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 エルドレットはさっそくその日から件の少女シンシア・ガルデライトを捜した。

「エルドレット様!」

「あの、良かったらこの後一緒にお茶でもどうですか?」

「ごめんね。用事があるんだ」

 また今度! と女子生徒たちをかわしながら教室を回るが、シンシア・ガルデライトらしき姿はなかった。

 容姿は友人から聞いた。金色の長い髪を頭の後ろで一つにまとめていて、目は薄い灰色。容姿以前にそんな珍しい子がいたら興味を持った人たちに囲まれていそうだが、それらしき人だかりもない。

 まさかそんな生徒なんていないって言わないよな。


「ねぇ君」

 エルドレットは近くにいた一年生の男子生徒を呼び止めた。

 「はい」と眼鏡を掛けた彼は振り向いた。声を掛けてきた相手がエルドレットだと気付いて「あっ」と口を開ける。

「は、ははは、ハジメましてっ」

 石になる魔法でも掛けられたのかというくらいガチガチに背筋を伸ばしている。

 初々しいねと思いつつ。

「楽にしていいよ。君、一年生だよね」

「はい」

「シンシア・ガルデライトって子を知ってるかな?」

 男子生徒は「あー」と声を漏らした。

「は、はい。ですが、彼女は、授業が終わると同時にどこかへ行ってしまうんです。彼女に話しかけようとした人がいるのですが、消えたみたいに、全然見つからないそうで」

「成程。協力ありがとう。勉強頑張って」

「ありがとうございます」

 ペコリとお辞儀した男子生徒から静かに離れる。

 姿が消えて、誰にも見つけられない。

 妖精の力だろうと思った。

 ネイバーである彼女なら妖精の力を借りることは容易いし、周りからの好奇の目を予測していて隠れているのだろう。

「面白くなってきたじゃないか」


 翌日の放課後、エルドレットは中庭にいた。中央には大きな木が植えられていて、周辺では生徒たちがくつろいだり、本を読んだり、友人同士で話したり、魔法の練習をしたりしている。

 エルドレットは溜息を吐いた。

 休み時間と放課後を使って学園の隅から隅、までとはいかなかったが、それでも高等部の建物の中は全て見た。なのにシンシア・ガルデライトはいない。中等部の建物に行ったのだろうか?

 捜索の魔法もあるが、これは捜す対象の髪など体の一部がないとできない。

 さてどうしたものかと考えていたその時、

「危ない!」

 誰かが叫んだその瞬間、何かが目の前に迫った。

 それは魔力を凝縮して生み出した魔法弾だ。魔法の基礎の一つで、中庭の別の場所で魔法の練習をしていた生徒が暴発させてしまったものなのだろう。

 これが炎なら問題なかった。炎の魔法ならどこに当たってもエルドレットには効かないが、これは違う。それにシンシア・ガルデライトをどう捜すかに気を取られていて、避けることも別の魔法をぶつけて消したり反らしたりすることもできない。

 魔法弾はエルドレットの頭の左側をかすめた。

 しかし魔法弾は中級、もしくは上級に近い威力で、エルドレットはふっ飛んで地面を転がった。

 仰向けに止まると、霞んだ視界の中で微かに青空が見えた。

 周りの生徒たちがパニックになっているのが遠くに聞こえる。


 あぁ、死ぬのか。案外あっけない最期だな。


 妙に冷静になっていたその時、

「どいてください」

 はっきりと女子生徒の声が聞こえた。女子生徒は大人を呼ぶよう周りに指示を出している。

 ぼんやりとした人の影がこちらを覗き込んだ。

 そして手が顔の左にかざされたが、それを最後にエルドレットは気を失った。


 目が覚めると王都の病院にいた。

 病室には一番上の兄がいて、事情を聞いたがまぁ予想通りだった。

 魔法の練習をしていた生徒の魔法弾が頭に当たっての大怪我。

「でも病院に運ばれた時、気を失ってこそいたが傷は無かったと医者から聞いた。念のため検査もしたが特に異常は無いと」

 兄は言ったが、そんなわけがない。

 確かに頭に魔法弾は当たったし、周りの生徒の慌てぶりからして相当な怪我だったはず。

 でも、そうだ。

「僕を助けてくれた女子生徒がいたはずだけど、兄さんは何か聞いてない?」

 兄は首を横に振った。

 だが焦ることはない。手掛かりは向こうからやってくる。

 思った通り、そのあとすぐに魔法弾を当ててしまった二年の男子生徒が両親と共に病室に謝罪にきた。

 まるで王の機嫌を損ねてしまって死刑になると思っているくらいの平身低頭具合だったが、故意ではないのだし、エルドレットはそんな暴虐なことをする趣味もない。

 何の問題も無いので気にしないでくださいと言い、そして男子生徒に尋ねた。


「その時、僕を助けてくれた女子生徒がいたよね?」

 男子生徒は頷いた。

「その女子生徒は、どうやって僕を助けてくれたんだい?」

 男子生徒は難しそうな顔をした。

「えっと……信じてもらえるか、分からないのですが」

「構わない」

「その人は、エルドレットさんの傷口に手を置きました。そうしたらエルドレットさんの傷がすぐに治って、代わりにその人の頭に同じ傷ができました。まるで傷が移ったみたいに」

 男子生徒の言葉にエルドレットも兄も、男子生徒の家族も驚きの表情を見せた。

「それで?」

「周りは驚いたのですが、その人は大丈夫だと言ってそのまま動かずにいると、その人に移った傷も治りました。そして先生が来ると、その人は逃げるようにどこかへ行ってしまいました」

 病室にいた誰もが嘆声を上げた。治癒魔法だと思われるが、そんな現象今まで見たことも聞いたこともない。

「その子の名前は?」

「すみません。聞いていなくて」

「では、見た目は?」

「えっと、金色の長い髪を後ろで結んでいて、目は薄い灰色でした」


 シンシア・ガルデライトだ。

 エルドレットは瞬時に思った。

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