Re:吸血姫幼女と送る、愉しい軟禁生活④



「そこで待ってろ。すぐに用意してやる」


 そう言うと九十九はキッチンの方へと歩いていき、何やら準備を始める。そんな九十九に対して俺はというと、彼女の指示に従って、リビングにある机の前に置かれた椅子に腰掛け、ただ待つばかりである。


 今から何が行われるのか。その答えは至ってシンプルで、昼食の時間である。つまりはそういうことだ。そして……俺がこの生活の中で、もっとも苦渋を強いられる時間でもある。


 えっ? こういった場合、食事は唯一の楽しみなんじゃないのかって? そうだね。普通ならそうなるよね。刑務所でも食事が楽しみな時間だって言うしね。


 でもね……悲しいことに、そうじゃないんだよね。ここではそういった楽しみですら、味わえたりしないのだから。刑務所より劣悪な環境に置かれていると言っても過言じゃなくなる。


「ほら、出来たぞ」


 やがて九十九が配膳用のトレーの上に今日の昼食を載せ、俺の下に運んでくる。 それから俺の目の前に、とても提供する側だとは思えない、雑な感じで料理が置かれていった。多分、これはわざとだろう。これがエリザ相手なら、絶対にこんなことはしないはずだ。


 そして俺は目の前に置かれた食事の内容を見て、もう何度目か分からない絶句をする羽目になっていた。というのも、これは料理とは到底思えない、おぞましい何かとしか言いようがなかったからである。


 一言でいうならば、人間の食べ物ではない。これを料理と言ってはいけない気がする。断言出来る。こんなものを料理と称するのであれば、それは冒涜以外の何者でもないだろう。


 なにせ、そこにあったものは……食欲をそそらない謎の固形物。ゼリー状の何か。良く分からないペースト状のもの。そして一目見てマズそうだと分かるドロドロのスムージー状のもの……といった具合だったからだ。


 うん、これはあれだね。俗に言う、ディストピア飯ってやつだ。そしてこんな感じの食事がほぼ毎日のように続いている。ふざけんなよ、こん畜生が。


「お前の為だけに作られた特別なメニューだ。残さず食べろよ」


 目の前で腕を組んで仁王立ちをし、ふんぞり返りながら上から目線で言ってくる九十九。ただでさえ食欲の失せる料理の数々なのに、そんな態度でいられると余計に食べる気が起きなくなるんですが。


 せめて、こう……あれだ。せっかくメイド服を着ているのだから、もっと愛嬌たっぷりに提供してくれたりすれば、また何かが違うと思うんだ。もしくは、愛想笑いの一つぐらいしてくれればいいのにさ。そうすれば少しくらいは可愛いげがあるんだけれど。


『ご主人様♡  愛情たっぷりの私の手料理、どうぞ召し上がれ♡』


 ……なんてな。とか言ってくれたら最高だよね。そうしたら少しはやる気が出るかもしれないよ? まあ、そんなの絶対あり得ないんだろうけどさ。こいつにそんな可愛げのある一面なんてあるはずがないし。妄想乙。


 さて、現実逃避はこれぐらいにして現実に戻りましょうかね。目の前の問題を片付けないことにはどうにもならないですし。というわけで、早速ですがいただきたくないけど、いただきましょう。


「南無三!」


 覚悟を決めた俺は謎の固形物に手を伸ばし、勢い良く手掴みする。そしてそのまま一口分を口に含み、咀嚼していく。その瞬間、口の中では非情にモソモソとした食感と共に、得体のしれない味が広がる。


 例えるならば、なんだろう。味付けしてないただ茹でたジャガイモをそのまま食べているような感じかな。食感は乾パンというか、カロリーメイト的なアレに近いかも。


 というか、これ……レーションってやつだよね。ミリ飯だよ、これ。栄養価が高く、なおかつ長期保存可能な優れものではあるけど……さっきの通り美味しくないし、何より口の中の水分を根こそぎ持ってかれるんだよね。


 つまり何が言いたいのかというと……結論から言ってクソまずいということだ。こんなの食事じゃねえ。ただの栄養摂取だ。腹が膨れるだけで、心は満たされない。心と喉が渇いて乾いて仕方が無いのだ。


