第12話「洞窟からの脱出」

大海蛇シーサーペントを倒し、うち捨てられた古代の船に乗ってわたくし達は暗闇の洞窟を進んでいきます。暗闇の洞窟をディロン様の召喚した鬼火ウィルオウィスプとシオリ様の灯かりライトの魔法が照らしています。それでも暗くて全容は分かりませんが、緩やかに右に曲がっているようです。幅は大体二〇メートルくらいで半円形の形に岩盤がくりぬかれている人工のトンネルの様に見えます。



(古代ではこんな綺麗に岩に穴を掘る技術があったのですね)



そして今のところ船は問題なく走ってくれていますが……。


「アン姐、さっきからどうしたの?」


アン様は先ほどからわたくし達がやって来た後方の暗闇を見つめながら耳に掌をかざしています。それを見てシオリ様は怪訝な表情で尋ねました。


「しっ……みんな黙って」


アン様は人差し指を唇に添えて「静かに」というジェスチャーをしました。皆でアン様の見つめる暗闇を見つめています。すると船の後方、わたくし達の来た方向から微かに唸り声のようなものが聞こえました。


「何かくる……」


アン様がそう言うと、唸り声は波しぶきの音と共に徐々に大きくなりだんだん近づいてきているように聞こえました……。


「ディロン、鬼火ウィルオウィスプを後方へ飛ばせる?」


ディロン様は船の先頭の灯かりにしている鬼火ウィルオウィスプを船の後方へ飛ばしました。代わりにシオリ様が船の先頭で灯かりライトの魔法をかけた指輪をかざしてくれています。


ディロン様が鬼火ウィルオウィスプを後方へ飛ばした直後に更に大きな咆哮が聞こえました。そして鬼火ウィルオウィスプの灯かりに照らされたものは――



大海蛇シーサーペント!?」


大海蛇シーサーペントは唸り声を上げながら波しぶきを立てて猛烈な勢いでわたくし達の船を追いかけてきます。鱗が剥がれ落ちただれた皮膚、矢の刺さった右目、それは先ほど倒したはずの大海蛇シーサーペントでした。


「まだ生きてやがったのか!」


「くそっ……このままじゃ追い付かれる!」


マーシウ様は苦虫を噛み潰した様な顔をされています。アン様は弓を構えて大海蛇シーサーペントに矢を放ちますが、暗闇と船の揺れで当てるのは難しそうです。


「レティ、船のスピード上がらないの!?」


ファナ様がそう言われ、わたくしは光る文字の浮かぶ金属板に目をやります。


「やってみます。皆様、何かに捕まって下さい!」


わたくしは金属板に浮かんだ光の古代文字の中で、速度を表していると思われる数字で一番大きな「五」に触れました。すると船体から放たれる「フオンフオンフオン」という音が徐々に速くなり金属的な「キュイーン」という音に変化しました。船は徐々に加速していきます。


「ちょ、ちょっとレティ速すぎない?!」


船首からは白波が立ち上下に揺れ始めます。シオリ様がその船首で灯かりライトで照らしてくださっていたのですが船の速さと揺れで立っていられないのか屈んでいます。後方の大海蛇シーサーペントは引き離せないもののとりあえず距離は保たれているようです。



(……あれは、光が?)



緩やかに曲がる洞窟の暗闇の先に光が見えてきました、出口でしょうか?


「レティもっと速度上げて、追い付かれてきたよ!」


ファナ様がわたくしの服の裾を引っ張りながら仰いました。


「え? わたくし速度は変えていませんが……」


金属板を見るといつの間にか何か赤い光が点滅しています。船体から発せられる音も心なしか周期が徐々に遅くなってきているように感じます。



(まさか船が?! ……ここで壊れたら……お願いします、保ってください……)



洞窟の外の光がどんどん近づいてきます。ですが船の速度も徐々に落ちてきました。点滅する光の文字が更に増えていて、大海蛇シーサーペントの咆哮がすぐ後ろに聞こえます。


「追い付かれるぞ!」


大海蛇シーサーペントは強引に首を伸ばして噛みつこうとしていますが、最後尾でマーシウ様が盾で防いでいます。するとファナ様がおもむろに立ち上がりました。


「ファナ、危ないから伏せてな!」


「アン姐、もう稲妻ライトニング二回も撃った後だから、これで気絶したらお願いね!」


ファナ様は普段はあまりお見かけしない真剣なまなざしで、船に掴まりながら立ち上がって片手で長杖スタッフを構えました。船の速度が落ちてきているので追い付いてきた大海蛇シーサーペントは水面から鎌首を上げ、立ち上がっているファナ様に向かって大口を開けて襲い掛かりました。


