エリザ家のヒモな元社畜②




 ******




「なに? 外出がしたいだと?」


「あぁ」


 俺がエリザの家に居つくようになってから、2週間ほど。直談判をしてから数日が経過した頃の朝方。


 今日も今日とて、味が良くなった残念な見た目のディストピア飯を食べ終えた後、俺は九十九へ早速とばかりに外出をしたい旨を申し出ていた。


「この間の一件で外出禁止じゃなくなったし、もちろん許可してくれるよな?」


「……」


「って、あれ? なにその反応。てか、なんで黙ってるの?」


 そう。九十九は俺の問い掛けに何も答えないまま、じっと俺の顔を見つめている。何かを探るような視線を、これでもかという程に送ってきていた。


 ……なんだろう。多分だけど、これは疑われている目だ。俺には分かる。伊達に何度も、会社で冤罪を吹っ掛けられてないからな。あいつら、すぐ俺のせいにしようとするからな。不思議だね。


「え、えーっと……その、ダメですかね?」


 このままだと埒が明かないので、黙り続けている九十九に向けて、俺はもう一度尋ねることにした。すると、彼女はため息をひとつ零した後、ようやく口を開く。


「一応聞くが、どんな用件だ?」


「えっ? 何が?」


「たわけ。お前の外出の目的に決まっているだろう。私が同行しなければならない以上、無意味な行為など許すはずもないからな。だから聞いているんだ」


「あぁ、そういう……」


 なるほどね。納得したわ。要は俺が無駄な外出をしようとしてないか、疑っているわけなのね。確かにこれまでの俺の行動を考えると、疑われるのも無理はないのかもしれない。俺ってば信用が無いからね。


「安心しろ。目的もなく、フラフラする気なんてないさ」


「当たり前だ。もしそうであれば、許可など出すものか」


「ですよねー」


「で、どうなんだ?  さっさと答えろ。こうしている時間が無駄だ」


「あー、はいはい。えっと、今回の目的は買い物だな」


「ほう、買い物」


「そうそう。自由に使える金が手に入ったからには、今のうちに必要な物を揃えておきたくてな」


 俺がそう言うと、九十九は自分の顎に手を当てて、考え込むような仕草を見せる。そして少し間を空けてから、再び口を開いた。


「ふむ。なるほどな。それで、その必要な物とは一体なんだ?」


「は? なんでそこまで言わないといけないんだよ」


「愚問だな。お前が変な物を買わないようにする為だ。そんなことも分からないのか?」


 ……こいつ、本当に一々ムカつくな。年下のくせしていつも上から目線だし、口うるさいし。もう少し愛想良く出来ないんですかね?


「てか、変な物ってなんだよ。失礼だな。そもそも、お前が言う変な物ってどんなのだよ」


「うっ! ……例えば、その……い、いかがわしい物……だとか」


「……はぁ?」


「あとは、えっと……破廉恥な物、とかだな……」


「えぇ……」


 予想外な回答に思わず面食らう俺。それに対して、九十九は顔を紅潮させて俯くばかり。……そんな仕草がちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。口に出したら絶対に殴ってきそうだし。


 しかし、なるほどな。こいつ、さてはそういった方面に耐性が無いのか。もしくは変に意識しちゃってるのか。……ま、どっちでもいいけどさ。ただ、有益な情報を得られたのは確かだな。


「ど、どうなんだ!? お前は一体、何を買うつもりなんだ!?」


 おっと。いかんいかん。つい思考に集中し過ぎてたわ。にしても、この九十九の慌てようと言ったらないな。完全にテンパってるやん。いつもの鉄面皮ぶりはどこにいったのやら。


「別にそんな大層な物じゃないっての。俺が買いたいのはスマホだよ、スマホ」


「ス、スマホだと……?」


「そ。俺が持ってたスマホは会社に置いてきたまんまだからな。だから、代わりとなる新しい物が欲しいんだ」


 俺はまだ動揺している九十九に向けて、ドヤ顔を決めながらそう告げる。というのも、やっぱりこの現代社会において、スマホが無いというのは凄く不便だということを改めて実感したからだ。


 今はスマホがあれば、ほとんどのことが解決してしまう。ネット検索に動画視聴。ゲームに音楽鑑賞。その他諸々。情報を得る為だけにでも、スマホさえあれば事足りてしまうのだ。


 そしてこのエリザの家という俺にとっての監獄は、娯楽というものが完全に欠如している以上、暇つぶし用にスマホは絶対に必要だと思った次第なのですよ。


 ……本当のことを言えば、俺が使っていたスマホを回収して使いたいんだけども。おそらく俺が行方不明扱いになっているので、会社にあったスマホは証拠として警察が持っていってしまっただろう。だから回収は不可能と言っていい。


 よって、新しく契約をすることで、不便さを解消しようってわけだ。再契約しようにも、これも行方不明になっているから無理だろうし。それなら新規で契約した方がいいからね。


「そういう訳で、スマホなら変な物でもないし、買っても問題なしってことだな。どうだ? これなら文句はないよな?」


「…………」


 ん? あれ?  おかしいな。てっきり、同意の言葉を貰えると思っていたのだが、当の九十九は何も言葉を発しようとしないではないか。なんでだ?


「……はぁ」


 しばらくの間、沈黙を続けていた九十九だったが、おもむろにため息を吐いてきたかと思えば、呆れたようにこっちを見てくる。


「言いたいことは山ほどあるが……これだけは言わせてもらおうか」


「は? なんだよ」


「スマホを買うこと自体は別に構わない。が、お前……どうやって買うつもりだ?」


「どうやってって……そりゃあ、店に行ってに買うに決まってるだろうが」


「そうじゃない。私が言いたいのは、身分証を持ってない癖にどうやって契約するつもりなのかと、そう聞いているんだ」


「……あっ」


 そうだった。そういえばそうだったわ。俺、持ち物全てを会社に置いてきたから、免許証とか保険証といった身分証明が出来るものも持ってないや。スマホだけじゃなくて、何も無かったわ。


 いや、そんなことを言っている場合じゃない。つか、どうしよう。これじゃあ、スマホの契約なんて出来そうにないじゃないか。参ったなぁ。どうしたもんか……。


「うわぁ、マジか……やべぇ」


「……はぁ」


 困り果てる俺を見て、九十九はまた大きくため息を吐く。そして諦めたような表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開いてきた。


「まったく、仕方がないな。今回ばかりは助けてやる」


「へ?」


「二度は言わん。準備が出来次第、出掛けるぞ。いいな」


「お、おぉ……」


 困惑する俺を他所に、九十九は出掛ける支度を進める為、颯爽とリビングから出て行ってしまった。 俺はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてハッと我に返って後を追うようにして、慌てて自室へと戻ることにする。


 そして出掛ける為の準備を始めた。と言っても、元々所持品が少ないので、用意するものなんてほとんど無いに等しいんだけどね。


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