第2刀 【利剣十術】


 【利剣十術りけんとうじゅつ】。

 それは十種の魔剣を操る術式である。

 一の魔剣『白倣しろならい』には三つの効果がある。


 一つ、壊れない。

 一つ、剣術の習熟速度の向上。

 一つ、他の魔剣への適性強化。


 要するに修練用の魔剣である。

 使い続ければ魔剣使いとしての力量が増す。

 それがこの魔剣の効果だ。


 そんな情報が一気に頭に流れてきた。

 どうやらこの空間では会話以外の意志伝達ができるらしい。


「それで、アンタがその術式本人様ってことかい?」


「そうだ。私が貴方の魔剣の全てだ」


「だったら最初から教えてくれればよかったのに、剣の効果とかあるなら」


 俺はこの女を疑っていない。

 超常の現象が起こったのは確かだ。

 俺の剣術の上達が異様に早いのも事実。


 それにこの女が嘘を吐いてて、もし敵でも、俺にはどうすることもできない。


 いや、言い訳だな。

 俺はただ、一人でも味方が欲しいんだ。


「いやに理解が早いのだな」


「全然理解なんてしてないよ。けど人と喋れるのが結構嬉しいんだ今」


「そうか。苦労をかけたな」


「その言い方だとアンタがあの世界に連れてきたみたいじゃん」


 それだと少し困る。

 一気に敵っぽくなる。


「いいや、私は覚醒した貴方の力だ。そんなことはできないししない。だが貴方を常世に連れてきたのが誰かも知らぬし、元の世界に戻る方法も知らぬ。私が知るのは貴方と術式の記憶だけだ」


「そうか。まぁ最悪じゃないな全然」


「それと今日、貴方を呼んだのは貴方がアレを手に入れたからだ」


「アレって、あぁ、あの結晶のことか?」


「そうだ。私は十種の魔剣であるが、今その力は一振りしか解放されていない。覚醒するにはもっと多くの霊力と鬼魂晶きこんしょうが必要となる」


 鬼魂晶きこんしょう……それがあの結晶の名前か。

 覚えとこ。


「常世の異形が持つ鬼の心が封じ込められた石。それがあれば魔剣を目覚めさせることができるだろう」


「じゃああと八個必要ってこと?」


「いや、それだけは全く足りぬ。私の力は一騎当千。全て覚醒させたいのならば、万や億の鬼を屠って貰う他ない」


「それは先が長そうだな」


 術式ってのは要するにスーパーパワーだ。

 化物が闊歩するあの世界じゃ絶対必要。

 強化もできるならしておいて損はない。


 でも鬼魂晶が必要ってことは怪物を倒す必要があるって訳だ。


 ハクスラっぽいけど現実でやれってなるとかなりしんどい話だな。


「けど大体分かったよ」


「うむ、理解が早くて助かる。それで貴方をここへ呼んだ理由だがな、説明以外に二つある」


「二つも……」


 大体良い事と悪い事の二つってパターンだよな……


「心配せずとも両方良いことだ」


「え、今心読んだ?」


「そうではない。私は貴方の記憶を、体験を知っている。貴方の考えそうなことは少しは分かる」


「なるほどね」


「では本題だ。まず一つ目、鬼魂晶を手に入れたことで二振り目の力が目覚めた」


 俺の前に真っ黒な刀が現れる。

 『白倣』とは真逆の禍々しさがある。


「うわ呪いの剣っぽい……」


「魔剣であるのだから的を射ている表現だな。その刀の名は『黒喰くろぐらい』。所持者の霊力を食う刀だ」


 目の前に現れたそれを持つ。

 するとドッと身体が重くなった。


「その魔剣は術者の持つ霊力を常に一割ほどにするように奪う。霊力は生気のような物、それが常に九割損失している状態は人間としてはかなりの『危機』だ」


「マジの魔剣じゃん。デメリットしかなくない?」


「いや、霊力を奪われることで霊力の器を強化し最大値を高めることができる。今後魔剣を解放していけば大量の霊力を必要となることもある。その為にも『黒喰』による霊力強化は必要不可欠だ」