 とりあえず、今すぐにでも水分補給をしたいので……今度はスムージー状ものを手に取った。スムージーって普通水抜きで作るから、水分が入っているかどうかは怪しいけれども。


「……うぇっ」


 口に含んだ途端、あまりの青臭さとえぐみの強さに思わず吐きそうになった。マズい。もの凄くマズい。こんなの、ロイヤルでビターな飲み物でしかない。もしくはテニス部名物の苦い汁。多分、栄養価だけは高そうだな。それ以外の全てを犠牲にしているけども。


 こんな劇物、普通に飲んでいたら完飲など不可能に近いので、俺は鼻を摘まんでから意を決して一気に流し込む。


「ごほっ! がはっ!」


 スムージーが喉を通り抜けていった後、当然のごとく、むせた上に咳き込んだ。なんとか全てを飲みきったものの、口の中に残る風味は決して消えないし、喉越しの悪さにより不快感が増しただけであった。てか、肝心の水分が補給出来てないのだが。


「み、水……」


 息苦しさに耐えかねて、俺は九十九に向けて助けを求めるような視線を送った。それに対して九十九は俺の姿を一瞥した後、大きくため息を吐く。


「仕方ないな」


 すると、九十九は近くにあったグラスを手に取り、その中にお茶と思われる茶色の液体を注いでいった。色的に麦茶っぽい。そうだよな。流石にここで水分を渡さないという、残虐非道なことはしないだろう。


「ほら、飲め」


 九十九はそう言いながら、お茶を俺の方に差し出した。それを見て俺はすかさず受け取り、勢いよく飲み干す。冷たい感覚が食道を通っていき、喉を潤して……うるお、うる、お、お―――


「ごふっ!? おえっ!!」


 胃に流れ落ちると同時に、猛烈な吐き気に襲われた。それもそうだろう。何故なら、このお茶は異常なまでに苦かったのだ。てか、麦茶じゃないよ、これ。何なの、一体。


「まったく、見苦しいな。お前はまともに食事も出来ないのか」


 吐き捨てるように言う九十九。いや、俺がこうなっているのも、お前が用意した料理や飲み物が元凶なんだぞ。なんで、その張本人が呆れてるんだ。おかしいだろ。


「て、てか……このお茶、何なの?」


「これか? これはセンブリ茶だ。健康に良いらしいぞ」


「なんでだよっ!?」


 それを聞いた瞬間、俺はツッコミを入れた勢いのまま、机の上に拳を叩き込み、台パンをしていた。センブリ茶って、あれだろ。バラエティー番組で罰ゲームに使われている苦い茶のことだろ。そんなもん、飲ますんじゃねえよ。


「もっと普通の飲み物を飲ませろよ! 別にただの水道水でもいいからさ!」


「何を言ってるんだ、お前は。お前のことを気遣って、健康に良い茶を出してやったというのに」


「どこがだよっ! どこが健康にいいんだよ!」


「良薬は口に苦しと言うではないか。まさにその通りだろう?」


「限度を考えろ、限度を! こんなもの飲まされたら、味覚どころか胃袋ぶっ壊れるわっ!」


 もはや怒りを通り越して、泣きたくなってくる。なんで俺がこんな目に遭わなければならないのだろう。もう嫌だ。家に帰りたい。帰らせてください。お願いします。


「さぁ、まだ料理は残っているぞ。全部平らげるまで、部屋に戻れると思うなよ」


 だが、九十九はそれを許さないと言わんばかりに、俺のことをにらみつけてくる。俺の防御力が下がると同時に、気力がどんどん削れていくのを感じた。


 結局、俺には選択肢など最初から存在していなかったのである。ただ従うしかないのだ。だって、他にどうすることもできないのだから。


 だから、今は諦めて……受け入れるしかないのだ。それが正しい選択だと思うことにするしかない。……って、あれれ~おかしいぞ~? これ、社畜時代のマインドと何も変わらないぞ? なんでぇ?


 こうして俺は抵抗することも出来ず、ただひたすら拷問のような食事を摂り続けることになったのだった。



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