ノクターンは轟く last days part.4

憑弥山イタク

ノクターンは轟く

 限り無く黒に近い紺色のそらを見つめ、僕は1人、降り立つ小惑星を待つ。きっと僕以外にも、小惑星の降臨を見守る者が居るのだろうが、少なくとも、城山の高台から当たりを見回しても、僕以外の誰も見当たらない。モノクロ映画よりも暗く、プラネタリウムより静かな夜である。

 家屋から漏れる灯火も、随分と少なくなった。みんな眠ったのか、或いは、製薬会社から配布された「ヲ幸セニ」と書かれた薬を服用したのだろう。

 生憎、薬を飲んで幸せになれるほど、僕は単純な人間ではない。そもそも"服用=死"が確定された薬を飲んで、真に幸せを得られる者など居るのだろうか。

 否。死は幸福でなない。真の幸福とは、この世に微塵の未練も残さずに生き、そして笑顔のまま安らかに死することである。

 薬を飲んで死ぬという行為は、真の幸福から逸脱している。仮に「ヲ幸セニ」というのが"死後の世界へ旅立っても幸せであれ"という意味合いだとしても、そもそも死後の世界があるという証拠が無い。確証の無い次元の話を持ち出すのは、政府或いは製薬会社としては、あまり良くないのではないだろうか。尤も、仮に死後の世界が実現したとしても、人間がそう簡単に幸福を掴むとは思えないが。


「もしも神とやらが居るならば、感謝しよう。冷遇と苦痛に彩られた僕の人生に、こんなにも素晴らしいエンディングを与えてくれたのだから!」


 足を合わせたまま、両腕を開き、さながら道化を演ずるかのように紺色の空を見上げて叫ぶ。誰も居ない城山に、僕の声が遠く響き渡る。

 冷風が奏でる口笛に耳を傾け、暗闇を纏った寂寥に浸る。誰の足音も、誰の話し声も、果ては車の音さえ聞こえてこない。さながら、この世で生きる人間が、僕1人だけになったかのような、至高の感覚である。


「僕を蔑む奴はもう1人も居ない……これから訪れる小惑星に殺されるか、あの怪しい薬で既に死んだ! 僕の敵は! 今日を以て絶滅する! この夜を以て全員死にやがる!!」


 自分が死ぬことに対する恐怖は、そもそも持ち合わせていない。死とは全ての命へ平等に訪れる。必ず訪れるものを恐れたところで、どうしようもできない。

 故に今現在、僕の心を埋め尽くすのは、幸福である。僕の敵は全員死ぬ。死ぬと同時に、敵を1人残らず殺したいという僕の夢は成就する。砂粒程度の未練も残すことなく、僕の理想が実現する。


「至高……僥倖……天啓! 素晴らしい夜だ……嗚呼、最高の夜だ!」


 刹那、星々の煌めく夜空が、昼間のように明るい青空となった。しかし間髪入れずに、青空は赤みを帯びた。


夜想曲ノクターンにしては明るいし、夜想曲と呼ぶには轟きすぎる……が、悪くない」


 この地球が最後に奏でたのは、小惑星衝突の轟音。それも、静寂から瞬時に轟く、転調が著しい曲である。

 僕は轟音灼熱のノクターンを全身で感じながら、恍惚とした表情のまま瞼を閉じた。


「地球の終わりに付き添える……こんな幸福、きっと誰も感じていないだろうな」


 この日、小惑星の衝突により、地球はその生涯を終えた。

 地球という1つの劇場が、遂に閉幕した。

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ノクターンは轟く last days part.4 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

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