第19話「襲撃者」

――商業都市ファ=シーンから陸路に切り替えたわたくしたちは、イェンキャストに直行するという臨時馬車に乗りました。馬車は半日ほど走り、日も暮れた頃に今日の宿場町という所に停車しました。長距離馬車というのは馬や御者の疲労や、夜は危険もあるので宿場町で停車して朝に再び出発するというものだそうです。


わたくしたちはそれぞれ馬車を降りて身体を伸ばしたり深呼吸したりしています。



(馬車は歩くよりもはるかに速く移動できるのはいいですが、ずっと乗っているのも疲れます。その……お尻が痛いです)



乗ってきたものは荷馬車のようなものだったので身体には結構負担がかかりました。わたくしが以前利用していた貴族用の馬車は乗り心地がとても良かったのだと改めて思い知ります。


空は木々の向こうに夕日が隠れ、徐々に辺りは暗くなりつつありました。御者の方は宿場町と仰っていましたが町というよりは村……のような様子でした。馬車の停まっている広場を中心に一〇軒ほどの民家が囲んでいる小さな集落です。しかも暗くなってきたというのに家々には灯かりもついていません。


「なあ、ここ本当に宿場町か? 人の気配がしないねぇ……」


アンさんは周囲を見渡しつつ警戒をしている様子でした。


「おい、どうなって……」


マーシウさんが馬車で作業をしていた御者の方に話しかけようとした時、突然御者は馬に飛び乗ってわたくしたちが来た方向へ馬だけで走り去って行きました。


「マーシウちょっと、これって……まさか?!」


「シオリ、こいつは罠ってやつかもしれん……みんな馬車を中心にして陣取れ、警戒だ!」


わたくし達は馬車を背にして武器を構えます。先頭でマーシウさんが盾と剣を構え、その横でアンさんがカタナを構えています。ディロンさんが馬車の上に登り周囲を警戒しています。シオリさんはマーシウさんたち前衛の背後を警戒し短剣を構えています。わたくしとファナさんはその真ん中にいました。


警戒していると徐々に陽が落ちて暗くなり視界が悪くなってきました。わたくしは以前戴いた見習いの短杖ロッドを構えて、船旅の間に習得した生活魔法の灯かりライトを唱えようとしましたがシオリさんがそれを止めるような手振りをしました。


「レティ待って、灯かりライトを使うと敵の的にされるかもしれないから……」


「ま、的ですか?!」


今までも命の危険は何度もありましたが、的にされるかもしれないような危険は初めてです。


「みんな、気を付けて……だれかが魔法を使ったよ!」


ファナさんは魔法探知センスマジックで何かを感じ取った様です。すると何かおぼろげに発光する小さなものが幾つか放物線を描いてわたくし達の前に飛んできて地面に転がりました。徐々に大きく膨らみながらうねるように複雑な形を経て、やがて人型の姿になりました。それは鎧を纏い剣を持った五体の骸骨の兵士の様な姿でした。



(待ってください、あれは確か……)



「「竜牙兵ドラゴントゥースウォリア!?」」


わたくしとファナさんは同時に声を上げました。


竜牙兵ドラゴントゥースウォリアを生み出すのは中位魔法だよ、レティよく知ってたね?」


「ええ、竜舎利ドラグリブについての周辺知識として知っていました。竜牙兵ドラゴントゥースウォリアは古のドラゴンの歯など小さな骨片を利用した、魔法から生み出される簡易ゴーレム的な骸骨兵スケルトンの事です。ちなみに竜牙兵ドラゴントゥースウォリアは最下級でして、使用される竜舎利ドラグリブの質や大きさによってはその上位である竜大牙兵ドラゴンファングウォリア竜爪兵ドラゴンクローウォリアなども存在し、更に上位には――」


「レティ、それはまた時間がある時にね?」


シオリさんに止められました。わたくしの場もわきまえず蘊蓄が止まらなくなる癖はなんとかしないといけません。


「……武器強化ウルフエレメント……鎧強化タートルエレメント……重量軽減バタフライエレメント……集中力向上ホークエレメント


馬車の上にいるディロンさんはその場で補助強化エンチャントの精霊魔法を唱えています。


「もう恐らく敵に位置は把握されているわ。ディロンは今、鬼火ウィルオウィスプを唱える余裕ないから、レティは灯かりライトを唱えて周囲を照らして」


シオリさんがわたくしそう言うとご自身も補助魔法の詠唱に入られました。


「……命の泉リジェネレ―ション……護りプロテクション……疾風ヘイスト……湧き上がる力モアパワー


「ら……灯かりライト


わたくしが魔法を唱えて見習いの短杖ロッドをかざすと先端が光り、周囲を照らします。そうしていると竜牙兵ドラゴントゥースウォリアたちがわたくしたちに襲い掛かってきます。マーシウさんは襲い掛かってくる敵を盾で受け止めると押し返して弾き飛ばします。体勢の崩れた竜牙兵ドラゴントゥースウォリアに対してアンさんは鎧の隙間にカタナを深々と突き刺した後に蹴りを入れて刃を抜きました。


