第4話 腕の証明
「少しばかり出遅れたか?」
「戦闘は始まったばかりだ。遅参した訳ではない」
アシュラが輸送船から出撃した時には既に戦闘が始まっていた。
借りる事になった機体<レンクス>の各種パラメータ設定にアシュラが時間を取られ、その間に出撃した護衛部隊が先陣を切ったのだ。
「敵の数が多いな」
「護衛部隊は4機に対して敵は13機。数は3倍以上であり数的不利は確かだ」
だが、倍以上の敵を相手にしながら護衛部隊から脱落した機体はゼロだ。
これは宙賊の連携がお粗末な事も理由だが、偏に護衛部隊の連携が優れているからだ。
常に味方の援護が届く距離で立ち回り、突出しないで連携で攻撃を行う。
言葉にすれば単純だが、実現するのは困難な行動を護衛部隊は実現して数的不利を物ともせずに戦い続けている。
その点を見れば護衛部隊のパイロットは確かに優秀であり、見ず知らずのアシュラが部隊に参加するのに眉をしかめるのも理解出来る。
だが、護衛部隊の奮闘があっても現状は決定打に掛け、戦況は膠着している。
これでは優れた連携が有ろうと何れ数の前に護衛部隊は押しつぶされるだろう。
「敵機体の識別情報を照合。奴らは我々との戦闘から運良く逃げ出せた宙賊の残党だ。間違いはない」
「そうか、仕留め損ねたか……」
アシュラは操縦する<レンクス>の操縦桿を強く握る。
宙賊という存在に抱く消える事が無い憎悪と殺意が胸の内から沸き上がり、思考から余計な物が削ぎ落される。
脳内の思考回路が戦闘に適した状態に切り替わり、アシュラの目から光が消え失せ──。
「アシュラ、逸るな。今は護衛依頼中であり、借り物の機体である事を忘れるな」
「……分かっている」
思考を飲み込もうとする黒い感情を理性で胸の奥底にしまい込み、アシュラは改めて戦場を俯瞰する。
護衛依頼を考えれば部隊に合流して現状の拮抗状態を崩すべきなのだろう。
だが襲撃者である宙賊の残党は纏まった数のHWを差し向けて来た事から、今回の襲撃を重要視しているのは間違いない。
だが、あれほど連携が取れている護衛部隊にアシュラという異物が突然加わった事で連携が崩れる可能性を考えれば安易な合流は憚れる。
「宙賊は一人残らず殺す、と言いたいかが今は雇われだ。輸送船の護衛を最優先にして追い払う」
「それでいい。幸いにも奴らは我々に気付いていない。この好機は生かすべきだ」
「俺と護衛部隊では連携がとれないのは分かりきっている。奇襲で最低二機は削って、その後は敵の中心で派手に暴れる。そうすれば奴らも混乱して隙を晒すだろう」
仮に護衛部隊に加わり宙賊を追い払ったとしても一時的に撤収するだけで、再び襲撃を繰り返す可能性は非常に高い。
ならば、再襲撃の意図を完全に砕く為に敵には“こいつ等は割に合わない獲物”だと強く印象付ける必要がある。
その為に、アシュラの操作する<レンクス>は敵機体に捕捉されない様に戦場を大きく迂回する軌道を取り、宙賊から自身の存在を隠す。
そして、一撃離脱を念頭に置いた奇襲を仕掛けようと敵の真上に移動した。
「機体と兵装の出力制限を一時的に解除。敵のシールドの貫通も可能だ。だが、借り物の機体である事は忘れるな」
「了解。さて、派手に暴れようか」
機体の出力制限が一時的に解除された<レンクス>を操作して、アシュラは膠着状態になった戦場に突入する。
そして、未だにアシュラに気が付かずに隙を晒す宙賊に照準を合わせるとビームライフルを構え、放つ。
出力制限が取り払われたライフルから放たれた光線は敵HWが展開するシールドに衝突して光を散らす。
だが、ビームとシールドが拮抗したのは一瞬だけ。
極短時間でシールドを貫いたビームが敵HWを真上から貫通した。
『は、へ──』
「先ずは一機」
コックピットは着弾したビームによってパイロットは即座に蒸発したのだろう。
動力部を避けて放った甲斐もあり、敵HWは死後硬直の様に僅かに震えた後には宇宙を漂うだけのガラクタとなった。
そして、アシュラの狙い通りに宙賊側は突然動きを止めた味方の異常に理解が追い付かず、あらゆるチャンネルを使って呼び掛けていた。
