Re:吸血姫幼女と送る、愉しい軟禁生活⑤



「食生活の改善を要求する」


 昼食を食べ終わった後、俺は空になった食器を片付けている九十九に向かって、そう言った。それに対して九十九は少し間を置いてから口を開く。


「……却下だ」


「拒否するなよ! というか、せめて理由を聞けよっ!」


 即座に拒絶してきた九十九に対し、俺は反論の言葉を投げかけた。それに対し九十九は呆れたと言わんばかりの表情を浮かべながら、深くため息を吐く。


「理由なんて聞く必要も無い。そもそも、お前が要求できるような立場だと思っているのか?」


「確かにタダ飯食いの居候というか、養われてる身ではあるけどさ……それでも、この状況はちょっとどうかと思うんだ」


「どう、とは? もっと具体的かつ詳細に説明してみろ」


「いや、だからさ……毎日出される飯がマズすぎるんだよ」


「ほう」


 俺の言葉に、九十九は眉を歪めた。明らかに不機嫌そうな顔つきになり、こちらを睨みつけてきた。まるで蛇のように鋭く尖った視線を受け、俺の背筋に寒気が走る。


 ……けど、ここで退いたら駄目だ。このままでは俺の胃袋と精神に多大なる被害が出てしまうことになるから。だからこそ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……!


「お前がどんなつもりであんな料理を出しているか知らんけど、せめてもうちょっとまともな料理を出してくれてもいいんじゃないか?」


「たわけたことを抜かすな。あの料理はお前向けに作った特別な料理だ。十二分にまともだと思うが?」


「だから、あの料理のどこがまともだっていうんだよっ! あれを料理と呼ぶのは、食に対する冒涜だ!」


「本当に訳が分からんな、お前は。どの料理にも栄養価の高い食材をふんだんに使っているし、食材に含まれている栄養素を効率良く摂取出来るように工夫した調理をしている。それで一体、何に不満があるというのだ?」


「味と見た目だよ! 効率性ばかり重視すんじゃねえ! 俺は魚や物言わぬ機械じゃなくて、人間なんだ!  味が最悪だわ、見た感じも最悪だわ、おまけにそれが毎日のように続く! そういう料理を出されて喜ぶわけないだろっ!」


「はぁ……何を言い出すかと思えば、くだらんな」


「お前にはくだらないことかもしれないけど、俺にとっては重要なことなんだよっ! という訳で、俺は食生活の改善を要求させてもらう!」


 俺が九十九に指を突きつけながらそう宣言すると、九十九はやれやれと言った様子で深いため息をついた。そしておもむろに手に持っていた皿を置き、腕を組んでから俺の顔をじっと見つめてくる。


「そうか。では、逆に問うことにしよう。このエリザ様の領域内における、お前の役割はなんだ?」


 えっ、何? 役割とかあなた、いきなり何を言い出すの? 今、俺がお前のことを追及している場面なんだけど。逆転する為の裁判をしている感じなんだが。異議あり! ってね。


 てか、役割ねぇ……俺の役割というと、確定しているもので言えば、エリザへ血液を提供するだけの献血マン。そして後は……うん、何も無い。強いて言うならうんこ製造機だな。ただのニートでしかないが。


「とりあえず……エリザに血を提供する。それが俺の役割だな。……てか、よくよく考えたらけっこうな重要ポジションじゃないか、それ」


 おいおい、なんだよ。それじゃあ、なにか。俺ってもっと優遇されて然るべきなのでは? そう考えると、今の俺の扱いは非常に不満がある。納得できない。断固として抗議したい気分だ。


「てなわけで、食生活の改善と併せて、待遇の改善についても要求したいんですけど?」


「はっ。随分とふざけたことを言うんだな、お前は」


 鼻で笑いながら、九十九がそう言い放つ。おいおい、そんな態度は無いだろ。こっちはお前の主様の生命線なんだぞ? もっとそれ相応な対応をするべきじゃないか?


