第5話 護衛の終わり

 宙賊が差し向けた襲撃部隊の殆どが撃墜され全滅。

 生き残りは一機として存在せず、第三者から見ても誤魔化しようがない多大な被害をアシュラと護衛部隊は宙賊に与えたのだ。

 そして一回目の襲撃以降は戦力の損耗を抑制する為か、宙賊から襲撃を仕掛けて来る事は無くかった。

 こうして、大量の希少物資を積んだ輸送船はアシュラと護衛部隊の活躍によって宙賊から襲われる事無く航海を続けた、──とはならなかった。


「これが考え無しの馬鹿の仕業だと断定出来れば話は簡単だが……」


「襲撃回数は三回、敵の陣容も大きく変わらないとなれば裏があると考えた方がいいだろう」


 三度目の襲撃を退けたアシュラは<レンクス>のコックピットでナラクと宙賊の動向に関して相談をしていた。

 参考にしているのは三回に及ぶ宙賊との戦闘で得られた敵の機体構成と陣形、航海時における宙賊の襲撃ポイントである。


「……やはり航海短縮の為に小惑星帯近傍を通過する際に仕掛けられているか。中に隠れ家でもあるか?」


「宙賊の出現ポイントから推察するのであれば可能性は高い」


「それに宙賊が如何に愚かでも全滅を三度も繰り返せば学習する筈だ」


「襲撃部隊の全滅が三度目ともなれば実働部隊は大きく目減りしている筈だ。これが並の組織だったら看板を下ろして夜逃げする被害だが、……奴らの知性を高く見積もり過ぎたか弊害かもしれん?」


「つまり、現在相手にしている宙賊が俺達の想定以上に馬鹿の可能性があるのか」


「それ程までに切羽詰まっているのか、或いは大きな犠牲が出ようとも成功すれば元を取り戻せる程の何かが儂らが護衛する輸送船にある。そう考えれば割に合わない襲撃にも辻褄は合う」


