月夜に煌めく白銀の吸血姫③
それにしても、さっきから随分と話し込んでいる気がする。それもこれも、目の前にいるエリザが一向に立ち去る気配が無いせいだ。むしろ、興味津々といった感じでこちらを見ているような気がする。気のせいではないはずだ。
……でも、立ち去らないのなら、もう少しだけ話すことにしよう。彼女について気になることはまだまだあるわけだし。それに……これが俺の人生最後の会話になるのだから、末期の水ならぬ、末期の会話でも楽しもうじゃないか。
「ところでさ、エリザにもう一つだけ、聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「えっと、君はどうやってここまでやってきたんだ?」
エリザがどんな経路で屋上までやってきたのか。それを俺は率直に尋ねることにした。というのも、ここまで来た経路もそうだけど、未だに彼女がどこの誰なのかもまったく分かっていない。
だからこそ、そういった質問を彼女に投げ掛けた。まぁ、考えうる可能性としては……この会社の社員の身内か何かといったところだろうな。でも、こんな深夜帯にいるのはおかしなことだけれども。
そうして俺はエリザの返答を待った。それに対する彼女の反応はというと、きょとんとした表情を浮かべ、そして首を傾げていた。
エリザがとったその仕草はさながら小動物のようで、不覚にも可愛らしいと思ってしまった。そしてそれと同時に、これから続くであろう会話が不安になってしまう。なにせ、彼女には謎が多すぎる。
そしてしばらくの間を置いて、ようやく彼女は口を開く。その言葉を耳にした瞬間、俺は驚きのあまり絶句してしまった。あまりにも突拍子のない内容だったからである。
「それはもちろん―――空を飛んで、だね」
「……は? その、なんだって?」
「だから、ボクは空を飛んでここまで来たんだよー」
な、なるほどー。空を飛んできたんだねー。……って、いやいやいやいや! いくら何でもそれは無理があるでしょ!
空を飛ぶなんて、そんなオカルト……そんな非現実的な事が可能なのは、漫画とか小説とかのフィクションの世界だけだって。
いくら彼女が非日常的な振る舞いをしているからって、流石にそれはないでしょ。マジでファンタジーやメルヘンじゃあるまいし。
「あっ、その顔。信じてないでしょ」
と、俺がそんなことを考えていると、それを見透かされたのか、エリザがムッとした表情でそう言ってくる。
「いや、だって……ねぇ? 実際にそうしている姿を見ないことには、にわかに信じがたいというか……」
「むぅー。だったら、証拠を見せてあげる」
「……え?」
「そうすれば、ヤシロもちゃんと信じてくれるよね?」
そう言って彼女は一歩だけ後ろに下がってから、俺に向かってこう言った。
「じゃあ、いくよー」
そしてエリザはその掛け声を合図にして、膝を軽く曲げてからその場で地面を蹴って、跳躍をする。勢い良く飛び上がった彼女は俺の身長の高さをゆうに超えて、数メートルの高さまで一気に上昇をした。
まるで特撮作品でも見ている様な光景。けど、驚くのはそれだけじゃなかった。まだ終わりじゃなかったんだ。 上昇から落下に切り替わる刹那、エリザの身体が空中にてピタリと静止したのだ。
完全に重力を無視した動きだったが、そんな彼女の背中には―――
「つ、翼……?」
そう、彼女の背中には一対の翼が生えていた。まるでコウモリの様な黒い翼がはためいて、彼女をゆっくりと浮遊させているのだった。
その光景を目にした俺は一瞬だが呆気に取られてしまい、開いた口が塞がらなかった。目の前で起きている現実離れした出来事に、脳が追いついていないからだ。
「どうかな? これで信じてもらえるよね?」
自慢げにエリザはそう言いながら静かに降下をし、元の場所に舞い降りた。そして着地と同時に彼女の背中にあった翼が、背中に吸い込まれる様にして消える。いや、どういう原理で消えているんだ?