だが、敵HWのパイロットが既に死んでいると理解するまでに掛かった時間が、宙賊に更なる不幸を呼び寄せる事になった。
「二機目」
続けて放たれた二撃目の標的となったのは、宙賊の陣形でも後方にいた宙賊。
一機目と同様に一瞬の拮抗の後に敵HWはビームに貫かれ、今度は爆発を起こした。
狙い通り動力部を貫いた事によって生じた爆発は他の宙賊の目を引くには十分であり、三流であっても指揮官を失った宙賊の連携は目に見えて悪化していった。
「ライフルの銃身が焼け付き掛けている。撃てるのは後二回しかないぞ」
「ならライフルは控えておこう。それに、あれ程無様に取り乱している敵であれば近接武器で十分だ」
アシュラは限界の近いライフルを背部に担架すると同時に、腰部からHW用の実体剣を引き抜く。
そして実体剣にエネルギー供給を開始すると同時に、さらに加速して混乱している一機のHWに突撃を行った。
『げふっ!? 一体何処の──』
「死ね」
予備機である<レンクス>に装備されたHW用の実体剣は本来であればシールドによって阻まれて届かない筈であった。
だが、予備機の実体剣の柄に内蔵されたシールド中和装置は高性能であり、肉厚な刀身は霞でも切る様に敵HWのシールドを切り裂いた。
そして、機体から供給されるエネルギーによって赤熱化した刀身をアシュラは敵HWのコックピットに正確に差し込んだ。
「三機目」
『テメェ! よくもザックを──』
先程のHWに乗っていたパイロットとの間に何かしらの友好があったのか、コックピットの通信機を介して男の野太い声が聞こえて来た。
そして、敵HWから一機が突出すると同時に、急加速を行ってアシュラに無謀な突撃を試みた。
「敵討ちか」
迅速に無力化された敵HWを蹴飛ばして次の獲物へ飛び掛かろうとしたアシュラは急速に接近するHWに狙いを定め、同時に碌な照準を付けずに放たれた敵の攻撃を回避した。
『死ね、クソ野郎!!』
射撃が無駄であると判断して敵HWは射撃武器を投げ捨て、背部に担架していた戦斧を握り締めた。
そして、戦斧の間合いに捕らえた<レンクス>を両断しようと大きく振りかぶる敵の姿からは仇討ちの気配が濃密に漂っていた
「四機目」
だが、宙賊の言葉など心底どうでもいいアシュラは戦斧を振りかぶった敵HWの腕を迅速に切り飛ばし、返す刀でコックピットを切り裂いた。
『が、ガルドまでやれたぞ!』
『アイツはヤバい! 今すぐ囲んで潰せ!』
アシュラによって瞬く間に四機のHWが落とされた事に宙賊側は動揺を隠せなかった。
そして、たった一機の<レンクス>に恐怖した宙賊は現状で最も危険なアシュラを優先して撃墜しようと陣形を組み直し始めた。
だが、その隙を見逃す護衛部隊ではなかった。
『お前達の相手は私だ!!』
防御から攻撃に転じた護衛部隊は強く、持ち前の連携で危うげなく敵HWを次々と撃墜していく。
そして味方の数が半分を切った時になって漸く宙賊達は自分達が敗北する寸前である事に気が付いた。
だが、気が付いたとしても碌な対応が出来ないというのが宙賊という存在である
「これで形勢は変わったかようだな」
「護衛部隊が押している。後は観戦するだけに留めるか?」
「それもありだが……此処まで押し込まれても撤退も選べないのか。残党として警戒していたが底が知れるな」
「奇襲に対応出来る程の優秀なパイロットは払底したか略奪には不参加なのだろう。此処にいるのは残党でも雑事しか任せられない三流といった所か」
「そうかもしれないな。だが護衛部隊はいい連携をしている」
順調に撃墜される敵の様子からアシュラの加勢が無くとも、10分も経たない内に敵は全滅するだろう。
「戦いの流れは此方にある。どうする、母艦を捜し出すか?」
「……止めておこう。場所の検討が付いていない段階では無駄に燃料を消費するだけだ。それに機体性能もそうだが事前準備も不足している現状で仕掛けるのは避けたい」
確かにナラクが言うように母艦を見つけて落とす事は出来ないまでも、嫌がらせとして推進器の一つや二つは破壊して、追跡を断念させる事は可能だろう。
だが事前情報が不足している現状では敵母艦の正確な位置の予想も叶わず、己の勘のみで探すのは博打に近い。
襲撃してきた敵の一部を態と逃がして、母艦まで道案内させる手もあるがアシュラ側の火力が足りない。
ならば護衛部隊と協働しての作戦という手もあるが、顔合わせも連携の確認も済んでいない味方と協働して敵母艦を落とすのは別の意味で危険だ。
それに襲撃を仕掛けてきた宙賊の母艦が一隻である保証はなく、護衛部隊が離れた瞬間に別働隊が襲って来る可能性も捨てきれない。
「今は護衛依頼に集中する。戦力が回復したら此方から仕掛けるさ」
「それが現状では最善だな。なら、逃走を企てた敵を我々は落とすとしよう」
「了解」
数はだけが取り柄の陣形は乱れに乱れ、指揮官を失い烏合の衆と成り果てた宙賊。
其処に追い打ちを仕掛ける護衛部隊だがアシュラは加わらなかった。
その代わりに、倒したHWから装備を剥ぎ取った後は単騎で戦場を駆けまわり、ナラクの指示によって戦場から逃亡を企てる敵HWを温存していたビームライフルで撃ち抜く。
奇襲時と打って変わって平穏なものになった掃討戦は敵HWが全滅したという報告が輸送艦から届くまで続いた。
「周囲に敵影無し。進路を輸送艦に設定して以降はオートパイロットで帰還する」
「敵の追加も、味方の犠牲もゼロ。戦果としては上々。戦利品として鹵獲したHWは治療費の足しにして、帰還後に敵HWから情報をサルベージするぞ」
「既に整備員には伝えた。鹵獲機体の格納スペースも急いで準備してくれたようだ」
「それは助かるな」
戦闘が終わった事を確認したアシュラは緊張状態を解いて<レンクス>のコックピットで身体を伸ばす。
戦闘機動で負担を掛けたせいか、病み上がりの身体の節々が鈍い痛みを発していた。
だが過度な痛みを感じていない事から肉体には大きな問題はないだろうとアシュラは自身の状態を評価した。
「ん、これは味方からの通信?」
「ああ、戦闘中に何度も送られていたが、後回しにしていた」
身体を伸ばしている最中に、味方からの通信があった事を告げる履歴がモニターの片隅に積み上がっているのにアシュラは遅まきながら気が付いた。
そして、中身を確認してみれば護衛部隊の副隊長が履歴の全てを埋めていた。
「副隊長の彼女か。今回の戦闘では納得できなかったか」
「評価基準が我々とは異なるのだろう。護衛部隊に求められる役割と、宙賊狩りに求められる役割は違う。だが件の副隊長はそれを理解しきれていない」
「護衛部隊に加わらなかった理由を改めて説明しないとな」
アシュラが護衛部隊に加わらなかったのは部隊の連携を乱したくないのもあるが、根本的にアシュラ自身が連携よりも単独戦闘を得意としているからだ。
実際にアシュラは奇襲によってHW二機の撃破、近接戦闘によって更に二機、逃走防止で一機の計五機を単独で仕留めている。
借り物の機体で齎した戦果としては十分だとアシュラは考えていたが、護衛部隊副隊長を納得させる戦果には届かなかったようだ。
「これ以上の戦果を求めるのなら<レンクス>を使い潰さないと無理だ」
「借り物の機体を潰すな。後でどんな請求をされるか分からないぞ」
百戦錬磨のアシュラであっても借り物であり、護衛部隊として調整された<レンクス>では此処までが限界。
仮に、今回以上の戦果を求めるのであれば機体武装の構成を一から見直す必要があるのがアシュラの考えである。
故に、どうやって不満を抱いている副隊長を納得させるべきかアシュラは頭を悩ませた。
だが、アシュラの悩みを見抜いたナラクは比較的簡単な解決策を示した。
「なに、艦内にあるシミュレーションで相手にしてやればいい。実力示せば否応なしに理解するだろう」
「……それもそうか」
不満があるなら実力で叩き潰せばいい。
百の言葉を費やすよりも、シミュレーショを通じて殴り合えばいいだけだ。
そうする事でしか互いを理解出来ないのがHWパイロットという人種はであり、実力主義の世界なのだ。
そこまで考えた事でアシュラの気分は幾分か軽くなった。
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