第6話 一先ずの別れ
依頼主であるウェンディ・ヴァルダロスから共に宇宙を旅しないかと問われたアシュラは明確な答えを出せないまま時を過ごしていた。
だが無意味だと考えていた訳ではなく、長年望んでいた復讐に一区切りが付いたアシュラにとっては転機となりうる提案であり、環境と目的が激変する節目でもあるのだ。
また同時に、アシュラは自分でも説明が出来ない感情に支配されて足を踏み出せない状態に陥ってもいた。
だがアシュラが将来について頭を悩ませようが関係がないとばかりに宙賊は襲ってきた。
尤も、思考と感情の乖離が齎す苛立ちは悩まされていたアシュラは都合が良いとばかりに襲撃を仕掛けて来た宙賊にままならない苛立ちをぶつけた。
逃げる敵を追い回し、向かってくる敵は一息で撃墜し、命乞いを無視してコックピットに刃を突き立てた。
苛立ちを解消する為のサンドバックとしてアシュラは多くの宙賊を狩ったが、苛立ちは簡単に解消できるものではなかった。
そんな感じで悩みに悩んでいたアシュラを置き去りにして輸送船は目的地であるコロニーに到着してしまった。
『当艦は間もなく<バルカコロニー>に入港します。指定職員は入港にあたり──』
「漸くコロニーに付いたか……」
艦内の展望デッキに座るアシュラは、艦内放送を聞きながらコロニーをぼんやりと眺め続けていた。
<バルカコロニー>は居住惑星が存在しないα―34宙域において多数の人類が居住する大型コロニーである。
内部には人類の生存に不可欠な多数の設備が組み込まれるだけ留まらず、コロニー駐留艦隊も内部に待機させており下手な宙賊は手を出せない安全地帯である。
そして、宙賊の減少による治安向上と大量の資源採掘が軌道に乗った事による経済発展も合わさり<バルカコロニー>では好景気に沸いていた。
日夜多くの宇宙船が出入りして人と金と物が集まり、コロニーの拡張と新たなコロニーの建造が推進されている。
その波に乗ろうと依頼主も<バルカコロニー>も目指したのだとアシュラはぼんやりと考えた。
「これで護衛依頼も完了か。……短期間ながら密度の濃い時間を過ごしたな」
「そうだな。それでは儂は社長との契約金との相談に行く。護衛依頼ではあったが短期間に宙賊の襲撃を五回も退けるのは骨が折れた」
「機体の方が先に限界を迎えそうだったからな。冗談抜きで危なかった」
ナラクが言うように護衛依頼であったとしても短期間で五回の襲撃は流石に多すぎた。
全ての襲撃に参加して宙賊を退けたアシュラの肉体と精神にはまだ余裕はあったが、借り物の機体である<レンクス>は違う。
度重なる酷使に機体フレームが悲鳴を上げており、後一戦でもすれば機体に大きな問題が生じる可能性があったのだ。
だからこそ、機体の不調が表面化する前にコロニー防衛圏に入った時は護衛部隊と同じ様にアシュラも安心した。
「交渉は任せるが、彼女は恩人だ。常識を超えない範囲で頼む」
「安心しろ。そこまで毟り取るつもりはない」
忠告を聞いたナラクはふよふよと浮かびながら社長室に向って飛んで行った。
長年の付き合いである相棒を信用しているアシュラは四角い後ろ姿を見送った後は何かをするわけでもなく、暫くの間は近付くコロニーをぼんやり眺めていた。
「ああ、口座を確認しないと……」
暫くの間コロニーを呆然と眺めていただけのアシュラは、ふと自身の懐の寂しさを思い出すと携帯端末を取り出して自身の口座残高の確認を始めた。
そして携帯端末に表示された自身の口座の中身は空っぽ……、ではなく少額ではあるが纏まった金銭が振り込まれているのを確認した。
「猟犬としての報酬は100万ちょっと。前金だが交渉でどれ程報奨金を上げられるか」
100万クレジット、それはコロニーで生活をする一般人とって大金と呼べる程の額であり、一生贅沢に過ごせるとはいかないまでも向こう一年は仕事をせずに遊んで暮らせる金額である。
だが、HWを乗りこなす傭兵にとって100万クレジットははした金でしかなく、手持ち資金乏しさが傭兵活動の幅を狭める事を知るアシュラは口座の残高を見て落ち込んだ。
「コロニーに戻ったら<シルフィード>の修理をする必要があるが……、流石に100万では無理だな。金が足りない」
護衛依頼報酬と鹵獲したHW売却利益の入金が行われたという知らせはナラクから届いていない。
