第3話 アロエ②★


「……」


 男に服従を誓い、純潔を奪われた私は……男達の手で牢屋へと投獄された。

刑務所な訳だから牢屋なんていくらでもある……。

あと言うでまでもなく……牢屋の中では全裸のままだ……。

サボとは離れ離れにされてしまった……面会すらあいつらは許してくれない。

あの子のそばを離れるなんて嫌だったけど……自由のない私達にはどうすることもできなかった。


『お前が俺達に奉仕し続ける限り……あのガキの命は保証してやる』


 この刑務所は災害用の避難場所にもなっているようで、非常用の食べ物や水は豊富にあるらしい。

男達は私が餓死しない程度に食べ物と水を与えてくれる……きっとサボも同じように生かされているはず。

私があいつらに服従する限り……サボは殺されない。

あの子の命のために……私は全てを捨てて男達の奴隷として生きることを改めて心に誓った。

お父さんが命を懸けて守ってくれたサボを守れるのは私だけ……。

私しか……サボを守れないんだ!


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「……」


 あれからどれだけの時が流れたのだろう……。

毎日毎日……暗く冷たい牢屋の中で男達の性を発散させるだけ……。

最近はもういつ起きていつ寝ているのかもわからなくなってきた……。

だけど……男達の会話を盗み聞きすることで、外の様子は少しだけわかった。

刑務所の周囲はやはり化け物達によって包囲されているらしく……外に出ることはできないみたい。

私の村やここ以外の場所にもあちこちに化け物達は現れて人を喰っているらしい。

一体どうしてあんな化け物が現れたのか……まではわからない。

でも……今私が優先すべきなのはサボの命だけ……。

たとえ生きてここを出られなかったとしても……1日でもあの子の命を長らえてやりたい。


『いやぁ! やめてぇぇぇ!!』


 どこからか聞こえてくる女の子の悲鳴……。

あいつらは私だけに飽き足らず、どこからか女の子を連れてきては……私のような目に合わせているみたい。

歯向かえば、あいつらは当然の如く暴力に訴えてくる……。

周囲は化け物だらけ……助けが来る可能性は極めて低い。

この絶望に満ちた場で何度舌を噛んで死のうと考えたか……。

でもそのたびに……サボの顔が脳裏をよぎる。

人としての尊厳すら失った今の私にとって……あの子が唯一の希望……。

サボを守るために男達に尽くす……それだけが私に残された生きる理由だ。


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「いやぁ……あそこの女は何度ヤッても飽きが来ねぇなぁ」


 この日もいつも通り、男たちの慰み者にされ……いつの間にか眠ってしまっていたみたい。

目が覚めると……男の仲間たちが牢屋の前で酒を飲んでいた。

疲れ切っていた私の体は鉛のように重く感じ……横たわったまま動くことができないでいた。


「それにしてもあの女……まだあのガキが生きてるって信じているみたいだな……」


「おめでたい奴だぜ……とっくに死んでいるとも知らずに……」


「なんつった? あのガキ……」


「確か……”サボ”とか言ったか?」


「!!!」


 その名前が耳に入った瞬間……視界がぼやけて世界が歪んだように見えた。

今……なんて言った?

サボが……死んだ?

そんな……そんな馬鹿のことがあるはずがない!!

私があいつらに復讐し続けていれば……サボの命は保証される。

そう……約束していてはず!!


「おい起きろ!……ヤリに来てやったぜ?」


 混乱する中……あの男が私のいる牢屋の中に入ってきた。

横たわる私を起こそうとでもしたのか……男は私を足蹴にする


「……」


 私は無言のまま……立ち上がった。

さっきまで重く感じていたのに……今は何も感じない。

ただただ……尋ねたい。


「弟は……生きているよね?」


「あぁ? 何言ってんだ?」


「私があなたたちに服従する限り……サボは生かされる……そういう約束よね?」


 私がそう問いただすと……男はしばらく黙った後、ダルそうに息をついた。


「約束?……なんのことだ?」


「何を言っているの!? 約束したでしょ!? 私があなた達に従えば、弟の命は保証するって!!」


「ハハハ!!!」


 突然大声を出して笑いだす男に私は一瞬言葉を失った。

どうしてこの男は笑っているの?

そして男は……お腹を抱えたまま私の問いかけにこう返した。


「おめでたい女だなぁ……お前は。 あんな適当な口約束、マジで信じてたのか?」


「……は?」


「あんな汚ねぇだけでなんの価値もないガキを本気で俺達が保護してやってるって……ずっと心の底から信じてたのか? ハハハ!! 腹いてぇ!!」


「そっそんな……」


「ガキなんぞお前をここにぶち込んだ後すぐ、外にいる化け物共にくれてやったよ。

いやぁ……お前にも聞かせてやりたかったぜ……あのガキの悲鳴をよぉ……。

だけどお姉ちゃんお姉ちゃんって……馬鹿の1つ覚えに喚きちらしただけであっけなく逝きやがった……。

見世物としては興ざめだったぜ」


「……」


 人の死を滑稽と笑う男の姿を目の当たりにしたことで……私はようやく事実を受け入れた。

この男は……最初から守る気なんてなかった……。

サボは……とっくの昔に……死んでしまった……いや、殺されたんだ、こいつらに……。

今まであの子のために耐え忍んできた日々……その何かもが……何の意味もない無駄なことだった……。

こいつらはそれを知っていて……私をずっと嘲笑っていたんだ……。


「サボ……」


 サボが死んだ……。

私が生き続けていた最後の希望が……消えた。

もうあの陽だまりのような笑顔は……見ることができない。

心地よいあの声はもう……聞くことができない。


「……」


 絶望のどん底に心が沈んでいく中……私の胸の中でドロドロとした熱い何かがこみあげてくる。

怒り……なんてものじゃない。

これはきっと……殺意というものなんだろう……。

生まれて初めて……私は人に殺意を抱いている。

呼吸が荒くなる……無意識に体に力が入る……。


 ”こいつら全員……殺したい!!”

