Re:吸血姫幼女と送る、愉しい軟禁生活⑦
「うーん、まったくおいしくならないなぁ。ヤシロって、よっぽど健康状態が悪いんだね」
「は、ははは……」
エリザの辛辣なまでの指摘に対して、俺は乾いた笑みしか出てこなかった。なんか、こう……あれだね。悪意で言っているわけじゃないからこそ、より心に突き刺さるというかなんというか。
九十九が意図的に暴言や皮肉を混ぜ込んでいるのに対して、エリザの場合は素直に思っていることを言っている節があるから、余計にダメージが大きいのだ。つまり、こうかはばつぐんだ。
「ちなみに、その……美味しくないってどんな風にマズいんだ? 俺にはちょっと、血の美味しいマズいの違いが分からなくてさ」
「んー、なんて言えばいいかなぁ……ボクが気になる点で言うと、まずのどごしが良くないんだよね」
「……のどごし」
「ねばっとした感じだとか、ドロッとしてて、飲みにくいっていうのかな」
……俺の人生において、まず聞いたことが無い表現が聞こえてきた気がする。なに、のどごしって? ビールとか蕎麦とかでしか聞かない表現だよ、それ。血に使っていい表現じゃないよ?
てか、ねばっとかドロッとしてるってどういうことよ。俺の血液、動脈硬化でも起こしかけてるの? もっと頑張ってよ、俺の赤血球さん。はたらいてよ、俺の細胞たち。それとも、細胞まで環境がブラックになってるんですか?
「あと、飲み終わった後も、口の中に変な後味が残るんだよね」
そして続いて発せられた言葉は、更なる追い打ちをかけるものであった。いや、まだ問題点があるのかよ。どんだけ酷いんだよ、俺の血液。
「えぐい……でいいのかな。なんかピリピリするっていうか……ちょっと傷んでいるのかもね」
無邪気な笑顔を携えながら、まるで鳩尾にボディブローを入れるかのような勢いで、俺の心に容赦なくナイフを突き立てていくエリザ。その度に、俺のメンタルポイントはゴリゴリと削られていくのであった。もうやめて! とっくに俺のライフはゼロよ!
「あ、あー。なるほどねぇ……そういう感じなんだぁ」
あはは……と引きつった笑いを浮かべながら、なんとか返事をする俺。だけど、涙が出ちゃう。男の子だけども。ぐすん。
「という訳で、まだまだ改善が必要だね。もっと頑張ろうね、ヤシロ♪」
「はい……」
満面の笑みを浮かべてそう宣告してくるエリザ。それに対して俺は肩を落としながら頷くことしかできない。もはや反論する気概すら起きないほどに、精神的に参っていたからである。
というか、もっと頑張ろう、って……これ以上何をどう頑張ればいいっていうんですかね。エリザには分からないかもしれないけども……やりました……。やったんですよ! 俺だって必死に! その結果がこれなんですよ!
拷問のような食事を食べさせられて、九十九には罵られて、今はこうしてマズいと言われながら、血を吸われている! これ以上なにをどうしろって言うんです! 何と戦えって言うんですか!
……まぁ、俺が必死に心の中でこう叫んだところで、答えてくれる人は誰もいないんだけどさ。バナージ……悲しいね。
「それじゃあ、今日もお疲れ様。もう戻ってもいいよ」
そしてエリザはそう言うと、俺の身体から降りて距離を取る。それから手を振って俺を見送る素振りを見せる。いつもであれば、これで自室に戻って寝るだけなんだが……今日はちょっと違う。
「……なぁ、エリザ。ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「ん? なにかな、ヤシロ」
きょとんとした表情で首を傾げるエリザ。おそらく、これから俺が言わんとする内容について、彼女はあまり理解はしていないと思う。しているのであれば、今の俺の待遇はもっと改善されているだろうし。
これを打ち明けたところで、良い方向に傾く保証はない。寧ろ、現状維持のままかもしれない。いつだって、そうだ。俺がそろそろ限界だと思って退職届を出した時、渡したそれを目の前でビリビリに破かれたことは、今でも鮮明に覚えている。それと同じく、今回もそうなる可能性は否定できないのだ。
しかし、だからと言って黙っているわけにもいかないのも事実だ。このままだと俺はストレスを抱え過ぎて、どうにかなってしまいそうだから。だから、蜘蛛の糸にすがりつく思いで、俺は話を切り出すことにしたのである。
「最近、なんだか調子が良くないんだ」
まず本題に入る前に、軽いジャブを打って様子を見ることにする。いきなり核心に迫るようなことはせず、小手調べから始めることにしたのだ。その方が、色々と話しやすくなるかもしれないしね。
「そうなの? どこか痛いとか、苦しいとか?」
「いや、そういうのじゃないんだよなぁ」
心配そうに問い掛けてくるエリザに対して、俺は首を横に振ることで答える。体調面に関してはむしろ、良好なまである。なにせ、健康改善の為の食事による効能が無駄に出てるからね。毎食カップラーメンの時に比べたら、明らかにプラスだよ。
ただ、いくら身体の体調は改善出来ても、精神面においてはまったく良くない。ド級の不調、ド不調だ! それを何とかしない限り、俺に安息は訪れないのだよ。
「なら、なにが悪いの? ボクにはわからないんだけど」
エリザは困った表情を浮かべながら言った。まぁ、精神面の不調を当人以外が分かるわけがないからな。仕方ないとは思う。それでも、もう少し察して欲しいところはあるけどね。特に九十九のやつ。あいつにはバンバン文句言ってるのに、聞き入れてもらえないどころか、逆に罵倒されてるしね。解せぬ。
「多分だけど……なんだろう。ちょっと気持ちの問題な気がするんだ」
「キモチ?」
「うん。それが解決しないと、きっとこれからも良くならないというか……」
「ふーん、そうなんだ」
「……それでなんだけどさ。エリザにお願いしたいことがあるんだよ」
「お願い?」
俺はエリザの真紅の瞳のまっすぐ見据えて、そう切り出す。それを聞いた彼女は首を傾げて不思議そうな顔をした。そんなエリザに向かって、俺は更にぶっこんでいく。
「うん。それが解決すれば……もしかするとだけど、俺の血も良くなるかもしれない」
「えっ、本当に?」
「あぁ。俺にとっても、エリザにとっても、悪くない話だと思うんだ」
少しだけ口角を上げて、ニヤリと笑ってみせる。これでエリザが乗ってさえしてくれれば、とりあえず一歩前進することが出来るのだが、果たして……。
「で、どうだろうか? 俺のお願い、聞いてもらえるか?」
ダメ押しとばかりに俺は再度問うてみる。すると、エリザは少しの間、沈黙を保った後に答えた。
「わかったよ、ヤシロ。どんなお願いかわからないけど、ボクに聞かせてほしいな」
そう言った彼女の口元には微笑が浮かんでおり、その表情からは期待の色が窺える。よし、釣れたぞ。どうやら、興味を持ってくれたみたいだ。これならなんとかいけそうだな。
内心でガッツポーズを決める俺。しかし、勝負はまだこれからだ。油断してはいけない。エリザから確約を得る為に、しっかりと交渉しなければ。そう思い直し、気を引き締め直す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます