだよ。


 意識高い系の学生がコーヒー1杯だけで数時間も無駄に居座ったり、近所の奥様方がどうでもいい世間話旦那の悪口をしている中、そんな周りの空気をぶち壊すかの如く、険悪な雰囲気を醸し出していたんだね、これが。


 ちなみになんでこんなことになっているかと言えば―――


『おい、戻る前にその携帯の初期設定を済ませておくぞ』


『はぁ? なんでだよ。別にそんなの、戻ってからでも……』


『その必要があるから、そう言っているんだ。そんなことも分からないのか」


『……はぁ、もう。分かりました、分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば』


 ……といった感じのやり取りがあって現在に至るというわけだ。なお、未だに九十九が何でそんなことを言い出したのか、その真意は不明のままだ。わけがわからないよ。


「まったく。居候の分際で、口の利き方がなっていない奴だな」


 そう吐き捨てた後、九十九は注文した……えっと、呪文詠唱みたいな感じの、長ったらしい名前の飲み物を口に含む。もっと単純な名称にして欲しいと思うのは、俺だけなんだろうか。


 ドリンクの上にホイップクリームが乗っていて、さらにその上にチョコレートソースとキャラメルソースをトッピング。とどめと言わんばかりに、チョコチップまで振り掛けられている。まさにカロリーの暴力と言った感じだ。見ているだけで胸焼けしそうなんだけど。


 こいつ、口を開けば暴言や辛口なコメントばかりするくせに、こういう甘ったるいもんが好きなんだな。だったら、少しでもいいから俺にもっと甘くしてくれてもよくない?  いや、冗談抜きでそう思うよ。


「いや、お前の方こそ、もうちょっとその辛辣な物言いを、なんとかした方がいいと思うぞ」


 そして負けじとそう反論した後、俺も自分が注文したコーヒーに口をつける。九十九のものとは違って、俺のものはただのコーヒー。それをブラックで飲んでいる。


 社畜時代には眠気覚ましと活力の為、ブラックコーヒーとエナジードリンクを毎日のように常飲してたからな。もはやお友達を通り越して、マブダチって感じだね。カフェインはともだち、こわくない。


「ふん。どうして私がそんなことに気を遣わなければならないんだ。馬鹿馬鹿しい。仮にそうしたところで、お前は付け上がるだけだろ」


「付け上がるって、お前なぁ……。俺は別に、もうちょっと言葉を丸くすれば、多少は可愛げってもんが出てくると―――」


「か、かわっ!? 可愛いって、お、おま、お前はいきなり何を言っているんだ!」


「えぇ……」


 俺の言葉に反応してか、九十九は勢いよく席を立ち上がり、それから顔を赤く染めて俺にそう言い放ってきた。動揺しているのか、ぷるぷると震えているようにも見える。


 ……こいつマジでそういうことに対しての耐性が無いよな。さっきの携帯ショップでもそうだったし。どんだけ初心うぶなんだよって話だよな。


 それと九十九が騒ぎ出したせいで、周りからの注目を集めてしまって―――いや、それは元からか。これまでずっと、周囲の目を気にせずに口論を続けていたからね。今更って感じか。


「そ、そんな浮ついた言葉を口にしても、私はお前に屈したりはしないからな!」


「そんなつもりで言った訳じゃないんだけどな。とりあえず、まずは座って落ち着いてくれよ。無駄に目立ってるぞ」


「くっ……」


 まるで辱めを喰らったかのように唇を噛み締めながら、九十九は俺の言葉に従ってゆっくりと腰を下ろす。そしてその後でそっぽを向いてストローを乱暴に咥えたかと思うと、そのまま中身を吸い込んだ。……なんか拗ねた子供みたいで面白いな。絶対に本人には言わないけど。


「……ん。よし、設定終わりっと。これでOKだな」


 それからしばらくして、俺はスマホの初期設定を全て完了させる。終わった解放感を味わうかのように、スマホをテーブルの上に置いてから背伸びをし、肩を回したり首を左右に動かしたりして筋肉を伸ばす。


 そうして体をほぐしていると、向かい側に座っている九十九が怪訝そうな顔で俺を見てきた。


「終わったのか?」


「おう。一応は終わったぞ。これで満足したか?」


「いや、まだだな。とりあえず、それを私に渡せ」


「へ?」


「何を呆けている。さっさと携帯を渡せと言っているんだ」


 ……いや、なんで?  どうしてこいつに設定したばかりのスマホを渡さないとならないんだよ。一体、何をするつもりなんですかねぇ。


 まぁ、このまま渡さなかった場合、また一悶着ありそうだし、ここは素直に渡した方がいいのかな。俺は渋々といった感じでスマホを手に取り、九十九に渡すことにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る