魔剣使いをなめるなよ
水色の山葵/ズイ
第1刀 白い魔剣
恨みが貴方を作っても、恨みは貴方を愛しはしない。
それでも、十の剣を携えて愚かに舞う貴方の姿を、私は永劫忘れない。
俺に微笑みながら上文を口に出す。
白い女神のような女が居た。
黒い世界で女は俺を見る。
そして一瞬、微笑んだ。
白い剣が一本、俺の前に浮いている。
俺は無意識にその柄を握った。
そんな変な夢だった。
「結構美人だったな女神……もうちょい見てても良かった」
起きるとまだ外はかなり暗かった。
枕元のスマホを確認すると0時00分。
まだ夜中じゃん。
まぁ別にいいか。
最近中学にも行ってないし。
どうにも全く眠気がない。
なんとなく二階の自室を出る。
一階に下りて冷蔵庫から出した水を飲む。
ミネラルウォーターはペットボトル半分くらい残っていて、それを全て飲み干した俺はなんとなくテレビのリモコンを持った。
この家は一軒家だ。
でも今は俺一人しか住んでない。
両親も兄弟もいない。
だから、深夜にテレビをそれなりの音量で見ていても誰にも怒られることはない。
そう思ってテレビを付ける。
でも何も映らない。
番組がやってない訳じゃない
砂嵐になるってこともない。
ただリモコンのどのボタンを押しても黒い画面が変化しない。
「なんだよ……」
そう思いながらもう一度スマホを確認する。
0時00分だった。
「は?」
おかしい。
絶対におかしい。
というかこのスマホも変だ。
スワイプしても電源ボタンを触っても画面が変化しない。
壊れてる?
テレビも同時に?
そんなことあるか?
「やめろ……」
夜中の静けさの中、そんな声がどこからか聞こえてきた。
脅えるような、震えるような声。
それは家の外の道路の方からだ。
「なんだよ……いつの間にか体験型のホラーアトラクションにでも応募してたのか俺は」
カーテンの端を捲り、外の様子を見る。
「頼む、やめてくれ……」
足が変な方に曲がった男が一人。
命乞いを繰り返しながら逃げている。
必死に足を引き摺りながら……
追う相手はどう見ても人間じゃなかった。
手足は人に近いがそれだけ。
顔は狼のようで尾が生えていた。
鉈というか大剣みたいな物を持ってる。
「殺さないでくれ……!」
必死に男は逃げる。
しかし足が折れた男と五体満足の狼男。
追い付かれるのは必然だった。
背後に迫った狼男が逃げる男に武器を振り下ろす。
それは斬撃と言うよりは打撃に近かった。
グシャと気持ちの悪い音がして血が飛ぶ。
逃げていた男は痛みに倒れ、狼男は倒れた男に何度も大剣を振り下ろして確実に殺した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸が荒い。
ダメだ。
気が付かれたら俺も殺される。
静かにしろ。
落ち着け。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
無理だろ。
血が、肉が、死に際の……殺される間際の恐怖の張り付いたあの男の死体の顔が、俺を冷静にさせない。
俺はカーテンを閉め、座り込む。
どこかへ行ってくれ。
こっちに来ないでくれ。
ただ祈ることしか俺にはできなかった。
けれど意外にその怪物は俺に気が付くことはなく、そのまま道路を歩いて行った。
絶対に現実だった。
あれは現実の血と肉だった。
フィクションじゃない。
「なんなんだ……なんなんだよこれ……季節外れのハロウィンパーティーって言ってくれ。言えよクソ。誰でもいいから」
暫くして二階に戻り布団を被る、スマホの画面は0時00分から動かない……
布団の中で何時間も待った。
けれど朝はやってこない。
家中の時計は一秒も針を進めない。
何時間後かは分からない。
でも腹の空き具合からして三時間くらい?
もう一度、俺はカーテンを少し開けて外を見た。
「はぁ?」
そこには何も無かった。
死体も血も狼男が大剣で付けた破壊跡も。
なんなんだよ……
家の電話を取るが繋がらない。
助けは呼べない。
唯一あるのは食料。
冷蔵庫の中を確認したが数日は生きられそうだ。
でも、本当に気味が悪い――
「なんでだよ……」
さっき飲んだはずのミネラルウォーターが補充されてた。
そのまま丸一日くらい考え続けていた。
でも答えは全く出てこない。
それに人の気配も全くない。
一日以上も経ってるんだ。
近隣の人たちも起きてくるだろ。
なのに声の一つ、音の一つもしない。
道路を挟んだ前の家を窓から一日中見ていたが、やっぱり誰も住んでいる気配がない。
世界がおかしくなったんじゃないのか?
俺がおかしな世界に迷い込んだ?
なんで?
疑問は何も解決しない。
恐怖は日に日に増して行く。
体感の話でしかないけど、多分もう何日か経ったと思う。
食料は問題ない。
冷蔵庫の中身もカップ麺もいつの間にか戻ってた。
俺が見てない間に誰かが補充してる?