そんな俺の疑問をよそに、当の本人たる彼女は得意げに笑みを浮かべていた。まるで「どうだ!」と言わんばかりの表情。そんな彼女を前にしたら、もはや疑う余地など無かった。
……というか、こんなの見せられたら信じるしかないでしょうが。正直言って、今でも信じられてないところはあるけども、それでも目の前にいる少女が人外的存在であるということは理解した。
「あ、あぁ。信じる……しかないか。うん」
「良かったー。これで信じてもらえなかったら、どうしようかと思ったよ」
そう言って彼女は安堵のため息を一つ吐いた後で、にっこりと笑って俺を見る。けど、俺はそんな風には彼女は見られなかった。
空を飛ぶ少女。背中から生えていた黒い翼。そして柵を越えた場所に立っていた俺を、引っ張り上げて連れ戻した力にしてもそうだ。どう考えたって彼女は人間じゃない。
「き、君は一体……なんなんだ?」
俺は震える声で、そう訊ねる。すると彼女は少し考える素振りを見せてから、こう答えた。
「ボクは吸血鬼ですよ」
「……は?」
屈託のない笑顔を浮かべて、エリザはそう言った。上がった口角の端、鋭い犬歯をちらりと覗かせながら。
「あっ、そうだ。ねえ、ヤシロ。ボクもヤシロに聞きたい事があるんだ」
「え、えっと……聞きたい事って……?」
「ヤシロはさ、さっき死のうとしてたんだよね?」
「あ、あぁ……」
「じゃあさ。その命、僕にちょうだい?」
「……へ?」
その突然の言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。すると、エリザはにっこりと笑いながらこう続けた。
「だって、自分の命を捨てようとしてたってことは、いらないって事だよね。だったら、ボクがもらってあげる」
「そ、それは……」
いやいや、待て待て! いくらなんでも、それは飛躍しすぎだって! たしかに俺は自殺しようとしていたけどさ。だからって、はいそうですかと簡単にあげれるものでもないだろ!?
「大丈夫だよ。痛くはしないし、優しくするからね」
戸惑う俺を他所に、エリザは話を続ける。その瞳をキラキラと輝かせて、口元から鋭い牙を覗かせながら。
そうしている姿はとても可愛いのだが……それと同時に怖くもあった。感じたことのない恐怖に、背筋が凍る思いになる。
「だから安心して。ヤシロの命、僕にちょうだい?」
エリザはそう言うと、ゆっくりと俺に近付いてくる。ま、まずい……! このままだと、本当に彼女に食べられる……!
そう思った俺は慌ててその場から逃げようとする。しかし、俺が逃げるよりも先にエリザは動いていた。素早く動いて距離を詰められ、そのまま押し倒される形で地面に背中を打ち付ける。
そして仰向けになった状態の俺に覆い被さるようにして、四つん這いの体勢になっているエリザ。見上げた視界いっぱいに彼女の顔が入り込んでくる。
「もう、逃げちゃダメだよ」
俺の耳元へと顔を近づけながら、囁くように語りかけてくるエリザ。吐息が耳にかかって少しくすぐったかった。 そして彼女はそのまま俺の首筋に顔を埋めると、そこからペロッとひと舐めしてきた。
その瞬間、背筋にぞわっとした感覚が走る。今まで味わったことの無い感覚に戸惑いつつも、何とか抵抗しようと試みる。けれど、身体に力が入らない。それどころか、指先すら動かすことができない。まるで全身が麻痺してしまったかのように。
「大丈夫。怖くないよ。すぐに終わるからね」
そう告げるエリザの声はとても優しげで、安心させてくれるような声音だった。けど、今の状況だと逆にそれが不気味に感じられてしまう。
早くここから抜け出さないと危険だ。本能がそう訴えかけてきていた。だが、今の俺は為す術もなく、ただされるがままの状態となっている。
「それじゃあ……いただきます♪」
「あっ……」
そして死刑宣告とも思える言葉が、俺の耳へ無情にも届いてくる。それを聞き終えたのと同時に、俺は意識を手放した。
俺はこれからどうなってしまうのか。彼女は俺をどう扱うつもりなのか。意識を失くした俺にはもう、なにも分からなかった。
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次の更新予定
【カクヨムコン10】拾い拾われて吸血姫 ~投げ捨てようとしていた俺の命、謎の美少女にいただかれました。~ 八木崎(やぎさき) @yagisaki717
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