エリザ家のヒモな元社畜④



 という訳でやってきました、携帯ショップ。正直、買い替える時ぐらいしか訪れないよね、この場所。


 ウィンドウショッピングなんてしてたら、店員に捕まってセールストークの餌食になるだけだし。断るの面倒なんだぞ、ああいうの。


「さて、久々に来たから、今のトレンドがどんなだかまったく分からんのだが……九十九はなにか、どれがいいとか知ってたりしない?」


「……何故、私に振る?」


「ほら、お前ぐらいの若者だったら、こういう流行りの最新機種とか目がないだろ? だから、詳しいかなって」


「はぁ……何をふざけたことを言い出すかと思えば。言っておくが、私はそういった物に興味はない。携帯電話など、通話とメールさえ出来ればいいだけの話だ。それ以外の機能など必要ない。そんなものを使っているのは、思考を停止した堕落な奴らくらいだ」


「え、えぇ……なに、その殺伐とした認識。怖……。というか、そこまでバッサリ切り捨てなくても、いいんじゃないですかね……」


「事実を述べただけだ。あんなものに時間を浪費して、中には課金……? とかいうのして、金まで消費する愚か者までいる。それを堕落と言って、何が悪い」


「さいですか……」


 相変わらず辛辣過ぎる発言ですね、この人。容赦の欠片もないじゃないですか。少しはオブラートに包むなりしてもいいと思うんだけど。


 多分、今時の若い子にそんな苛烈な物言いしたら、絶対にパワハラだとかモラハラだとか言って訴えられますよ。


「とにかく、最新機種でも、人気の機種だろうとなんだっていい。早く決めろ。私からお前に言えるのはそれだけだ」


「好き放題言いやがって……はいはい、分かりましたよっと」


 悪態を吐きながらも、俺はそこら中にある適当なスマホを手に取って物色する。へぇー、なるほどなるほど。最近のスマホってこんな感じになってんのか。


 落としたら簡単に壊れそうな薄型タイプ、そんな機能が必要なのか疑問に思う折り畳み式タイプ、画期的な爆発発火機能(いらない)を備えた銀河系ギャラクシータイプ。うん、無駄に種類が多い。


 ぶっちゃけた話、どれも同じように思えるんだよね。見た目や性能に差はあるんだろうけども……俺からすれば、どんぐりの背比べにしか思えないわけで。違いがさっぱりという感じだ。


 もっと、例えば……そう、RX的な多機能性に富んだ物はないかしら。悲しみと怒りで形態変化して、硫酸の海に落としたって平気で、困ったら不思議な力で解決する、そんな無軌道ぶりを発揮する機種が……うん、必要ないね。何と戦う気なんだよ、俺は。


 そんな風にくだらないことを考えていると、ふとある物が目についた。俺は少しの間、それを眺めた後……実際に手に取ってみることにする。


「……うん、これにするか」


「なんだ、決まったのか」


「あぁ、まぁな」


 そう言いながら手に持った物を九十九に見せる。すると、彼女はため息を吐きながら『ようやくか。遅いぞ』『速さが足りない』みたいな不満を表情で物語っていた。あと、後者の内容は俺の捏造ね。こいつがそんな兄貴みたいなことを言う訳がないだろ。


「で、決め手はなんだ?」


「は?」


「他人に意見を求めて決めかねていた割には、随分とあっさり決めたからな。どうしてそれにしたんだ?」


「別にそんな大した理由はないっての。単に前に使ってた機種の後継機だから。ただ、それだけだ」


「なるほど。使い慣れた物を選んだという訳か。悪くない選択だ。やはり使うなら、手に馴染む物の方が良いからな」


 そう言って小さく頷く九十九。……なんだろう。こいつの発言、まるで得物を選ぶ一流の傭兵みたいな言い草なんだが。どっかの戦争ボケした軍曹殿が言い出しそうな台詞だぜ。コッペパンを要求する!


 まぁ、とりあえず決まったには決まったので、それを店員に伝えて契約を済ませることにした。後は手続き……なんだけど、身分証明も無い、個人情報も開示出来ない俺は何も出来ないので、九十九に全て任せるしかない。


「おい、どの料金プランにするんだ? お前が使うのだから、お前が選べ」


「んー、どれにしようかな。手持ちが少ないから、あまりお金が掛からないプランにしたいけども……」


「そんなつまらないことを気にするな。高くなってもいいから、使い勝手の良いプランにすればいいだろ」


「簡単そうに言ってくれるけど、そういう訳にもだなぁ……」


 出来ることならネット使い放題とか、受けれる恩恵が多いプランにしたいけど、そういうのって総じて高い金額になるからね。小遣い2万の俺の懐事情だと厳しいんだよ。


 てか、お小遣い渡しているのお前なんだから、それが難しいって察してくれよ。何が高くなってもいいから、だよ。気軽に言わないで欲しいよね、まったく。


 そうやって俺と九十九が料金プランについて口論していると、対応をしてくれている女性の店員さんが、まるで微笑ましいものを見るかのような眼差しを向けてきていた。


「でしたら、お客様。こちらは家族割にも対応しているので、もう少しお安くすることも可能ですよ?」


「へ?」


「は?」


「お二人とも、同棲していらっしゃるんですよね? それであれば家族で無くても、割引の適応が出来まして……」


 そう言って家族割プランについて説明を始める店員さん。ここぞとばかりに話し始めたが……いやいや、こいつとは別にそんな関係じゃあ……。


「は、はぁっ!?」


 と、その説明の途中で、隣にいる九十九が机をバンッと叩いた後、そんな素っ頓狂な声を上げた。


 一体何事かと思い彼女の方へ顔を向けると、そこには顔を真っ赤にして怒っている九十九の姿が視界に映る。


「ち、違う! 私とこいつはその……断じてそういった関係ではないっ!」


「えっ!? で、ですが、同一の住所にお住みのようですし……彼氏さんと彼女さんでは……?」


「だから、違うと言っている! こいつはただの穀潰しで、私は仕方なく世話をしているだけだ! ど、同棲だなんて、そんな、み、淫らな、お、お付き合い、などと……」


「え、えっと、その……も、申し訳ございません!」


 あまりの九十九の勢いに負けて、半泣きになりながら謝る店員。まさかここまで怒るとは思わなかったんだろう。俺からすれば、可哀想としか言い様がなかった。


 そんな状態を見て、我に返ったであろう九十九は、コホンと小さく咳払いをする。そして何事も無かったかのように振る舞いながら、俺の方に顔を向けてきた。


「さぁ、さっさと決めるぞ。何でもいいから、好きなものを選べ」


「あ、はい」


 有無を言わせぬ圧力を放つ九十九に押されるようにして、俺は大人しく従うことにした。これ以上余計なこと言ったら、何をされるか分かったもんじゃないからな。


 その後、無事に契約を終えて新しいスマホを手に入れた俺は、なんとも言えない疲労を感じながら店を後にする。そして二度とこの店には来れないなと思いつつ、帰路につくのだった。


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