「ふざけてねえよ、大真面目だっての。別にお前の態度まで改めろとは言わんが、せめて俺の基本的人権を尊重してくれてもいいだろ」


 そう、我が国の憲法には『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』という文言がある。そして俺は今現在、その最低限度を下回る扱いをされている。


 つまり、九十九の俺に対する行動は明らかに不当であり、憲法に違反していることになるわけだ。これは許されることじゃない。故に改善を要求するのは当然の権利と言える。異論は認めない。


「基本的人権か。まったく、何を言っているんだ、お前は」


「へ?」


「はっきり言わせてもらうが、貴様に基本的人権を認める余地は一切無い」


 九十九はきっぱりとそう言い切った。まるで俺の主張を否定するかのように。あまりにも堂々とした態度に、一瞬言葉を失ってしまうほどである。


「……いやいや、ちょっと待ってくれ」


 我に返った俺は、慌てて九十九の言葉を遮った。いくらなんでも横暴すぎるだろう。俺の言っていることは間違ってないはずだぞ。


「どう考えても違うだろ。俺を何だと思ってんの?」


「そもそも、お前は何か勘違いをしているようだな」


「勘違い? どんなだよ」


「いいか。お前はただの家畜だ。それ以上以下でもない」


「うっそぉ……」


 まさか、ここに来てとんでもないことを言われたぞ。しかも真顔で。俺、カテゴライズ的に畜産の牛や豚、鶏と同等ってこと? それってかなり屈辱的なんですけど。


「か、家畜って……そこまで言うことないだろ。もっとまともな言い方は無かったのか」


「ああ、すまない。家畜未満だったか」


「もっとひでえじゃねぇかっ!」


 あまりの暴言っぷりに驚きつつ、ついつい反射的に突っ込んでしまった。だって、いくら何でもあんまりすぎませんか。家畜未満とか尊厳破壊もいいところだ。


「それが嫌なら、エリザ様専用のウォーターサーバーだな」


「それはそれで嫌なんですけど」


 どっちかと言えばウォーターサーバーならぬ、ブラッドサーバーってところかな。どちらにせよ、不名誉極まりない称号であることは変わらない。


「とにかく。最優先事項としては、エリザ様に美味しい生き血を提供すること。故に、早急にお前の健康状態を改善する必要がある」


「……その為には味も見た目も度外視して、俺の健康改善を促すと?」


「そういうことだ。お前にしては察しがいいな」


「それで褒められても嬉しくない……」


 むしろ悲しくなるだけだわ。ていうか、こいつさっきから酷いことしか言ってないよね。もう少し優しく接してくれても良いんじゃないかな。九十九よりもバファリンの方が優しいまである。


 しかし……いくら俺が声高に叫んだとしても、鉄壁のガードを誇る九十九には全く効果がないわけで。このままだと、俺はエリザの為にという御旗のもと、こんな不条理な生活を強いられてしまうしかないんだ! (集中線)。


 なら、どうするべきか。このまま俺は、泣き寝入りするしかないのか。……いや、まだ手は残されている。最後の切り札が、ひとつだけ存在する。それを使えばもしかすると……今の状況を打破できるかもしれない。


 まず『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』という言葉がある。これは相手を屈服させる、または意に従わせるようにするには、その人が頼みとするものから攻め落としていくのがよい。という教訓を言い表したことわざである。


 じゃあ、今回のケースに当てはめると、どのように解釈すればいいのだろうか。答えは簡単だ。この場合は即ち、エリザを攻略せよという意味である。


 九十九とエリザ、どっちが攻略しやすいかと言われたら、間違いなくエリザだろう。なにせ、彼女はあんなふわふわした天然系不思議ちゃんキャラだからな。


 そして何よりチョロそうだし。チョロそうだし! 九十九に比べれば、難易度は格段に低いはずだ。


 よし、決めた。やってやろうじゃないの。絶対にエリザを攻略して、待遇面を改善してみせるぜ。覚悟しろよ、九十九め。


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