第18話「狙われるレティ」

キシェンから船に乗り、次の経由地の港街ウワライまで七日という話でしたが、天候や潮の関係で二日程遅れて到着しました。さらにそこから上手く船を乗り継ぐことが出来たので、一〇日ほどで帝国西部最大の商業都市・ファ=シーンに辿り着きました。ここは帝国でも屈指の大都市なので今までの街とは比べ物にならないほど人や物に溢れています。


「アンさん、ここは帝都と同じくらい大きな街ですね。心なしか活気は帝都より上かもしれません」


わたくしは港から街を眺めてそう思いました。帝都は確かに帝国最大の都市です、しかしどこか重々しさがありました。しかしこのファ=シーンは人々の生気……生きる力が溢れているように感じます。


「そりゃあね。ここは商人たちが中心になって作り上げた街だからさ」


「ここならイェンキャストへ直行する船便もたくさん出ているから、また乗り継げる船を探そう」


マーシウさんとシオリさんが次の船を探している間、わたくしたち待合所で待っていました。


「そう言えばレティいつの間にか私たちの事"様"って付けなくなったよね」


ファナさんに言われた通り、わたくしはガヒネアさんのアドバイスを受けてから意識的に皆さんの呼び方を変えてみました。特に皆さんのわたくしへの接し方に変化は感じませんでしたが、わたくし自身の皆さんへの接し方はなんとなく力が抜けたように感じました。


「えっと、あの……その方が親しみが沸くと聞きましたので……駄目でしたか?」


「いやあ、あたしは様って柄じゃないから今の方が好きだよ?」


「だよねー、うんレティいい感じだよ」


「アンさん、ファナさん、ありがとうございます……」


そんな話をしていると、席を離れていたディロンさんが戻ってこられてアンさんに何か耳打ちをされています。笑顔だったアンさんの表情が急に険しくなりました……そしてディロンさんはマーシウさん達の所へ行かれました。何かあったのでしょうか?


「レティ、ファナ、今ディロンが言ってたんだけど……なんかこの船着き場でレティを探している奴らがいるらしい」


「わ、わたくしをですか?」


アンさんは声をひそめて辺りを警戒しながら仰いました。


「正確には"ネレスティ・ラルケイギア"という若い娘を探しているそうだよ。今ディロンがマーシウ達にも教えに行ったから、全員で一旦ここから離れるよ」



――わたくしたちは船着き場を離れ、この街の冒険者ギルド組合ユニオンの経営する酒場パブで全員が落ち合いました。アンさんの提案でわたくしは顔が分かりにくいようにファナさんのフード付きのマントをお借りして首にはマフラーを巻いて口元を隠しています。


「さて、どういう事だろうね?」


アンさんは腕組みをして難しい表情をされています。


「ここに来るまでにちょっと情報収集してみたんだけど、やはりレティの事みたいだわ。そして好意的な理由ではなさそうね……」


シオリさんは困惑した表情でそう告げられました。


「一体誰がわたくしを探しているのでしょう……」


わたくし達がそんな話をしていると、ディロンさんが重々しく口を開きました。


「レティ嬢の素性を聞いた時から懸念していたことが実際に起り始めたようだ」


「ディロン、それは?」


アンさんが問いかけますとディロンさんは言葉を続けます。


「レティ嬢が無作為転移ランダムテレポート刑のに処された理由は、皇帝の従兄であるギシュプロイ大公からの下賜品を贋作と見抜いてしまったが、下賜された大貴族のプライドと大公の名誉を護るという名目の為にレティ嬢の鑑定は誤りで不敬罪、という事にされたのだったな?」


「はい……そしてその辻褄を合わせる為に、それまでに行った鑑定も全て嘘であって貴族の方たちを騙した詐欺師である、とも言われました……」


わたくしは久しぶりにその事を思い出して悔しくて涙が溢れそうになりましたが、ガヒネアさんの言葉を思い出して涙を堪えます。ディロンさんはさらに言葉を続けます。


「レティ嬢、その大貴族とは誰なのだ?」


「……プリューベネト候爵です」


「マジか!? 帝国創設以前からの重臣で門閥貴族の家系、歴代大臣職を多数輩出している大貴族も大貴族じゃないか……」


マーシウさんは以前は帝都で近衛騎士を勤めていたこともあるそうで、貴族社会のことはお詳しいです。


「まさか、その侯爵がレティを狙ってる? でも無作為転移ランダムテレポート刑は死刑と同等で執行された時点で罪は償った事になるって言ってたよね?」


アンさんが怪訝な表情で問いかけます。


「本当に公的な名目でレティを狙っていたら、門閥の大貴族なら大々的に手配書を発行して捕まえにくるだろうが……レティ嬢が無作為転移ランダムテレポート刑を執行されているのは恐らく貴族社会ではそれなりに衆知されているのだろう、だから帝国の法ではレティ嬢の身柄を拘束する術はないはずだ……しかし」


ディロンさんは腕組をして考えながら言葉を紡いでいる様でした。


「さっき依頼クエストの掲示板を見たがそれらしいものは無かった。恐らく手配はされていないがそうなると……」


皆さんは先ほどから結論に達しているご様子ですが言葉の歯切れが悪くなっています。それを聞いているファナさんはだんだん唇を尖らせていきました。


「もう、なんかよくわかんない! 結局なんなのさ?」


「レティは命を狙われてるかもしれないってことだよ」


アンさんが険しい表情をして低い声で仰いました。


「アン姐なんでさ!? やってもいない事で無作為転移ランダムテレポート刑にされて……それでも逃げずに刑は受けて、罪は無くなったんでしょ?」


ファナさんは自分の事の様に怒って下さっています。


「相手からすれば、そのままレティが居なくなれば死んだのと同じだから良かったんだろうけど……生きて帝国領内に戻ってきている事をどこかで知ったんだろうな。法律上は罪が無くなってもその貴族の面子やプライドがレティを許していないという事かもしれん。だから今度は人知れず葬り去ろうとしている可能性があるんだ」


マーシウさんはファナさんを諭すように仰いました。わたくしも感情の昂ぶりで気持ちの整理がつかなかったのですが、マーシウさんの言葉で自分の状況を冷静に把握できました。



――今後の方針について決まったのは……ここから先は、逃げ場が無くて身元が把握されやすい船便は避けて陸路を進み、なおかつ出来る限り早くイェンキャストへ着きたいという事で街道を行き来する馬車に便乗するということでした。


そして、運良くイェンキャスト方面へ向かうという臨時の馬車に乗ることが出来たのでわたくし達は商業都市ファ=シーンをあとにします。イェンキャストへは馬や御者の方の交代で途中の街や宿場に立ち寄りながら一〇日ほどで到着するとのことです。



無作為転移ランダムテレポート刑に処されてからあまり数えていませんでしたが、もうふた月ほど経っていますでしょうか?)



思えば中央大陸の殆どを占める帝国の外周を北から西の端まで大回りしてきたのですから凄い距離だなぁ……と、命を狙われているにも拘わらずそんな風に感慨にふけっていました。

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