第17話「鑑定士の仕事」
――さて、わたくし達
そして、数日ほど漂流物処理の
中にはよくご一緒する他のパーティーの方々がわたくしに「これってどうかな?」と鑑定を頼まれ、それを基にしたらお店の買い取り額が上がったと感謝されたことも何度かありました。
わたくしは
今日は雨で漂流物処理はお休みです。わたくしは例によって特に用事も無いのですが、
(この店は本当に飽きないです……)
でも、わたくしこの店で気になるのは、商品の陳列が雑然としている事でした。なのでとりあえず本棚の本をテーマ毎に類別してみると、これが結構楽しいのでついつい熱中してしまいます。
「ちょっと、勝手に商品弄らないでくれるかい?」
「うひゃあ!?」
熱中していた所、不意に後ろから声をかけられてわたくし素っ頓狂な声を上げてしまいました……。
「アンタさっきから勝手に本を並べ替えてるね、何故だい?」
「ごめんなさい……あまりに本の種類があちこちに散らばっていて探しにくいので並べ替えてしまいました」
ガヒネアさんはわたくしが並べ替えた本棚を眺めていますが、元に戻そうとはしませんでした。
「なかなかやるじゃないか、いい類別だね見やすくなったよ。本当はアタシがやりかったんだが、この歳だと億劫になってね……」
「あの、もし良ければお手伝いしましょうか?」
「嬢ちゃんが? ふん、まあいいさ。アンタが好きなように整理してみな」
わたくしはガヒネア様に聞きながら店内の整理整頓と類別をしていたのですが、分からない事ばかりなのでその都度質問していると……。
「一人で出来ないのかい? 全くしょうがないね」
そう仰ると、今までカウンターに座っておられたガヒネア様がわたくしの傍に来てあれこれアドバイスをくれました。またアドバイスだけではなく、わたくしが疎い貨幣価値についてや色々な物の値段の付け方、交渉の仕方、商売の事……様々な事を教えてくださいました。
「話は変わるが。そういやアンタ、他の冒険者から頼まれて拾った漂流物の鑑定やることもあるって言ってたね?」
「え? ええ。現場でちょっと見て欲しい、と仰られるので……」
「まさかタダでやってないだろうね?」
「え……そんな、ちょっと見るだけでお金を取るほどのことは……」
わたくしがそう答えるとガヒネア様は眉間に皺を寄せて溜め息をつかれました。
「たとえちょっとした助言でも鑑定なんて専門の知識や技術が要ることを軽々しくタダでやっちゃいけないよ」
「で、でも本当にちょっと見立てただけですよ? わたくしもほんの少しの間ですが冒険者として暮らしてみてお金を稼ぐことの大変さは分かってきたつもりです。ですからほんのひと言いうだけででお金を貰うなんて……」
「ほんのひと言? アンタがそのほんのひと言を言えるようになるためにどれだけの時間を費やしたんだい?」
(どれだけの時間……わたくしは趣味とは言え幼い頃からずっと古物や古代遺物についての勉強をしてきました……)
「短いですが、わたくしの人生の殆ど……です」
「だろう? それにゴーレムともやりあったと言ったじゃないか、そんな命がけの経験も全部ひっくるめた結果がアンタの鑑定なんだよ。だからタダなんかで安売りしちゃあ駄目だ」
「……はい」
「もうひとつ厳しい話をするけどね……アンタがタダで鑑定してやったら、その分それを生業にしている者達が収入の機会を失ったんだよ。そしてタダで鑑定してもらったやつらはそれが当たり前に思って他所でも値切り出すんだ。ひとつの鑑定の後ろにどれだけの時間と労力があるかなんか知りもしないからね。そうして鑑定士自体が軽んじられたら、鑑定士になろうなんて人間が居なくなっていくだろうね」
(わたくしそんなことまで考えもしませんでした……知識と技術、それを糧にすること……)
わたくしは自分の浅はかさに打ちのめされました。でもやってしまったことは、もう時間は戻せないのです。自分の情けなさに涙が出来てました。
「ああもう泣くんじゃないよ! ちょっと脅し過ぎたね。まあ、理屈を分かればいいさ」
「……はい、すみません」
「泣くんじゃないよ? 涙はね、ここぞとばかりに取っときな。これも技術といっしょだよ、安売りすると舐められるからね?」
いつも気難しい表情のガヒネア様が笑顔でそう仰いました。そのことで本当に心が楽になりました……これも"ここぞとばかり"の笑顔なのでしょうか?
――それから再び作業に戻り、ガヒネア様と商品の整理をしていました。時間が経つのも忘れていると、不意に店の入口扉に付けられた鈴が「カランカラン」と鳴り……。
「レティ、いる?」
狭い店内の棚の間をすり抜けて顔を覗かせるとドアを開けたのはファナ様でした。
「あ、いたいた。おーいレティいたよ!」
ファナ様が店の外に声をかけると、シオリ様とマーシウ様が入って来ました。
「あら、皆様どうされました?」
「レティ、実は例の漂流物の
マーシウ様が仰るには、その依頼自体をどこかの貴族が買い上げてしまったのでわたくし達のような一般の冒険者は受けられなくなった、ということでした。
「さっき現場を見に行ったら警備の兵士が立ってたわ」
「ああ、そういえばアンタらから買い取った
「え、もう売れた? あんな高いのが?!」
「どなたでしょう……」
「いや、召使いだったんで知らないね。誰が売ったかは聞いてきたけど客の情報はペラペラ喋らないのがこの商売さ」
「レティ、酒場で今後について話し合うから用が終わったら戻ってきてくれ」
「分かりました」
マーシウ様たちは戻って行かれましたが、わたくしはまだお店の整頓がありますので残りました。ガヒネア様はわたくしが冒険者をやっていることが不思議に思われたのでしょうか、わたくしの素性を聞いて来られたのでこの街に来るまでの出来事を打ち明けました。ガヒネア様はそれをただただ聞いておられました。
「今日はとてもたくさんの事をお話して頂きありがとうございました……でも、何故今日はこんなにたくさんお話に?」
「お嬢……いやレティ、アンタそろそろキシェンを発つんだろとおもってね、まだ旅の途中だろ? アタシはね、アンタの事気に入ったんだよ。駆け足で色々言ったが、まだまだ教えたい事がある……命を大事にするんだよ」
「ガヒネア様……ありがとうございます、わたくし、また来ます!」
「あー、最後にひとつ。そのガヒネア"様"はやめとくれ、アンタ育ちがいいからそれが当たり前だったんだろうけどさ。アタシの事はガヒネアでいいからね」
「そ、そんな呼び捨てなんて! では、ガヒネア……さん?」
「まあそれでもいいさ、呼び方なんて大したことないと思うかもしれないがね。案外、人同士の距離感を表したりもするんだ。丁寧過ぎると距離がいつまでも縮まらない、なんてこともあるんだよ」
ガヒネア様はそう仰いましたが、わたくしにはいまいち実感がわきませんでした……そういうものなのでしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます