第13話
二人で同じ方を向いて浸かった浴槽はフチまでお湯が上がり、いくらか溢れて排水口がずびずびと鳴った。
「親父さんがさぁ、こっそり俺呼んで言わはったんよ、『千里は猫被ってるやろ、素はもっと大雑把よ』やて」
「は…」
それは彼がうちの両親と顔合わせをした時の話。
ならば入籍した時から夫は私の本性を知っていたわけか、少なくとも根っからのお洒落生活さんとは思っていなかったわけだ。
なんと滑稽で間抜けなこと、彼の脚の間に挟まった私の耳から首まで恥ずかしさで熱くなった。
「しやからいつすっぴん見してくれんのかなーとか、だらしないとこ見してくれんのかなぁて…思うててん」
「はぁ…」
「もちろんキチっとしたんがもう千里の素なんならそれでええねん、けどもうちっと崩しても俺は幻滅したりはせぇへん、そういう…うん、」
「ふーん…」
保湿剤で白濁した湯の下でゴツゴツの手が私の胸を揉む。
尻に当たる毛先がくすぐったい。
「俺はさぁ、エロいこと好きやし女の子好きやし職場に女の子おったらまず声掛けるしな、けどそっからどうとかは考えてへん」
「声掛けるのはアウトじゃない?」
「んー…記号なんよな、男か、女か。女やったら目の保養やし話して気分が上がる」
「ふむ」
「千里は『妻』よ、それは唯一…まぁ何言うてもアカンやろうけど…けど俺の価値観はそんな感じ」
ぷにぷにと風船のように胸を潰しては円を描き整えて、その下へと伸びるのかと思えば手はヘソで止まった。
「…言い訳やから言うてへんかったけど…その…最後に行った海外のもな、そのー…最後まではできひんかってん」
「最後?」
「うん、あの…イく、のがな、どうにも…緊張してん…元々な、酒呑んで友達と盛り上がって『行こう』てなってんけど、も、もちろん自分の意思でな、うん…行ってんけど…コレ…結婚指輪見たらな、フッと醒めてもうて中折れしてん」
「ナカオレ?」
「あの、最中に、入ってんのに萎えること、恥ずいんよ、相手にも失礼やしな…友達とか会社の奴には『楽しかった』言うてお勧めしといたけど…んで帰ったらココ痛いし…千里にまで
「最初は私が許すなら行くって言ってなかった?」
「しやから考え直してん、イキがりたい阿呆やねん、俺は…ごめん、情けないとこ見せたないやん…」
射精まで至らなければ有責度は若干下がるのかしら。
「情けない」表情の夫は股間を通り過ぎて太ももをもにもにと揉んで摩り、
「そろそろ出よか」
と私の脇に手を差し水揚げさせる。
交際中から今まで水浸しの裸を見せたことがなくて、ホテルなら湯上りでもすぐにバスローブを羽織って隠せてしまえたのに、まさに丸腰の体を夫へ晒すのが堪らなく恥ずかしい。
足拭きマットにぽたぽた水が垂れバスタオルを軽く巻いて、夫が
「千里、チチ
といつもは無言で行う事をわざわざ口に出す。
「え、ここで?」
「うん、脱衣所の千里がエロい…鏡見て?」
「へ、あ、やだ」
屈んだ大きな背中と吸い付く頭、そして頬を染める私が歯ブラシの上の曇った三面鏡にぼんやりと映り込んでいた。
「……!」
途端ぞわっと走る悪寒、鏡の中の絡み合う男女…ひとりは夫、しかし
「千里?」
「っ、いやっ」
夫が他所の女性を抱くのを客観的に見ている、そんなフラッシュバックに嫌悪感が最高潮まで跳ね上がり、私は彼を突き飛ばして濡れた床で滑って尻から着地した。
「千里、っおい、大丈夫か⁉︎」
しゃがみ込む夫を手のひらで制止して、
「……き、気持ち悪い、の…」
と言えば彼は全てを察して一歩下がりこちらへ背中を向ける。
「……俺が、か?」
「…うん…だめ、ごめんなさい…まだ…ごめんなさい」
「ええ、謝んな…俺が悪いねや…パジャマ持ってくる」
「……」
風呂上がりのせいもあってか動悸がしてくらくら世界が回る。
彼が着替えを持って戻って来た時には私はこてんと床に頭を付けて倒れていた。
つづく
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