いや、ありえない。
キャベツの皺やジャガイモの形を覚えて確認してみたが全く同じだった。
そんなことあり得る訳ない。
人間の姿は初日以来見ていない。
けど化物の姿は何度か見た。
妖怪っぽいのとか宇宙人ぽいのとか。
とにかく色々な種類が居た。
どれも家まで入って来ることはなかったが、俺も家から外に出られない。
暇だから家の中を散策することにした。
何か現状のヒントがあるかもしれない。
特別変わったところはなかった。
普通にいつも通りの俺の家だ。
でも仕舞ったはずの母の靴が下駄箱にあったりとか、小さく記憶と異なっている場所があるように思える。
それに一つ変な物を見つけた。
真っ白な刀だった。
鞘に収まった状況で見つけた。
場所は俺の部屋のベッドの下だ。
俺にこんな中二病趣味はないぞ。
買った記憶も貰った記憶も全くない。
でも夢で見たあの刀に似ている……
なんとなくそれを鞘から取り出してみる。
真剣だ。ちゃんと切れる。
全く知らない物ではあるが、間違いなくこれが俺の家にある武器になりそうな物の中で一番攻撃力が高い。
何があるか分からないし、一応持っておくことにする。
さらに数日経った。
電気が通ってない。
風呂も沸かない。
身体がジメジメしてくる。
それに髪も伸びてきた。
どうすればいいんだ。
一生このままなのか?
誰も助けに来てくれないのか?
そもそもこの世界に、人間は俺とあの殺された人以外に居るのか?
分からない。
俺は何も知らない。
じゃあどうする……?
「調べるしかないよな。自分で」
怪物に殺されるかもしれない。
でもこの家に一生引き籠るってもな。
それに俺の人生は両親が死んだ時に一回終わってる。
刀を握り、俺は玄関から外に出る。
夜風は無かった。
無風の世界を恐る恐る歩く。
横断歩道を渡り数週間前まで毎日歩いていた中学へ通学路を行く。
「いた」
小さく言葉が漏れる。
曲がり角から伺うと怪物が一匹いた。
緑色の肌に醜悪な表情。
小人のような体付きをした怪物。
「まるでゴブリンだな」
不自然だ。
狼男と言いゴブリンと言い、形容できる。
というかそれを指す名詞が存在する。
人間が考えそうな化物の姿をしてる。
そもそもこの世界は俺がいた世界を複製したような構造になっている。
それ自体が不自然だ。
きっと地球に連続する世界なんだ。
なら戻る方法もきっと存在するはず。
でも探索するなら条件が一つ。
あれを倒せないと真面な調査はない。
「おい」
身体を表しゴブリンに呼びかける。
距離はだいたい十メートルくらい。
俺の声を聞いたゴブリンが振り返る。
道路の真ん中で何をしていたのか疑問だったが、その後ろに見えた人の死体とゴブリンの手元と口元にべったりとついた血痕を見て理解する。
「人間食ってんのかよ……」
最悪だ。
でも初日ほどの吐き気はない。
覚悟してきた。
それに……いや、今はそれを考えるな。
「ギャ、ギャ、ギャ」
俺を見て怪物が嗤っている。
次の獲物を見つけたからか?
白い刀を鞘から抜き剣道っぽく構える。
刀なんて使ったことない。
素人がこんな物使い熟せる訳ない。
それに相手は人殺しの怪物だ。
「ギギ!」
低い嗤い声と共にゴブリンが走り出す。
その目にはどう見ても殺意があった。
一応、平和的な可能性も考えてた。
けどもう捨てる。こいつ等は敵だ。
殺してやる。
鞄から出した包を投げつける。
「ギ?」
反射的にゴブリンはそれを地面に叩き落とす。
瞬間、そこから大量の塵が舞った。
鞄から取り出したのは胡椒をキッチンペーパーで包んだものだ。
「ギフッ! ギフッ!」
ゴブリンは咳き込んで動けていない。
それに目も見えてなさそうだ。
身体機能は見た目通りなんだろう。
今だ。
今、呼吸を止めて、刀でこいつを突き刺せば。
こいつを殺せる。
「行け。行けって。早く。今だろ。今しかないって。行けよ馬鹿……クソ……」
分かってる。分かってるんだ。
今がチャンスだって。
なのになんで……体が……
カチカチと刀を持つ手が震える。
「頼む……」
誰に言ってんだよ。馬鹿が。
「ギギ、ギギギ!」
充血した片目が開き、俺を見る。
激高を露わにした表情で俺の元へ走り出す。
尖った爪を持った腕が引かれ――
「あぁ、あぁあああああああああ!」
無我夢中で振りぬいた刀は、目前まで迫ったゴブリンの首に命中した。
漫画みたいに切り跳んだりはしなかった。
でも完全首が折れてる。
転んだゴブリンは斜めになった自分の顔を両手で触り、疑問の声のように「ギ?」と鳴いた。
そのままゴブリンは崩れ去る。
首を折れば死ぬらしい。
止めを差すべきか?
