第4話 仲良し作戦
どんな形であれ、悩みが尽きないことに変わりはない。
気を晴らすために、俺は今日も朔太に付き合ってテニスをしている。
「甘いショットだなぁおい」
「っとと、別にそんなつもりねぇ、よっ!」
実のところ、ただ寝不足でバランス感覚が鈍っているだけだ。
義妹の本性にショックを受けた影響は思ったより大きかったらしい。
加えて両親の前での蛍火は、教室で見せる猫をかぶった優等生そのもので、それに合わせるのは慣れない上に思いのほか疲れる。
「今日はここまでにしようか」
何も考えず、ラケットをスイングできれば良かったのだが、結局は体が思い通りに動かなかった気がする。
対照的に察しの悪い朔太は、満足そうな顔でコートの網を片づけ始めた。テニス部でもない俺は、水道水を飲んでしばしベンチに腰をかける。
校庭に佇む紅葉の木の葉には、夏の余韻を抱く青と、秋の風情を抱く朱が、静かに共存している。ゆっくりと移ろう変化は、時間によってもたらされるだろう。
無理に気持ちを切り替えようとせず、時間に身を任せれば、この気は晴れるだろうか。
頭の靄は晴れぬまま、無意識に彼女が本性を露わにした瞬間が脳裏に浮かぶ。
「……まさか、あんな子だったなんてな」
蛍火の本性には、やはりインパクトがあった。
しかし、このままでいいのだろうか……とも思う。俺は現状に満足していないらしい。蛍火が俺を拒絶する以上、こちらは何もできないのだが。
「あの子って? なに独りで黄昏てるんだよ。ほれ、スポドリ」
後片付けを終えた朔太が戻ったタイミングで、恥ずかしいことに独り言を聞かれてしまったようだ。とはいえ、労わってくれたのかスポドリまで買ってきてくれた朔太を誤魔化すより、一回吐き出した方がいいかもしれないと思い口を開く。
「いやさ……一目惚れしたアイドルが、裏で陰口を言うような子だったんだよ」
「ほほー、楓貴もそういうの好きだったのか、意外だぜ」
義妹ができた件は話すことを禁じられているので、それっぽい似た話題で例えてみることにした。存外、誰かに対して言葉にしてみるのもスッキリする。
期待はしていなかったが、空気の読めない朔太はやはり不思議そうな顔を浮かべた……と思ったのも束の間――
「うーん俺バカだからわかんねぇけどよ。それは楓貴が間違ってねーか?」
「えっ……?」
「女の子は外見だけじゃないだろ。そういう部分も魅力なんだって受け入れて初めてファンなんじゃねぇの?」
真剣に考えてくれたのか、やけに情熱的な回答が返ってきた。
しかし、よくよく考えてみれば、朔太の意見も的を射ている。
俺は、蛍火のファンのようなものだったのかもしれない。
彼女の性格がどうあれ、ファンなら……いや、義兄なら、向き合うべきだ。
まるで遠慮がないが、確かに朔太の言う通りだと思えてきた。
「ありがとよ、朔太。俺も吹っ切れた気がする」
「いいってことよ。またテニス付き合ってくれよ?」
「ははっ、もちろん」
やはり朔太は、空気の読めないがいい奴だ。
憎み切れないこいつは、最高の親友だと思う。
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代わり映えのしない学校生活を終えて、いざ帰宅。
俺と違い蛍火は友人と寄り道していたのか、少し遅くに帰ってきた。
こうなれば家の中で、俺たちは自然と二人きりだ。
ここで一つ……俺達には避けられない問題が残っている。
俺はこの機会を彼女と接するきっかけにしようと考えた。
いざ、仲良し作戦開始だ。
「あの……朝比奈さん」
「話しかけないように、言いませんでしたか?」
目を合わせてくれないものの、まだ毒舌の一つもでないのを見るに、彼女も、俺がしようとしている話を薄々察しているはずだ。
その話とは……両親は深夜になるまで帰ってこないのだから、つまり――――
「夕飯をどうするべきか、話し合う必要があるだろ」
これは人間の死活問題だ。
両親は二人で話し合って決めるようにと言い、充分以上のお小遣いを残してくれたが、俺も蛍火もお互いに外食で無駄遣いするつもりはないだろう。
しかし、まるで俺の思考を先回りしたかのように、彼女は意外な行動に出た。
「……なぜ私が少し遅く帰宅したのか、わからないんですか?」
キッチンへと寄った彼女は、冷蔵庫の中からいくつか食材を取り出した。
それはつまり、蛍火が自ら夕飯を作るための準備を既にしていたことを意味する。
彼女の帰りが遅くなった理由を、てっきり友人の新海さんなどと寄り道していると邪推していただけに申し訳なく思い、何も言えなくなった。
「あなたは何も準備していませんよね? ああ大丈夫です、男に期待なんてしていませんから。ふふっ、何もできないのですから、自室でお暇を持て余しておくつろぎくださいな」
蛍火はいつもと変わらぬ上品な微笑みを浮かべたものの、その口から告げられた言葉は、俺に容赦がなかった。
しかし、ここで委縮してしまっては、もう二度と義妹と向き合うことはできなくなってしまうだろう。そんな気がして、心の内で勇気を振り絞る。
「待て……俺を嫌っているのはわかるけど、料理くらい手伝わせてくれよ。男だからって、俺にも多少経験くらいあるからぁぁぁ……っと、あっぶねぇ」
俺の意思が固いことを伝えるため、キッチンへと近づこうとした俺は突然、何かに足をすくわれて転びそうになった。
足元に視線を向けると、敷きたてのカーペットが思いのほか滑りやすいことに気づく。
「そんな、おっちょこちょいで隣にいられても、困りますけど?」
「……その通りだ」
わかっていたが、揚げ足を取られた。
実際にカーペットは滑りやすかったが、言い訳をするのは見苦しく見えるだろう。
蛍火は包丁を取り出し、その刃先をジッと見た後に、俺の方へと視線を移す。
暗に「危うく刺さっちゃうかも」とでも言いたげだ。
「わかった、今晩は朝比奈さんに任せる。けど毎日はキツいだろ? 当番制にしないか?」
「男の料理を食べるくらいなら、手間暇かけて美味しい料理を作りエンスタで自慢します。何もせず、私の料理が味わえるのですから、黙って感謝すべきでは?」
彼女はわざわざ施しを与えると言っている。それは俺にとって、確かにメリットしかない提案だ。
けれど将来を見添えた時、黙って受け入れるのは正しい選択だろうか。俺は……違うと考えた。
「悪いけど、断るよ。俺は自分が自立できないほどガキだとは思ってないんだ。それに朝比奈さんに負担をかけっぱなしになるのは、どうも落ち着かないんだよ」
「…………」
蛍火の意見そのものが100%善意であることに対して、俺も100%善意に聞こえる返答をしたつもりだ。義妹との関係をこのまま停滞させたくないという下心が含まれていても、その言葉は本心のつもりだった。
真摯に向き合えば、分かり合える望みは必ずあるはずだ。
「なんの心境の変化があったのかわかりませんが、今のあなたは正直とても面倒です。そんなに協力したいのでしたら、食後の皿洗いでもしてくださいな。指が荒れるので」
「ああ、任せてくれ!」
「……なに嬉しそうな顔してるの? マゾなの? 気持ち悪っ」
ついニヤケてしまった俺の表情に、彼女はすかさず嫌悪感を示した。
今は何と罵倒されようと構わない。頭の靄が晴れるように、妙な達成感があった。
相変わらず彼女は俺を嫌っているものの、仲良し作戦の第一歩は成功した気がした。
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