第2話 沸き上がる対抗心
再婚の話がまとまった次の週末に、結婚式は決行された。
俺にとって初めての結婚式は、意外なほど簡素で、思ったよりもあっという間に進んでいった。お互いに親戚関係が広くないのかもしれない。
それでも母さんが幸せそうだったから、俺は何も言わずにその光景を受け入れることにした。
ところで新しい義父は、若くしてIT系企業のCEO……要するに、立場上偉くて忙しい人だ。母さんも再婚したことを理由に専業主婦になるつもりはないらしく、それどころか調子が出てきてあっという間に出世が決まったらしい。
週末には、こちらの家で同居することに決まったものの、ワーカーホリックな二人の大人によって、平日の暮らしは子供二人にほぼ託された。
「……憂鬱だ」
机にうつ伏せになりながら、そう呟く他なかった。
きっと思春期中期の男女二人で一緒に暮らし始めることを、両親は面白がっているのだ。
けれども、子供の感情はそう簡単に割り切れるほど、成熟していない。
結局、俺の心情は顔合わせの日から一度も平常を保つことができなかった。
「おい楓貴、なんで朝練来なかったんだ」
横から、唐突な声がかかった。俺の悩んでいる様子に怯むことなく、無遠慮に感情をぶつけてきたのは、俺のよく知る男子。
とにかくテニスが好きなテニス男子で、よく朝練に俺を誘ってくる。
悪い奴ではないのだが、とにかく空気を読むのが下手な俺の友達だ。
教室では、単純バカとして受け入れられている。
「あのな、朔太。俺はテニス部じゃないんだ。それに、今は勘弁してくれ」
「んあ? なんかあったのかよ」
「ああ」
空気が読めないと言っても、言葉が通じないわけではない。
きちんと言葉で拒否すると、彼の態度は落ち着いた。
「母さんが再婚することになったんだ。それで、今は何かと騒がしくて、落ち着かないんだよ」
「なるほどな~」
曖昧に答えたものの、朔太はすぐに納得してくれた。
そうして、珍しく顎に手をあてて考え込む。
やがて何か良い案を思いついたのか、彼は満面の笑みを浮かべて、俺の肩に手を置いた。
「んじゃ放課後にでもテニスしようぜ! 気分転換も大事だろ?」
「……そうだ、な。オーケー乗った」
やはり空気を読むのが下手な朔太だが、思いっきりが良くて爽やかなのは、彼の美徳と言っていいのかもしれない。
少し気分が晴れた俺も、何も考えずスポーツに熱中するのがいいと考え直した。
そのつもりだったが――――
「葵衣さん、宿題終わっていないのですか?」
「そう言って~、蛍と和ちゃんが教えてくれるじゃない~」
聞き覚えのある声に、興味をそそられた。
こっそり目を向けた先には、教室では馴染み深い三人組の女子がいた。
その中でも、ひと際目立つ女子が、
彼女のすぐに横に、蛍火の姿もあった。
「はぁ、俺も早くかわいい彼女がほしいもんだぜ」
俺と違い、堂々と顔を向けた朔太がボソッと呟く。
気持ちはわからないでもないけど、俺は自分が一番「かわいい」と自負しているので、彼女たちに対しては恋情よりも先に、対抗心が沸き上がった。
「というか朔太。テニス部には、女子マネージャー何人かいるだろ。彼女達はどうなんだ?」
「…………楓貴、身の程って大切だと思うんだよ」
まるで諦めたような彼の様子を見るに、どうやらすでに玉砕しているのかもしれない。
諸事情は分からないが、俺は何となくこの話題に触れない方が良いと、そう直感した。
「でも朔太、それを言ったら、あの三人に相応しい男子なんて――」
「わかってるって。いいだろ、夢を語るくらい」
しかし、身の程と考えると……新海葵衣まわりの女子に相応しい同輩の男子は、一人しか思い浮かばなかった。
窓際の男子へと一瞥する。空いた窓から外を見つめる彼は、校則ギリギリの長髪を風になびかせていた。
彼の名は――
大企業の御曹司で人気も高く、何より空気が読める男子。成績も良く完璧超人であることから、やや敬遠されているところは唯一の欠点かもしれない。
面白半分、真面目半分に、周りからは『乙女ゲームの王子様』などと呼ばれている。
「それに、王子様には片想いのお相手がいるんだろ? なら、俺たちみたいな庶民にもチャンスはあるって」
「……その王子様の片想い相手が、あの三人じゃない保証はないけどな」
「なっ!? たしかに……」
まったくの予想外だったのか、朔太は俺の言葉に深くうなずいた。
そう……可能性はゼロではない。
俺がそう考えるのは、桜小路にはとある噂があるからだ。
曰く、彼の片思い相手は「昔、離れ離れになった幼馴染」らしく、誰なのか本人すら憶えていないのだとか。
まるでロマンス小説のような話だろう。
しかし、ふと気づいた……俺も同じ状況にいるんじゃないか? と、思考が自然とその結論に辿り着いた。
なにせ、クラスで二番目に可愛い美少女が義妹になったのだ。
俺の身の丈に合っているかと言われると、疑問点はある。
けど、こんなシチュエーションから始まるラブコメを数ヶ月前に読んだ気がする。
もちろん、俺は義妹を家族として迎えるわけで、邪な目では一切見ていない。
ただ、ちょっとロマンチックだと考えるのは許されるだろう。
いくら女装が趣味の俺だって、そもそも男子なのだから。
今も友人と談笑している蛍火へ、再び目を向ける。
すると――
「……っ!?」
蛍火と目が合った気がした。
一瞬で目を離したが、彼女はすぐにニコリとほほ笑んだ表情を浮かべた。
やはり可愛い……そう率直に感じた。
それと同時に俺の心の中では、沸々と燃え上がる別の感情があった。
――俺の方が、絶対かわいい。
「負けて、たまるか」
「楓貴、お前……放課後のテニスがそんなに楽しみか! 俺も容赦しないからなっ!」
「………………」
空気の読めない我が親友が、何か言っているが、俺は真剣だった。
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「…………チッ」
教室の片隅で、誰にも気づかれないほどの微かな音が、ほんの一瞬だけ響いた。
「おーい。蛍火? どこ見てるの?」
親友の葵衣が、私に不思議そうな顔を向けていた。
不自然にならないよう、すぐに屈託の無い表情を向け返す。
「ううん。気にしないで。他のみんなは宿題終わってるのかなぁって、気になっただけですから」
「そっか! あたしも急がないと、だね!?」
「安心してください。私が協力しますから」
葵衣は、ずぼらなわけではない。
こうして宿題が終わっていないのも、昨日の放課後に女子数人でバドミントンをしたせいで、彼女に疲労を与えてしまったからだ。
でも、ちょっと抜けているところも、葵衣の魅力の一つだと思う。
「そうだぞ。私の時間も有限なんだ。よそ見をしていた蛍火に、後は任せるからな?」
私のもう一人の親友である
彼女は世話焼きであるものの、面倒くさがりなところも同居している女子だった。
退屈を感じた和夏のこれは、通常運転なのだ。
「えぇ~、まって
「ふんっ」
「蛍ぅ~~っ」
「はいはい、私は見捨てませんから」
学園一可愛いと評判の葵衣が、縋るような顔で私を見てくる。
眩しいほどの可愛さに、私は喉奥をうならせた。
面倒を押し付けられたのに、なぜか……この状況に対して、私はすごく気分が良くなった。
その理由は……誰にも言えない、内緒。
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