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「ありがとう。もう大丈夫だよ」
「またねシンシア」
手のひらに乗るくらいの大きさの小人が、透けた虫の羽を羽ばたかせ、キラキラとした粉のようなものを散らしながら去っていく。彼の名前はライ。青い髪に目、同じ色の服を着た妖精だ。
ライがいなくなるとシンシアは適当な席に座り、鞄から教科書とノートを出して開いた。
放課後、こうして空き教室で勉強をするのが日課になっていた。個人的には家で勉強するより集中できる。
教科書の問題を読み、ノートにペンを走らせる。
「それでね、この前の授業ですっごくかっこいい子がいたの。もう先生の話を聞くどころじゃなくて」
「うそ、どんな子! 教えて!」
と、女子生徒たちが話しながら外の廊下を通り過ぎていく。
大多数の生徒は友達と放課後を過ごしている。新入生であるシンシアの周りでも既にグループがいくつもできていたが、シンシアはどこにも入っていないし、そもそも友達を作ろうとも思っていなかった。
大抵の人はシンシアと友達になろうというよりも、能力の珍しさに寄ってくる。そういうのはうんざりだ。だから授業以外では基本的に妖精の力を借りて姿を隠している。
別に寂しくなんてない。今は課題に集中しないと。
課題を終わらせて、今日授業で習ったところを復習し、明日の授業の予習をする。はずだったのだが、なんだか頭が痛いし異様に疲れていた。
原因は分かっていた。一昨日、他の生徒の魔法弾に当たって大怪我をした生徒、エルドレット・ダミアの治療をしたからだ。
シンシアが持つ「治癒の固有魔法」は、奇妙なことに相手の傷を一度自分の体に移してから治すというものになっている。だからエルドレット・ダミアが受けたのと同じ傷を短い時間とはいえシンシアも負っている。
それだけじゃない。毎晩遅くまで勉強しているし、妖精たちから協力を得るために魔力を渡してもいる。別に嫌々しているわけではないのだけれど、気持ちとは反対に体に疲労は溜まっていく。
大きな溜息を吐き、堪らず机に突っ伏した。
……どれくらい寝ていただろうか。
目を覚ますと、肩に何か掛けられていた。見ると制服の上着だった。
「おはよう」
声がした方を見ると、隣にエルドレット・ダミアが座っていた。
眠気が彼方へ吹き飛ぶ。
彼のことは入学する前から知っていた。
貴族ダミア家の三男。勉強、魔法、その他なんでもできる絵に描いたような完璧超人で、あらゆるものに興味を持ち、気になったものはどこまでも追求する。噂じゃどんな立ち入り禁止の場所にも平気で入り込むのだとか。
昨日自分に会いに来たのは助けた礼をするためだと納得できたのだが、今日は違う。きっと、珍しいと飽きるくらい言われたそんな自分を興味本位で見に来たのだろう。
大怪我をした彼を助けたのは、興味を持って欲しかったとかそんなのではない。その場に居合わせて、助けられる力を持っているのに使わないのが嫌だったし、ガルデライト家をはじめ自分を助けてくれた人たちのために善い人でありたかったからだ。
「どう、されたんですか」
シンシアは上着をエルドレットに返した。
こうなると分かっていたら、ライにいてもらって姿を消すんだった。
「君と話をしてみたくてね」
「どんな、話でしょうか」
エルドレットは赤茶色の目を不思議そうにパチパチさせていた。あれか。こんな僕に
目と同じ赤茶色のふわふわとした髪、宝石のような澄んだ目、歪んだものや過不足のない整った綺麗な顔立ち……確かに、エルドレットがニコリと笑えば大半の女性は撃ち抜かれるだろうし、実際彼は人気だ。学園内にファンクラブがあるとかないとか。
だけどシンシアにはそんなことにかまけている時間は数秒だって無い。
「君が持つ固有魔法とか、ネイバーの話とか」
「聞いてどうするんですか」
「どうにもしないけど?」
彼のとぼけたような言い方と小首を傾げた仕草に、頭の中がぐわっと沸騰した。
この人も他と一緒か。
ほぼ初対面の相手の興味を満たすためだけに、どうしてこちらの個人的な話をしないといけないのだ。
シンシアは教科書とノートを閉じて鞄に突っ込むと立ち上がり、さっさと出入り口に向かった。
「どうして逃げるんだ」
ダメだ。今日は無性にイライラする。
「私は、あなたの暇潰し道具じゃありませんので」
自分でも思っていたより大きな声が出てしまった。
エルドレットが叱られた小さな子どもみたいな顔をする。シンシアはそれを無視して教室を出た。
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