「依頼主を疑いたくはないのだが御禁制の品々か、或いは非常に高価な美術品とかが貨物の中に紛れ込んでいるか?」


「開示されている輸送品目の中に怪しいものはない。大量の希少資源を積んでいること以外は普通だ」


 長年宙賊と相対し続けて来たアシュラとナラクであっても今回の襲撃の裏に何が潜んでいるのか皆目見当が付かない。

 根拠のない予測なら幾らでも思い付くが、情報が不足している現状では妄想の域を出る事は無く言葉遊びにしかならない。

 そこまで考えたアシュラは一旦思考を中断して、無重力に身体を委ねた。


「現状は情報が揃うまでは考えない様にしよう。一先ずは今後も予想される襲撃に合わせた機体の調整だ」


「整備士の協力で鹵獲した宙賊の機体から使える武装を取り付けさせている。機体性能の劇的な向上は無いが、手数は増えたぞ」


「そうだな。大量の宙賊を想定すれば武器は幾らあってもいい」


 機体各所にある基本的なハードポイントは元より、増設したハードポイントにも宙賊から鹵獲した武器を搭載。

 機体装甲は維持したままスラスターの増加とメインブースターの大型化による出力強化で重武装化に伴う重量増加に対応。

 そして大きな変更点が大破した<シルフィード>で無事であった頭部を<レンクス>に移植する事で各種センサーの強化。

 もはや最初に見た汎用機であり予備機であった<レンクス>の姿は何処にもない。

 今後も起きるだろう襲撃を考慮に入れて、即席ではあるがアシュラとナラクによって<レンクス>は生まれ変わったのだ。


「だが、操作性の悪化はどうしようもないな」


「重武装化による機体重心の変化と加速性能の低下は許容範囲内に収まっている。それとも以前の仕様が良かったか?」


「分かっている。だから機体情報の更新を終わらせて直ぐにシミュレーションを開始するぞ」


 度重なる襲撃を退けた結果、その姿を大きく変える事になったアシュラの<レンクス>であるが良い事ばかりではない。

 元々の機体設計が旧いので機体フレームに掛けられる負荷には上限があり、それを超えれば機体が分解してしまう欠点が存在。

 現状では上限ギリギリの機体出力強化によって重武装化による加速性能の悪化を誤魔化しているが、機体重量増加に伴う重心位置の変化は無視出来る要素ではない。

 その為、アシュラには本番で詰まらないミスを犯して死なない様に機体慣熟の為のシミュレーションが必要だった。

 そして、今回もシミュレーターに読み込ませる機体データの更新が終わり次第訓練に向かおうとアシュラは考えていた。


「アシュラ、連絡が二件ある」


「誰からだ?」


「護衛部隊副隊長と依頼主からだ」


 だが、機体データの更新が終わる前にアシュラの元に二通のメールが届く。

 差出人は護衛依頼中に顔を合わせる事が多くなった二人の女性からである。


「一件目は護衛部隊副隊長、内容は言わないでも分かるな」


 最初の襲撃を退けてもなおアシュラの事を認めなかった護衛部隊副隊長。

 だが、護衛期間中だけとは言え何時までも敵視されるのは避けたいアシュラは、実力を理解させるためにシミュレーターを用いた1対1の戦闘を提案したのだ。

 そして、彼女は提案を受けて機体からシミュレーションルームへ直行、アシュラが来るのを仁王立ちで待ち構えていた。


「……まさか、これ程シミュレーションを申し込まれるとは思わなかったぞ」


 そして、アシュラによって完膚なきまでに叩きのめされた。


「それだけお前の腕を認めているのだろう。他の護衛部隊との関係構築にも役立つから今回も付き合うのだろう」


「ああ、機体慣熟の相手として丁度いいからな」


 これで険悪だった関係が幾らかマシになると考えたアシュラだがシミュレーションでコテンパンにされた副隊長は彼我の実力差を理解しても挑戦を諦めなかった。

 一回で駄目なら二回、二回でダメなら三回とアシュラに何度も再戦を申し込んだ。

 現状では全てアシュラが勝ち越しているが、彼女の動きも一戦毎に洗練されており<レンクス>を用いた戦闘で追い付かれる日は近くもないが遠くもないだろう。

 そして、アシュラも彼女の戦闘に付き合う形で護衛部隊との親交も深められているので損な話だけではなかった。


 ……因みに、護衛部隊隊長からは彼女の相手をしてくれたことへの惜しみない感謝をアシュラは密かに貰っていたりする。


「二件目は依頼主。目的のコロニー近くまで来たから鹵獲した宙賊の機体の扱いについて相談したいという事だ」


「宙賊の機体か。品質はまちまちだが、あれだけ鹵獲すれば一財産にもなるか」


 狙撃と近接武器によるコックピットの破壊はアシュラが磨いた技術の一つであり、機体を爆散させずに装備を鹵獲する方法の一つである。

 そして、何時来るか分からない襲撃に備えてアシュラは戦場で多くの機体を無力化した結果、格納庫の一角にはコックピットだけを破壊された宙賊のHWが山の様に積み重なる事になった。

 本来であれば宙賊の機体に大した価値はないが、それは激しい戦闘で損傷を受けてスクラップの手前になった場合の話であり、アシュラ独自の方法によって鹵獲したHWであれば話は変わる。

 コックピット以外に損傷が無い機体は中古であってもそれなりの買取価格があり、それが山の様に積み重なってしまえば依頼主としても無視できる金額を超えてしまったのだ。

 だが、アシュラの現在の立場は雇われの身であり、機体も借りている状態である。

 この場合の利益分配率はどうするのか、依頼主としてはコロニーが間近に迫った今を置いて話し合う機会がないのだろう。


「治療費として全額譲渡するには額が大きい。俺としても寂しい懐を考えれば4割は確保したいのが正直なところだな」


「交渉の際は4割を念頭に入れよう。ある程度の纏まった金銭があれば此方としても安心出来る。一先ずは依頼主との交渉を最優先にして、次に副隊長とする予定で問題はないか?」


「それで頼む」


 契約期間の終わりが近付いている事を感じながらアシュラは<レンクス>のコックピットから出ると整備士へ機体調整を頼み、格納庫から社長室へ移動。

 そして部屋の手前にあるコールボタンを押そうとした直後に部屋の扉が開く。

 部屋の中を見れば満面の笑みを浮かべる依頼主であり社長でもあるウェンディ・ヴァルダロスがソファーに座ってアシュラを待っていた。


「お帰り、アシュラ。今回の襲撃も大活躍だったね」


「数だけが取り柄の宙賊、それも三流の実働部隊を相手にしているだけですよ。護衛部隊が万全であれば俺がいなくとも大きな問題は起こらないでしょう」


「それでも感謝を言わせてくれ。三度にも及ぶ襲撃において、君は我々の最強の矛となって敵を打ち払ってくれた。本当にありがとう」


 護衛依頼の範疇であると告げようとしたアシュラであったが、言葉を飾らない依頼主である彼女からの素直な感謝の言葉は素直に受け取った。

 だが同時に<ストレイツ>という種族が宇宙全体の共通と認識として気難しく、貴族階級であれば難解な言葉と言い回しを好むとアシュラは知っている。

 だからこそ、アシュラの目の前にいる<ストレイツ>は貴族階級の気配を漂わせながら、難解な言葉は多用せず、アシュラにも理解出来るように感謝を述べた事と素直な態度に驚きを隠せなかった。