竜牙兵ドラゴントゥースウォリアはアンさんの蹴りの反動で後方に倒れます。その間にマーシウさんに竜牙兵ドラゴントゥースウォリアが二体襲い掛かりますが、その攻撃をひとつは盾で受け止めもうひとつは剣で受け流します。受け流された竜牙兵ドラゴントゥースウォリアは態勢を崩します。それをアンさんが横合いから蹴りとばして間合いを離します。


マーシウさんは盾で受け止めている竜牙兵ドラゴントゥースウォリアをそのまま盾で突き飛ばします。先に襲い掛かった三体が蹴散らされたので、後ろに居た竜牙兵ドラゴントゥースウォリア二体が前進しようと動きます。


「……沼の精マドエレメント


ディロンさんは辺境の地下迷宮ダンジョンのゴーレムに使った足元を泥沼のようにする精霊魔法を唱えました。すると後ろの二体は地面が沈み、足元を取られて藻掻いています。


「ファナ、あの二体を!」


シオリさんがファナさんに指示を飛ばします。ファナさんがペロリと唇を舐めると長杖スタッフを両手で構えて竜牙兵ドラゴントゥースウォリアに先端を向けます。


「……光の矢エナジーボルト!」


ファナさんが魔法を唱えると杖の先端から光の矢が二本放たれました。光の矢は前で戦うマーシウさんやアンさんを器用に避けて飛び、竜牙兵ドラゴントゥースウォリアに命中しました。一体は頭に光の矢が命中して砕け散り身体は地面に倒れました。もう一体は胴に命中して炸裂し、胸部を鎧ごと破壊しました。


マーシウさんは先ほど盾で突き飛ばした竜牙兵ドラゴントゥースウォリアと一対一で戦っています。アンさんは蹴り飛ばした竜牙兵ドラゴントゥースウォリアに斬りかかり、崩した体勢を整えさせないように連続で斬りつけてバランスを崩し、倒れた竜牙兵ドラゴントゥースウォリアの喉元にカタナを突き入れました……しかし、


「アンさん後ろです!」


わたくしは最初にアンさんが倒したと思われた竜牙兵ドラゴントゥースウォリアが、いつの間にか起き上がりアンさんに近づいていたのに気づき声を上げました。その声でアンさんは後ろを振り向きましたが、竜牙兵ドラゴントゥースウォリアがアンさんを剣で突いていました。アンさんはなんとか体を逸らしましたが硬質の皮鎧ハードレザーアーマーの脇腹の露出部分を掠め、脇腹から血が滲みます。


「ぐう……こんのぉ!」


アンさんは後ろに下がりながらカタナを薙いで竜牙兵ドラゴントゥースウォリアの首を刎ねて倒しました。しかしアンさんは脇腹を押さえながらその場に片膝をつきます。


「アン!」


マーシウさんは盾で竜牙兵ドラゴントゥースウォリアを思いっきり殴りつけて体勢を崩すと喉元に剣を突き入れてそのまま押し倒し、もう一度トドメに剣を突き立てました。竜牙兵ドラゴントゥースウォリアはそのまま動きません。


「アン姐!」


シオリさんはアンさんに駆け寄り、傷口に右手をかざして癒しヒールを唱えました。指輪が輝くと掌から淡い光が発せられます。苦痛にゆがんでいたアンさんの表情が徐々に穏やかになっていきます。やがてアンさんは深いため息をついてからシオリさんに「もう大丈夫」と仰って立ち上がりました。


「ごめん、仕留め損なってたみたいだ」


「いや、俺も油断した。アンが最初の一撃で仕留めたと思ってたからな……だが大したこと無くてよかった」


マーシウさんはアンさんの肩にポンと手を乗せてそう仰いました。


魔法探知センスマジックしてみたけど、竜牙兵ドラゴントゥースウォリアを使ったっぽいヤツの気配はもう無いみたいだよ」


「ふむ、こちらも精霊探知エレメンタルセンスを使ったが感知できない。逃げたか……」


ディロンさんとファナさんは周囲を警戒して探知の魔法を使っていたようでした。


「あの馬車自体が罠だった……レティの事はファ=シーンですでに気付かれていたという事か」


マーシウさんは顔をしかめて深いため息をついています。


竜牙兵ドラゴントゥースウォリアを使ったヤツには逃げられたから、あたしらが生きてるのもじきに向こうに知られるね……」


アンさんもカタナを鞘に納めながら難しい表情で仰いました。


「すぐに移動しよう。だが街道を行くのは危険だ……」


するとアンさんが何かを思い出したように鞄の中をごそごそと探り、地図を取り出しました。


「レティ、ちょっと灯かりライトちょうだい」


わたくしは灯かりライトを灯した短杖ロッドを持ってアンさんのそばに行きます。アンさんは地図を見ながら指でなぞってブツブツと何かを呟いています。


「よし、あたしの知っている道があるからそっちを行こう。それなら多分見つからないよ」



――アンさんの案内でわたくしたちは街道を通らない道を行くことになりました。

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