 

 その思いが私の全てを支配していく……。

もう全てがどうでもいい……。

生きていくことすらどうでもいい……。

今はただただ……サボの命を奪ったこいつらに……死を与えたい!!


「わぁぁぁぁ!!」


「なっ何しやがるこのアマ!!」


 私は思い留まることなく……男に飛び掛かった……。

ただただこいつを殺してやりたい……。

その殺意に従って……男の首に手を掛けようとした。


「うぐっ!!」


 でもあっけなく……私は男に腕を掴まれ、牢屋の壁にたたきつけられてしまった。

性別的な力の差もあるし……監禁し続けられて体力が落ちている私が叶う訳がない。

そんなこと……わかっていたはずなのに……。


「このクソアマ……奴隷の分際でこのザクロ様に逆らいやがって!!」


 倒れた私の背を……男は無慈悲に何度も踏みつけてきた……。

涙で視界が歪む……。

踏みつけられた痛みからじゃない……。

約束を反故にし、サボを虫けらのように殺した男を目の前にして何もできない自分の無力さが……腹立たしい……。

仇を打つどころか一矢報いることもできない……。


「……」


「なんだ? その目は……」


 私は恨みつらみを込めて上から見下す男の目を睨みつけた。

それが着に喰わなかったらしい男は懐から銃を取り出し、私に銃口を向けてきた。


「命までは取らねぇとでも思ったか? テメェの代わりの女なんていくらでもいるんだぜ?」


「外道……」


「ハハハ!! 信じるテメェが悪いんだよ!」


 ここで媚びを売って命乞いでもすれば……この場はどうにか収まるかもしれない。

でも私にはそんな生き恥を晒してまで生き続ける気は毛頭ない!


「殺してやる……」


 それは初めて人に向けた殺意……。

初めてこの世に不平を感じた瞬間……。

罪もない幼い命を奪ったこんな男が……のうのうと生き続けて女の子を傷つけている。

こんなことが……許されていいの?

そして……。


 バンッ!!


 私が最期に残した言葉……。

1発の銃声と共に……私の意識は闇に落ちた。

私は……殺されたんだ……。

ごめんね……サボ……。

あなたを守ってあげられなくて……。

お父さん……お母さん……ごめんなさい。

私……サボを守れなかった……。


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 ザァー……。


 うっすらと意識が戻っていく……。

耳に響く雨の音……肌に感じる土の感触……。

自分がどこかで倒れているんだということはこの時点で認識できた。

ここがあの世なのかと思っていたら……ぼんやりとした視界の中で、いくつもの人影が見えた。

少しずつ視界が回復していくと……それはあの化け物達だった……。

食べられるのかと思ったけど……彼らはどういう訳か……蜘蛛の子を散らすように逃げていく……。

それも気になるが……何よりも不思議なのが……体中が燃えるように熱いということ……。

だけど風邪を引いた際の熱とは違って、少し心地よく感じる。

それに……意識も徐々に戻ってきているし、どうにか起き上がることもできた。


「(まさか……助かった……の?)」


 あの男に撃たれた記憶は確かに残っている……。

死んだ記憶……かどうかはわからないけれど……でも私はこうして生きている。

後ろには壁に囲まれたあの刑務所がそびえ立っているから、少なくともあの世ではないみたい。


「(何が起こって……!!)


 ふと足元に溜まっている水たまりに映った自分の顔が目に入った。

だがそれは……見慣れた自分の顔とは全く違う化け物としか表現の仕様がないおぞましい顔だった。

ようやくはっきりとした視界で自分の体を確認するも……体も到底人間とは思えないゴツゴツした赤い肌に覆われている。

完全に人間としての外見を失ってしまっている。


「(もしかして……私……化け物になっちゃったの?)」


 現状……そうとしか思えない。

ほかの化け物とは違って、人を喰いたい衝動はないけれど……それでも人間ではないことには違いない。

言葉もろれつがまわらないのか、少し聞き取りにくくなっている。


「(どうして……こんなことに……)」

 

 なぜ自分が化け物と化したのかはわからない……。

でも思ったよりもこの変わり果てた自分の姿を冷静に受け止めることができた。

なぜなら……私の心は今もなお、男への報復に向けているからだ……。

自分自身の変貌ぶりなんてどうだっていい……。

この身が化け物に堕ちたとしても、生きていると言うのなら……。


「(あいつらを……殺してやる)」


 今の私に残ったもの……それは復讐……。

サボを殺したあのクズを仲間もろともこの手で葬り去る……。

それだけが私がここに存在するたった1つの理由だ。


「(サボ……)」


 私は……復讐を果たすべく、再び刑務所へ足を向けた。

自分の身に何が起きてしまったのか……今はそんなこと、どうでもいい。

私の願いはただ1つ……。

あのクズ共を蹂躙し……サボの仇を取る。

それしか今の私には考えられない……。

それさえ果たせれば……あとはどうなったっていい……。


【次はザクロ視点です。by panpan 】

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マイティア2 妻が妊娠中なのを理由にクズ男は連続レイプ犯に堕ち、逮捕の原因となった被害女とその弟に逆恨みし、2人を殺害。 だが女がゾンビとなって報復に出る。 panpan @027

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