それでも付き合いの長いメーカーではあるので頼み込めば機体自体を運び込む事は出来るだろう。
だが本核的な修理やオーバーホールとなれば手持ちの資金では無理だろう。
それはつまり、入金が行われるまでアシュラの傭兵活動(HWを用いた仕事)が休業状態になる事を意味していた。
「暫く間はどうしようか……」
手持無沙汰になったアシュラは展望デッキのソファーに深く腰掛け、何時まで続くのか分からない休養中にするべき事を一先ず考えてみる。
手持ちの資金とこれから入金される報酬の総額、失った機体の代替を買うのかレンタルで済ませるのか、コロニー内での生活に関してなど考える事は沢山あるのだ。
「おい!」
だがアシュラの思考を遮る様に展望デッキに聞きなれた声が響き渡る。
念のために周りを見渡したアシュラであるが展望デッキには自分以外の人影はない。
となれば声が呼ぶのは自分しかおらず、アシュラは声の方を振り向いた。
「副隊長、何か用があるのか?」
「お前が<バルカコロニー>で降りるという話を聞いた。本当か?」
視線の先にいるのは見慣れた護衛部隊副隊長。
普段通り……ではなく、何処か沈んだような表情をした彼女は展望デッキの入口から中に入ると、ソファーに座るアシュラに尋ねた。
「ああ、俺はこのコロニーに拠点を置いて傭兵活動をしている。だから護衛依頼が完了すれば此処でお別れだ」
「……そうか」
アシュラの返事に副隊長である彼女は普段の血気盛んな表情ではなく、何処か悲しそうな表情をしていた。
その表情は普段の元気……、ではなく戦意に満ち溢れた顔を見慣れているアシュラにとって、どの様な反応を返せばいいのか判断に困る表情である。
落ち込んでいるのは一目で分かるが、理由が分からない。
理由が分からないから、どの様な励ましの言葉を掛ければいいのか分からないアシュラは彼女の口が開くのを辛抱強く待つしかなかった。
だが、それが正解だったのだろう。
悲しそうな表情を引き締めると副隊長はアシュラに対して頭を下げた。
「短い間だがお前には助けられ、多くの事を教わった。感謝している」
「それが俺の仕事だ。だが、感謝は受け取ろう」
長くはないが短い付き合いでもないのがアシュラと副隊長の関係である。
だが、普段の血気盛んな彼女の姿を見慣れているアシュラとしては、畏まって感謝を言われると何処か落ち着かない。
そんなアシュラの動揺を感じたのか、副隊長は今迄とは違う朗らかな笑みをアシュラに見せた。
「私も<ストレイツ>だからな。初見の相手には厳しい目を向けるのが本能だ」
「貴方も?」
「ああ、因みに邪魔にならないように角は小さく切ってある」
そう言って副隊長がアシュラの目の魔で髪を掻き分けると確かに小さな角生えていた。
その角は同じ<ストレイツ>である社長とは全く異なり、髪に埋もれる様に角を小さく整えられていた。
その理由をアシュラが尋ねれば、ヘルメットを被る際に邪魔にならないようにするためだと副隊長は教えてくれた。
「なんか……対応が様変わりしたな。てっきり嫌われているのかと思っていた」
「それについては申し訳ない。だが五回目の襲撃で見せたお前の働きを見て、私は考えを改めた」
今迄の彼女を見慣れているアシュラとしては違和感を覚えて仕方なかったが、理由を知ったアシュラは一先ず納得する事にした。
「あの戦いを見れば誰もが理解するだろう。お前は噂に違わない傭兵であり、エースパイロットであるのだと」
「エースパイロットか……」
彼女がアシュラをエースパイロットであると認める契機となった五回目の襲撃。
事実上、宙賊が襲撃を仕掛ける最後のタイミングであるコロニー防衛圏に入る一歩手前の地点で宙賊が襲撃を仕掛けて来たのだ。
それは総力戦の様相を呈した襲撃であり、輸送機に搭載されたレーダーが捉えた敵HWの数は合計32機という大部隊であった。
今迄の襲撃とは全く異なる圧倒的不利な戦況を前に、護衛部隊の誰もが顔を青くしていたのは仕方ないと言えるだろう。
──だが、護衛部隊とは正反対にアシュラの表情は普段と変わらず、淡々と出撃準備を進めていた。
その変わらない姿が理解出来なかった副隊長は、アシュラに何故平静を保っていられるのかと問い掛けた。
