第7話


「千里、機嫌いいやん」

 意識せず上機嫌な私は、出来上がり寸前のカレーをくるくると混ぜながら夫のバックハグを受ける。


 本日の夕食はカレーライス、市販のルウを箱の裏の説明通りに調理した物だ。いつもはスパイスを自分なりに調合して独自のカレーを作っていたのだけれど、『凝った料理』をdisられた腹いせに私はオリジナリティーを消して企業努力に頼ることにした。


「ん、そう?」

「鼻唄出てる」

「そかな」

「何の歌やろ、続き聞かして」

「♪~~♪~」


 耳に彼の鼻先が当たってきゅんとする。

 でもちょっとやそっとのときめきでは傷付いた私の心は修復できない。

 振り解くでもなく歌い切って、

「注ぐから待ってて」

と離れさせた。


 チクチク責めても良いことは無いし彼に逆上されるとそれは恐い。

 以前と変わらない生活をしながら静かに裏切り返す、それだけで私の溜飲は下がるというものだ。

 ガサツな彼だけど私が喜ぶような言葉を選んで掛けてくれたり細やかな心遣いは本当にデキた男だと思う。

 つくづく「なんで外注しちゃったかなぁ」と残念でならない。


「美味い」

「ん」

「…料理上手な嫁さん貰うて幸せやな」

「……」


 どの口が言うんだろう。その嫁を差し置いて商売女に下の世話をしてもらったくせに、そして褒めるならカレールウのメーカーさんを褒めるがいい。

 いっそ家政婦として扱ってもらえたら愛を求めなくて済むのに。

 なんて私もいよいよ悲劇のヒロインぶりが痛々しくなってきている。


 来週末は友人と街のホストクラブへくり出す予定で、内容はさておき夫を裏切ることに対してのワクワク感が半端ない。

 ホストクラブは浮気にはなるまい。一度だけだし深い関係になる予定も意志も無い。

 私がそこに向かうのは夫に私と同じ辛さを味わってもらいたいからで、それが合コンだろうがナンパだろうが何でも良い。ただ不貞を疑われないために友人同伴で複数人の証人が確保できるようにしたかっただけだ。


 ニコニコとカレーを食べる夫は無邪気で子供みたい。おかわりも自分でよそってペロリと平らげた。

「あー、美味かった、ごちそうさま」

「お粗末さまー」

「……千里、あの…俺、やっぱりもう店とか行かへんから…許してくれ」

私の空元気塩対応には気付いてたのか、とするとスキンシップなどがご機嫌取りに思えて寒々しい。

「気にしないよ、この部屋に連れ込むとかじゃなければ。息苦しいもんね、私との生活は」

「ちゃうって、そんなん言うてへんがな」

「お小遣いも返すし……安心して、離婚はしないから。でも知った以上は私もそれなりの対応になるよ」

「…悪かった」

「いいの。謝らないで?許さなきゃいけなくなっちゃう」

 申し訳なさそうなその表情はどこまで本心?半分はパフォーマンス?全てを疑いの目で見るようになってしまって、私も精神が削れていくのが辛い。


 表向きはニッコリ笑って、

「ごちそうさま」

とスプーンを置いた。




つづく

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