「素直な<ストレイツ>は珍しいかな?」


「知識と実際の光景の差異に慣れないだけだ」


「だろうね。此処まで旅をする<ストレイツ>は滅多にいないよ」


 アシュラの意表を突かれた顔を眺めながら、ウェンディ・ヴァルダロスは朗らかな声と表情を崩さずに会話を続けた。

 そして、彼女が感謝を伝え終わると二人の話は鹵獲した宙賊の機体の配分について自然に移り変わった。


「こちらとしては治療費と大破した機体の輸送、コロニーへの移動と予備機の改造費用を考慮して買取価格の4割を要求したい」


「4割でいいのかい? こちらは3割も得られれば黒字になるけど?」


「……流石に7割は貰い過ぎる。特殊な現状を考慮に入れるのは金銭的な問題を後々になって発生させない為だ。其処は貴方にも理解を求めたい」


「なら会社として5割を貰う。それから未然に問題を防ぐ為に正式な証文を社長である私の名前で残そう。それで君もいいかい?」


「分かった。それでいい」


 困難な交渉になると思われた鹵獲HWに関する分配はアシュラ達の予想に反してあっけなく終わった。

 そうなると、社長であり依頼主である彼女とこれ以上話す事はないアシュラは早々に立ち去ろうとした。

 だが、アシュラがソファーから立ち上がろうとする直前にウェンディ・ヴァルダロスが口を開く。


「それで<宙賊狩り>の君はこの後、護衛依頼を終えた後の予定はあるのかな?」


「……護衛依頼を完了した後は愛機のHWをメーカーに出す予定です。オーバーホールをするのか、メーカーから新機体の購入を迫られるかは分かりませんが、暫く傭兵稼業は休みます」


「休業を終えた後は傭兵活動を再開するつもりなのかい?」


「……未定です」


 時間は掛かったが、アシュラは現宙域における因縁のあった主要な宙賊の殆どを狩り尽くした。

 残党や生き残りも何処かに隠れているだろうが、アシュラの内心では既に一区切りついているのだ。

 だが、今日に到るまで宙賊を狩る事のみをアシュラは目的として生きてきた。

 そして、先日の戦いにおいて目的を凡そ達成した今のアシュラは燃え尽き症候群の最中に捕らわれかけていた。

 そんなアシュラの内心を知る由もない依頼主であるが、その眼はアシュラとは正反対に輝いていた。


「ならどうだろう、君が良ければ私達と共に宇宙を旅しないか!」


 そして、ウェンディ・ヴァルダロスの提案はアシュラにとって予想していなかったものであった。


「旅ですか?」


「ああ、私は仕事柄宇宙の彼方此方に移動する。仕事柄、宙賊の遭遇もかなりの頻度で遭遇する事になるから君ほどの戦力がいてくれれば私としては心強い。それに君は自分を過小評価しているようだがそれは違う。君がいたからこそ、我々は宙賊に貨物を奪われずに此処まで来た。勿論、長期契約は結んで報酬にも色を付けるがどうだろう?」


「……少し考えさせてください」


「ああ、勿論だとも。此方としても急いで答えなくてもいい。暫くコロニーに留まる予定でいるから、その間にでも返事をくれないか?」


「……はい」


 予想外の提案に思考が纏まらないアシュラはどうやって会話を終えて、社長室から出たのか覚えていない。

 何時の間にか宇宙を見渡せる展望室の椅子に座り、当てもなく幾つもの星が輝く暗闇を眺めていたのだ。


「彼女の提案はアリだと儂は考える」


 傍にいたナラクは珍しい事に依頼主である彼女の提案を支持するつもりらしい。

 アシュラも冷静になって考えてみればウェンディ・ヴァルダロスの提案は悪いものではない事には直ぐに気が付いた。


「そうかもしれないけど、今は機体の修理が最優先だ」


「……それもそうだな」


 だがアシュラは明確な返事をせずに、強引に話題を切り替えた。

 それを理解しながらもナラクはアシュラに問い詰める様なことはせずに、相槌を打つだけに留めた。

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