5

 翌日の昼休み。

 シンシアは外へ出ようと廊下を歩いていた。昼休みは誰もいない場所で妖精たちと過ごしている。

 昨日よりはマシになったが、まだ貧血気味だ。

 ぼーっとしながら歩いていると、

「おい、止まれよ」

 行く先にいた三人の男子生徒が声を掛けてきた。制服に付いているバッジを見るに上級生だ。

 第一声からして嫌な感じだったので、聞こえない振りをして行こうとしたが、

「なに無視してるんだ!」

 怒鳴るような声に肩が跳ね上がり、進もうとしていた足が止まってしまった。

 上級生たちに囲まれる。

「ネイバーだっていうのはあんただよな?」

「本当か?」

「おい、聞いてんのかよ」

 次々に大きな声を掛けられ、頭の中は真っ白になっていた。唇が震えて「嫌」という言葉も出てこない。


 幼い頃育った環境のせいで、怒鳴り声や大きな声がどうにも苦手だった。

 怖くて、何もかもが固まってしまって、どうしたらいいのか分からなくなる。

 ぎゅっと目を閉じ、俯いて肩を縮こませていたその時、

「先輩方」

 聞き覚えのある声が後ろからした。振り返ると、エルドレットがいた。

「寄ってたかって女性をいじめるなんて、見損ないましたよ」

 言いながらエルドレットの右手にボッと炎が灯り、周囲の温度が上がるのを肌で感じた。呪文を呟いていないのは、それが彼の固有魔法によるものだからだ。

 不味いと上級生たちは顔を見合わせ、

「まさかそんな、いじめるだなんて」

 ヘラヘラ笑いながらそそくさと逃げて行った。

 上級生の姿が見えなくなると、エルドレットは手の炎を消した。


「大丈夫か?」

 彼は心配そうに顔を覗き込んできた。

 まだ心臓はバクバクするし、正直涙が出かかっていたけれど、そんな姿を見せたくなくて、握りしめた手のひらに爪を立てたり、何度も深呼吸をしたりして何とか堪えた。

「はい。今日は、どうして来たんですか」

「昨日のことを謝りたくて。悪かった。僕の悪い癖だ」

 素直な謝罪にちょっと驚いた。悪い人ではないだろうけれど、好奇心を満たすために罪悪感なんて捨て去っていると勝手に思っていた。

 自覚しているなら直してくださいよと言いそうになったが、飲み込んだ。そういうところは自分にもある。

「私こそ、すみませんでした。昨日は苛立ってしまって」

「いや、君が謝ることはない」

 そこで互いに沈黙し、エルドレットは気まずそうに視線を泳がせた。次に何を言おうか迷っているようにも見える。

「聞かないのですか? 私のこと」

 彼は目を丸くした。

「でも、嫌なんだろう?」

「えぇ、正直。ガルデライト家に引き取られる前も後もうんざりするぐらい聞かれましたし、良いことも悪いことも何もかも、飽きるくらいありましたから」

「なら、構わないよ。こちらから聞くことはしない。君が話したくなったら、そうして欲しい」

 その時が来るかは分からないが、

「はい。いずれ」

 そう返した。


 エルドレットは頷いた。

「じゃあ、今日はこれで失礼するよ。また明日……は休みだから、次登校した時、昼休みか放課後に会わないかい? 固有魔法とネイバーじゃなく、君自身の話を聞きたい」

 今度はシンシアが目を丸くした。

「面白いものは無いですよ」

「いいさ。もしくは困っていることがあるなら相談に乗ろう。勉強でもなんでも」

 それは、まぁ悪いことではないと思った。一人で勉強するには限界がある。一人くらい、先生以外で教えてくれる人がいても良いだろう。

「分かりました。お願いします」

 そう返すと、エルドレットは嬉しそうな笑みを浮かべた。



 翌日は、エルドレットも言っていた通り休日なので家の自室で勉強をしていると、ドアがノックされた。

 返事をすると、男性の使用人が両手で箱を抱えて入ってきた。テーブルの上に重そうなそれを置くと、中からガチャガチャと瓶の音がした。

「どうしたの」

「エルドレット・ダミア様から、お嬢様宛にお荷物が届きました」


 エルドレットから?


 一体何だろうと使用人に開けてもらうと、そこにはポーションが入っていた。それも箱一杯に。

「それとお手紙もお預かりしております」

 差し出された封筒を受け取って開け、中身を読んだ。

 そこには怪我を治してくれたことのお礼として、魔力回復用と傷治療用のポーション、さらに貧血に効く薬を送ると書いてあった。貧血のことは言っていないのだが、体調が悪く見えたのだろうか。

 ポーションの瓶に付いているマークは貴族も利用する有名なお店のもので、かつ一番品質の良いものだった。

 シンシアの記憶が正しければこのポーション一本の値段は、市販のポーション十本分のはず。それが箱一杯、二十本以上はあるだろうか。

「ちなみにあと四箱届いています」

 貴族の金銭感覚はどうなっているのだろう。

 いや自分も一応貴族なのだけれど、あまりの豪快さにシンシアは思わず声を上げて笑ったのだった。

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妖精と魔法と足りないもの1つ 相堀しゅう @aihori_s

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