──あれが案山子でしかないと知っているからだ。
副隊長の問いにアシュラは簡潔に答えた。
成程、確かに宙賊は大部隊であり降伏勧告も積み荷の譲渡も提案しなかった事から宙賊が皆殺しを前提に攻撃を仕掛けてきた事は容易に理解出来る。
だが、これまでの襲撃で撃墜した宙賊のHWの数は膨大であり、幾ら宙賊と言っても短時間で戦力を回復させる事は困難である事。
布陣から漂うなりふり構わない必死さに目が奪われるが、個々の機体に注目すれば損傷の激しい機体も混ざっている点。
そして、鹵獲したHWから抜き出したデータをナラクが解析すれば敵が碌な補給を受けられずに、やせ細っている事は簡単に分かった。
これ程の情報が揃えば、コロニーを目前にして仕掛けて来た宙賊の懐事情などアシュラでなくとも簡単に推測出来る。
結局、レーダーが捉えたのは敵の虚像であり、本質は幾つもの案山子を内に抱えた死に掛けの敵でしかないのだ。
アシュラの説明を聞いた護衛部隊は半信半疑であったが渡されたデータを見れば、確かに筋は通っていた。
だが、護衛部隊はアシュラの予想を全て信じる事は出来なかった。
全てはアシュラの予想にしか過ぎず、外れている可能性も考えた護衛部隊は最悪の状況に備えて策──生還の可能性が極僅かしかない殿を足止めに使う──を用意しなければならないと考えていた。
──そんな悲壮な決意を固める護衛部隊を眺めながらアシュラは先陣を切った。
副隊長が気付いた時には外付けのロケットブースターを装備したアシュラの<レンクス>は宙賊の大部隊の真ん中で暴れ回っていた。
今迄負け続けた事によって溜まった鬱憤と復讐に燃えていた筈の宙賊は一方的にアシュラに撃墜され、化けの皮を剥がされていった。
ここまでくればアシュラの予想が正しかったのだと護衛部隊の全員が理解した。
そして遅れて参戦した護衛部隊も加わった事で宙賊の大部隊は壊滅。
輸送船は被害を受ける事無く無事にコロニーの統治領域に入る事が出来たのだ。
「五回目の襲撃か。確かにあれは宙賊の生態を知らないと騙されるからな」
「流石<宙賊狩り>、奴らの考えは看破しているのか」
「集めた情報と経験から導き出したに過ぎない。これ位であれば時間を掛ければ誰でも習得できる技能だ」
「だとしても私はお前を尊敬する。<宙賊狩り>がいたからこそ我々は無事にコロニーに辿り着けたのだ」
態度が一変した副隊長であるが、本来は此方の方が素なのだろう。
最初は違和感を抱いていたアシュラだが、その態度の裏に含むものが無いと分かれば警戒を解くのは早かった。
「私達も社長の仕事が終わるまでコロニーに留まる。だから<宙賊狩り>、お前には船にいた時と同じ様にシミュレーターで勝負を申し込む!」
──そして、素直になっても副隊長の行動が変わる訳では無かった。
「……まだやるのか?」
「ああ、そうだ! 今は無理だが、何れ私はお前に勝つ!」
船にいる間だけでも十を超える数の勝負を挑まれたアシュラだが敗北は一度もなく、反対に勝負を仕掛けてきた副隊長は様々な方法で倒され続けた。
だが、彼女は何度敗北しようが諦めず、時間を見つけては愚直にアシュラに挑み続けた。並のパイロットであれば心挫ける衝撃を受けようと何度も立ち上がり悔しさを糧にして己の技量を高めようとした。
その姿勢は、同じHWのパイロットとしてアシュラも嫌いにはなれず、今も諦めずに勝負を挑み続ける彼女の熱意を前にしてアシュラは降参だと両手を上げた。
「言っておくが俺も暇じゃない。時間が取れれば相手をするが船と同じ様に何時でも相手を出来る訳じゃない。それだけは覚えてくれ」
「分かった! だから、<宙賊狩り>も逃げるなよ!」
「二つ名ではなくアシュラと呼べ」
「アシュラだな、覚えたぞ。私の名前はユリア・アルティヒ。今日かユリアと呼べ!」
そう言って再戦の約束を取り付けたユリアは上機嫌なまま展望デッキから出て行った。
まず間違いなく彼女、ユリアはシミュレーターに乗り込んで、再戦に向けた自主訓練を行うのだろうと去って行く後ろ姿を眺めながらアシュラは考えた。
「……元気だな」
誰にも聞こえる事が無いアシュラの呟きは展望室の中に消えていった。
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