「なるほどね。MPの最大値増やしてくれるようなモンか。それは居るわ」


 でもこれ持ってるだけでかなり辛い。

 鞘をベルトに固定してても奪われるし。

 シャトルラン終わった直後みたいな感じ。

 こんな状態で怪物と戦うとか無理だろ。


「私の有用性を理解してくれたようで何よりだ。それでは二つ目だ」


「よしもう良いことってネタバレされてるからな。どんと来な」


「私がここで稽古をつけてやる」


 彼女の両手に白と黒の刀が現れる。

 俺の魔剣と全く同じものだ。


「貴方は弱い。まずはそれを自覚して貰う。さぁ、どこからでも掛かってこい」


 その余裕というか雰囲気だけで分かる。

 多分、俺はこの女に勝てないんだろう。

 やりたくなさすぎる。


「で……でも俺って全然紳士だからさ。女の子に手を上げるって言うのはさ」


 俺のなんちゃって剣術とはまるで違う。

 構えから踏み込みから、意図を持ってる。

 でもその意図を察せるほど俺は剣を知らない。


「問答無用。健、貴方には私の本領を発揮できるほど強くなってもらわないといけない」


 身体能力が俺より高い訳じゃない。

 でも何故か――早い。

 俺より圧倒的に時間の余裕がある。

 そんな剣術だった。



 俺は三時間ほどボコボコにされ続けた。



「貴方には私が居る。だからあまり寂しがるなよ。いつでも稽古をつけてやるから」


「アンタ、名前は?」


「そうだな、キリヒメとでも呼んでくれ」


 白い女がそう言うと俺の意識は自分の家へと戻っていた。

 腰に白と黒の二本の刀が携えられている。


 それにあの黒い空間でボコられても身体にダメージは残っていない。


「キリヒメね。ありがとな」


 俺の記憶を知ってるか……

 ってことは家族のことも知ってんだな。

 それで『寂しがるな』か。


 そうだよな。

 ずっと悩んでも仕方ない。

 まずはこの世界からの脱出を考えないと。

 キリヒメのお陰で少しだけスッキリした。


 逃げる場所があるってのは嬉しいことだ。

 理解してくれる人間が居るのなら、少しは頑張れる。


「やってみるか」


 自分の力、術式って言うらしい。

 【利剣十術りけんとうじゅつ】。

 一の魔剣『白倣しろならい』。

 二の魔剣『黒喰くろぐらい』。

 その効果は凡そ理解できた。


 両方ともまごうことなき異能。

 他の術式なんて一つも知りはしない。

 でも確信がある。

 この二振りの性能は確実なOPオーバーパワー


 俺を強くすることだけに重きを置いたチート魔剣。


 これがあれば行ける。

 この世界でも生きていける。

 この世界からの脱出もできる。


 家から出た俺の目の前にゴブリンが居る。


「「ギギ!」」


 二匹だ。

 この前は一匹でもギリギリだった。

 でも黒い世界で体感した白倣の力。


 無論、キリヒメの実力が高くて、師事することができたからこその成長速度であるとは思う。


 しかし、この魔剣はたった三時間の修練だけで、俺をそれなりの剣士に仕立て上げた。


「ナーロッパに帰れよアニメ面」


 白の魔剣を抜き放ち、正眼に構える。

 キリヒメのそれを真似るように。


「ギャガヤガ!」


 俺の罵りを理解したらしい。

 激高したゴブリンが突撃してくる。


 白の魔剣の剣術能力の向上効果。

 その理屈は白倣に込められた記憶にある。


 俺と同じ術式に覚醒した過去全ての人間。

 その全ての剣術がこの剣には記憶される。

 それを引き出すことがこの魔剣の効果。


 幾百の武士の刀剣術を混ぜ合わせ、自己の体格や体力、器用さや速度に置いて最たる殺意を成せる型を創り上げることこそが、魔剣【白倣】の神髄である。


 人を食ってたゴブリンは素手だった。

 だがこの二匹は武器を持っている。

 短剣のようなそれを振りかぶる。


 別に、俺の身体能力が増した訳じゃない。

 寧ろ黒喰によって体力は落ちてる。


 けど、何故が、殺意を向けて俺に襲い掛かってくるゴブリンの動きは異様に遅く感じられた。


 覚悟はある。

 最早それは出来上がった。

 ゴブリンを、狼男を、この手で殺した。

 もうビビることは何もない。


 狼男に殺された人を助けられなかった。

 ゴブリンに食われた人を救えなかった。


 俺はそれを少し後悔してる。

 もっと早く魔剣の力を呼び出せてれば……

 多分救えた命だった。


 だからもう、同じ後悔はしない。


「一刀流【天之川】」


 天冥流という剣術の開祖が開発した技だ。

 何百年も昔の人物のものらしい。


 それは単純な剣術ではない。

 常軌を逸脱した霊力を用いる技。


 一太刀を霊力によって再現し複製する。

 一刀は三刃となりゴブリンを吹き飛ばす。

 五枚卸だ。


「ファンタジー剣術も行けるなそこそこ」


 霊力を用いた技というのはかなり難しい。

 三時間の訓練で憶えられたのは一種のみ。


 だがその一種だけでも、ゴブリン程度の敵には圧倒的な戦力だ。


 こいつ等は怪物の中でも弱い。

 狼男のような身体能力もない。

 群れること。武器を使うこと。

 その二つだけが脅威となる項目だ。


「これなら多少は無理ができる。明日からはもっと足を延ばして遠くまで行ってみるか」

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魔剣使いをなめるなよ 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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