解剖とかして構造を調べるべきだ。
分かってるけどもう気持ちが……
「もうSAN値が限界。それにCоCじゃ怪物相手は逃げるのが正攻法だっつの」
その日は帰ることにした。
まだ通学路の半分も歩いていない。
その日はそれが俺の限界だった。
一眠りしたことで頭が少しは纏まった。
俺は敵を知るべきだ。
今一番やばいのは間違いなくあの怪物だ。
あれをどうにかすることが、俺が元の世界に戻るための調査のための最重要項目。
胡椒目潰しは利いた。
家にある物を使えば多少武器を作れる。
家に侵入された時のことも考えるべきか。
罠も作っておくべきだろう。
後は剣術だ。
幾ら策を練ろうがそれを使い果たした後は、自分一人で戦うしかない。
今俺が持ってる真面な武器は刀一本。
あの一戦で分かったがこの刀は硬い。
早々折れないだろう。
日本刀って折れやすいって聞いたことあるけど、この刀は別なんだろうか?
まぁ俺の思ってる『壊れやすい』と、学者先生の考える『壊れやすい』は違うってことなのかもしれないけど。
どうせ明日には元に戻る。
そう考えて刀をリビングで振り回した。
予想通り色んな家具に命中して壊れた。
でもやっぱり、数時間目を離している間に全部元に戻ってた。
また剣を振り回して練習してみる。
天井とか床とか壁とか家具とか、そういうのを上手い具合に避けて振り回せるようになったら剣の扱いも少しは上達するだろう。
数日して二階から道路を眺めていた。
ゴブリンと出会った時は一直線に家まで帰れたが、次もそうだとは限らない。
怪物が何体も現れれば俺は確実に死ぬ。
だから道路を見て一体を見つける。
家の近くで倒せば死体を家に運べる。
死体を運べばどんな生物か調べられる。
「居た……」
見つけたのは狼男だった。
何度か見たことがあるタイプ。
けどこいつはその何れも個だった。
群れる種族じゃないんだろう。
それに一度人を殺してるところも見た。
狼男という種族の中でも人間を襲う個体と襲わない個体とか、もしかしたらあるのかもしれない。
でも、全員が人間を襲って殺す種って可能性の方が俺にはずっと強く見える。
都合はいい。
奇襲しよう。
玄関に移動し覗き窓から外を見て、狼男が道路を通り過ぎるのを待った。
通り過ぎて少ししてから扉を開ける。
ゆっくりと、気が付かれないように。
直感だけど狼男は嗅覚が良い気がする。
だから胡椒玉と一緒に柔軟剤で満たしたガラス瓶を投げた。
意味があるかは分からない。
けどこれで少しは動きが制限されたはず。
されててくれマジで。
刀を構え俺は突撃する。
シミュレーションはした。
何度も、何度も何度も何度も。
ゴブリンの時ほど緊張してない。
今なら行ける。
それが最善の構えなのかは分からない。
けれど、俺は直感的に刀を袈裟に振るう。
狼男の左肩から右腰に掛けて。
スッと刃が通る。
傷跡が付き、血が滴り始める。
でもまた殺せてない。
まだ、胡椒の目潰しは利いてる。
直ぐに刃を横に構え直し、今度は右の腰から左の腰へ振りぬく。
「グゥウン!」
十字の傷が入った狼男が悲鳴を上げてよろめく。
止めとばかりに心臓目掛けて刃を突き刺した。
それで動きは完全に止まった。
そのまま狼男は倒れる。
一応首を突き刺して置いた。
「いやいや……え?」
なんだ。ゴブリンの時もそうだ。
初めて刀を振るにしては……出来過ぎ。
剣道も剣術もやったことなんかない。
スポーツはドッヂボールと陸上だけだ。
剣術に関係あるとは思えない。
なのに今のは自分でもかなり良かった。
刀持って数日の素人ができる動きか?
しかも真剣なら尚更だ。
木刀より扱い難しいだろ。
「でも考えても分からん」
当初の予定通り狼男は倒せた。
とりあえず家に運び込む。
しかし少し目を離した隙に、すぐに死体は消滅してしまった。
初日に死体が消えてたとの同じだ。
食料が戻ってるのも同じ理屈だろう。
この世界には規定に戻る法則がある。
しかし、死体を置いていたはずの場所の身に覚えのない石があった。
指先程度の大きさで極光を反射する結晶。
その神々しさよりも巻き戻りの法則外にあることが奇妙だった。
基本的にこの世界の全ての物は、目を離して少しすると基準となる場所に戻ってしまう。
その法則から外れるものは二つだけ。
生物と、俺の刀だ。
この二種類には巻き戻りが起こらない。
だが三つ目が見つかった。
この結晶には何か秘密がある。
それを調べれば元の世界に帰れるかもしれない。
でも、とりあえず今日は寝よう。
討伐に解体と疲れた。
そろそろ風呂に入りたいなと考えながら俺は眠りについた。
「よかった」
白い女がそう微笑む。
見るのは二度目だ。
でも一度目とは明度が違う。
なんせ。
「お前、一体誰なんだ?」
夢なのに喋れる。
というか多分夢じゃない。
あの時も夢じゃなかったんだろ。
こいつを見た日に、俺はあの世界にやってきた。
こいつは何か知ってるはずだ。
そう思って投げかけた問いには、思わぬ答えが返ってきた。
「私は貴方の魔剣だよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます