第3話 予備機

 宙賊が関わるのであればアシュラに断るという選択肢は存在しない。

 だが現実にはアシュラの愛機であるHWは大破状態であり、依頼を受ける受けない以前の問題であった。


「君のHWの状態は此方も理解している。そこで君には格納庫に駐機している予備機を使って欲しい。レンタル料を求めるつもりは一切ないから安心してくれ」


「つまりHWはあったがパイロットが不足していたのか」


「その通り」


 だが、依頼主であるウェンディ・ヴァルダロス氏がアシュラの保有するHWの状態を知らない筈もなく、解決策は既に用意されていた。

 よって、依頼主であり社長である彼女によってHW問題が解決したアシュラは破損した愛機に代わる予備機を確認する為に輸送船の格納庫へ移動。

 その途中でアシュラは格納庫の隅で厳重に固定されている大破した愛機の姿を見つけた。


「改めてみると酷い損傷だな。これで戦闘は無理だ」


 アシュラの愛機である可変型HWは原型を留めない程に破壊されていた。

<シルフィード>の最大の特徴である戦闘機形態における主翼を担う部分は両翼とも根元から破断しており、推進器も酷く焼け付いている。

 変形機構が誤作動を起こしたのか、機体全体が歪な形で変形を起こしておりHW形態に成り損った姿をしていた。

 整備士によっては大破を通り越して、スクラップ認定を下してもおかしくない損傷具合である。


「そうだ。メーカーに修理を依頼すればオーバーホールは確実。それかHWの新規購入を進めて来るだろう」


「修理か購入か、どちらにしても痛い出費が重なるな」


「懐事情に関してはコロニー駐留艦隊からの謝礼を期待しよう」


 愛機の姿を目に収めたアシュラはナラクに連れられて予備機の確認へ向かった。

 だが、輸送機の貨物庫を転用した格納庫は予想以上に大きく、中に並べられていたHWも複数あって、どれが予備機であるのかアシュラには分からなかった。

 だが社長からの連絡が届いていたのか、アシュラの姿を見つけた一人の整備員の青年が端末を片手に持って近付いてきた。


「すみません、<宙賊狩り>のアシュラさんですか?」


「ああ、そうだ。依頼主である社長から予備機を借りる様に言われたのだが案内を頼めるか?」


「はい、分かりました。既に社長から連絡があったので予備機の準備は整っています。付いて来て下さい」


 人当たりの良い整備士の案内に従ってアシュラはナラクと共に格納庫を移動。

 そして、暫く進んだ先にあった一機のHWの前で整備員の脚は止まった。


「此方の機体が、アシュラさんが搭乗する機体になります」


「<レンクス>の後期量産型か。会社の規模を考えれば悪い選択肢ではない。それに整備が行き届いている」


「はい、これが私の仕事ですから」


 案内された先にあったHWは汎用機の代名詞とも言われる<レンクス>。

 偵察、警戒、戦闘、土木作業の全てを熟せて、価格も安いが謳い文句の低価格帯に属するHWである。

 機体価格が安いのは<レンクス>自体が根本的な設計を変更せず、小規模な改修を繰り返していた事で価格の高騰を抑えたお陰でもある。

 補修パーツも安価で購入可能であり、総合的に運用コストを低く抑えられるのが大きな利点となり多くの民間企業に採用される機体である。


「ですがアシュラさんのHWと比べたら性能は大きく劣ります。我々の方でも細かな調整を加えますが最新鋭機には遠く及びません」


「安価な汎用機に<シルフィード>と同等の性能を求めること自体が間違っている。それに、この機体も悪いものではない」


「そう言ってもらえると助かります」


 HWの価格と性能は必ずしも比例するものではないが、安価な<レンクス>と高価格帯に属する<シルフィード>では性能に大きさが生じるのは当然である。

 特に設計の陳腐化は否めない<レンクス>では近年発表されたHWには全く歯が立たないのは傭兵の間では周知の事実である。

 だが、アシュラがこれから相手にするのは正規軍でも傭兵でもない宙賊なのだ。

 であれば、<シルフィード>程の性能が無くとも、立ち回りによっては<レンクス>でも十分に戦える相手であるのはアシュラ自身が良く理解している。

 後は勝率を少しでも上げる為の細かな調整をパイロットが行うだけである。


「機体の細かなパラメータを調整したい。予備機のシミュレーション機能を動かす事は可能か?」


「問題ありません。なんなら、このまま出撃しても大丈夫ですよ!」


「それは頼もしいな。ナラク、機体調整を始めるぞ」


「機体への接続を確認、各種運動パラメータの調整を開始。細かな調整はシミュレーションを通して行うぞ」


「それで頼む」


<レンクス>のコックピットに入ったアシュラとナラクは機体に搭載されているシミュレーションを起動。

 幾つかのシミュレーションを通じて機体性能を理解しようと行動を開始した。


「シミュレーションパターンは#1132を使う」


「了解。搭載兵器に関する──」


「ああ、お前か!」


 だが、シミュレーションを開始しようとする直前でコックピットの外から聞きなれない声が響いた。

 アシュラが視線を向ければ、パイロットスーツを来た一人の女性が近寄って来る途中であり、その眼は何故か敵意を露にしていた。


「彼女は?」


「この船の護衛部隊副隊長を務めています」


「目の敵にされる理由について分かるか?」


「多分、見知らぬ人が護衛部隊に加わる事に難色を示しているのかと。彼女は<レンクス>乗りですから」


 傍にいた整備士に尋ねれば、近寄って来る彼女は護衛部隊副隊長を任せられる程に腕が優れた人物であるらしい。

 だが、整備士から細かな特徴を聞く前に件の副隊長はアシュラの傍に辿り着き、それどころか喧嘩腰にアシュラに話しかけた。


「アンタが、あの有名な『宙賊狩り』なの? 社長から話は聞いているけど信じられないわね。本当に腕は確かなの?」


「社長を通じて傭兵ギルドにおける俺の戦績は知っている筈だな。それでも不満だと?」


「そこら辺にいる宙賊は基本的に数頼みの力押ししか出来ない無能共よ。そんな奴らを幾ら狩っても自慢になる訳ないでしょう。それに格納庫の隅で固定されているHWの機体性能任せのパイロットじゃないの?」


「ああ、そういう事か」


 彼女の様に腕に覚えがあるパイロットは言葉で納得可能な人種ではない。

 ではどうやって納得させるのかと問われれば答えは一つ、実力を示して分からせる以外に方法は無いのだ。

 それが最も迅速かつ無駄のない説得方法である。

 ならば、今は利用してシミュレーションを通して相互理解に努めるべきだろうとアシュラは考えた。

 だが、直後に艦内に響き割ったアラートが事態の急変をアシュラ達に告げた。


『レーダーに感アリ。所属不明機が本艦に接近。識別信号並びに所属不明機からの通信から宙賊と判断。護衛部隊は出撃用意。繰り返す。護衛部隊は出撃用意』


「宙賊が来たな」


「ああ、輸送機のレーダーが此方を包囲しようとする宙賊を捕らえている。悠長にシミュレーションをしている時間は無いぞ」


「そうだな。ナラクは急いで運動パラメータの調整を開始してくれ」


「40秒で終わらせる」


「あ、ちょっと──」


「すまないが君の疑問に答える時間はない。だから、戦果で私の力を示そう。何よりパイロットである君には言葉よりも実物を見せた方が納得できるだろう」


 コックピットを閉じようとするアシュラに向って副隊長は何か言いたそうにしていた。

 だが、宙賊が迫っている現状で暢気に会話している余裕は無いと判断したアシュラは、副隊長の呼びかけを無視して一方的に言葉を告げた


「……その機体、無理な操作で壊さないでよ」


「ああ、なるだけ丁寧に扱おう」


 事態を理解している副隊長も余計な言葉は飲み込み、自分が任されている機体に急いで向って行った。

 そんな彼女を最後まで見届ける事無く、アシュラの方も機体の立ち上げ操作と並行してナラクによる最低限の運動パラメータの調整を開始して少しでも愛機の挙動に近づけようとした


「シミュレーションをしないで大丈夫ですか!?」


「ああ、実は同じ機体に乗った事がある」


「一応聞きますが……何回ですか」


「出撃は100から先は数えていない。その時の<レンクス>は使い潰した」


「それなら安心……、いや、機体を使い潰さないで下さいよ!?」


「善処はする」


 善処はするが確約は出来ないというのがアシュラの本音である。

 なにせ愛機である可変型HWとは機体性能も挙動も違い過ぎる上に、碌な調整を行える時間が無かったのだ。

 だが、可変型HWの戦術である形態切り替えによる戦術の変化は再現できないにしても、人型形態における経験は活かせるとアシュラは考えていた。

 無論、<レンクス>がアシュラの高速戦闘に耐えられるようある程度機動は制限するつもりだ。


「ナラク、サポートを頼む」


「任せろ。だが、整備士が言うように酷使はするな。借りものだからな」


「分かっている」


 人工知能用の接続端末に収まったナラクに返事をしながらアシュラは<レンクス>を戦闘モードで起動。

 整備士が退避したのを確認してから輸送機の発進口に移動して、簡易カタパルトに機体を固定した。


『前方宙域では既に先行した護衛部隊によって戦闘が始まっています。アシュラさんには援護をお願い致します』


「了解した。アシュラ、発進する」


 管制官の言葉と艦載レーダーから得られた情報を元にアシュラは脳内で作戦を立案。

 そして、発進準備が整ったと報告を受けると同時にカタパルト起動して輸送艦から飛び立った。

 アシュラは簡易カタパルトによる加速を身体で感じながらの<レンクス>を操作。

 暗闇の宇宙で始まった戦いに向けて推進器を全開にした。

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