「……火球ファイアーボール!」


ファナ様の長杖スタッフから放たれたのは人の頭くらいの大きさの火の玉でした。それはまっすぐ大海蛇シーサーペントに向かって行き、大きく開けた口の中に入りました。飲み込んだ瞬間反射的にでしょうか、大海蛇シーサーペントは大きな口を閉じ、苦しむように頭を真上に上げました。次の瞬間、頭部のみが炎を噴き上げて爆発し、粉々に砕け散ります。頭部を失い力をなくした身体は水しぶきを上げて倒れる様に沈んでいきました。


――そして船は大海蛇シーサーペントが沈んだ波に乗って徐々に速度を落としながら惰性で進み、洞窟の外へ出ました。


空が赤く染まり、夕日が海に半分ほど沈むところでした。船体から発せられている音は小さくなってゆき、やがて聞こえなくりました。


「壊れた……のでしょうか?」


わたくしは光る文字がすっかり消えた金属板を掌でぽんぽんと叩きますが、うんともすんとも言いません。


「元々動いたのが幸運だったような船でしたし。とりあえず浮いてさえいてくれればいいですけど……」


「ま、まあとりあえず大海蛇シーサーペントは今度こそ殺ったよね? 頭吹っ飛んだし」


アン様は頭の上で「ぱっ」と手を広げて爆発したようなジェスチャーをされました。アン様のその素振りを見てわたくし達がホッとしているとシオリ様が「キャ!?」と小さな悲鳴を上げられました。


「冷たいわ、濡れてる……え、水?」


――わたくし達の足元から水が湧き出てきています。これって……。


「船に穴があいたんじゃないの!?」


「陸地が近い、なんとか泳ぐぞ!」


「ファナが気を失ってる!」


皆様大慌てですので言い出し辛いのですが……。


「すみません、わたくし泳げません……」


「マジか……」


皆様の絶望した顔を見て申し訳なくてたまりません。するとディロン様は冷静に儀式用短剣を取り出して海面に触れます。


「……水精の浮力フロート


そうしている間にも船が海の底に沈んでいきました。しかし何故かわたくし達は上半身が海の上に浮いていました。わたくし達の身体は淡い水色の光に包まれています。


「これは……た、助かりました、ありがとうございますディロン様」


「ちなみにこの魔法は水に浮くだけだ、海岸までは泳いでいかねばならん」



わたくしは皆様の見様見真似でなんとか海岸の砂浜まで泳ぎました……もうぐったりです。でも、皆様泳げるのですね……やはり冒険者という人たちは泳げないといけないのでしょうね。



(しかもアン様は気を失ったファナ様を抱えて泳がれましたから、本当に凄いです……尊敬します)



「そういえば、魔術結晶って船ごと沈んじゃったね……」


アン様がポツリと呟かれます……そうです、逃げるのに必死でまったく念頭にありませんでした。


「まあ、全員無事に生きて帰ってこれたし……ほら嵐も治まってる。依頼クエストはとして成功かな?」


マーシウ様はアン様の肩にポンと手を乗せて微笑まれました。



――わたくし達は町へ戻り、町長様に事の次第を報告をしました。町の皆様も嵐が急に治まった事は確認しておられました。さらに、この辺りで被害が出ていた大海蛇シーサーペントも退治したということでとても感謝されてしまいました。


当初の契約通りの岬の神殿跡の調査報酬と「大海蛇シーサーペント退治してくれたのにこれだけでは心苦しいが町の財政も苦しいので申し訳ない」と仰られ、せめてものお礼にと滞在中の宿と食事も用意してくださいました。さらに、海の安全が確認出来次第、漁師の方の船で大きな港まで送ってくださるということです。


船が出られるようになるのを待つ数日間、わたくしはシオリ様とファナ様に生活魔法コモンマジックの手ほどきを受けました。とりあえず灯かりライトの魔法は覚えたかったのですが、最も初歩の魔法、着火ティンダーという小さな火花を出す魔法が出来ただけでした。しかしシオリ様もファナ様も「数日でそれが出来るだけでも凄い」と褒めてくださいました。



(これから合間を見て教えて頂きましょう、仲間として雑事くらいはこなさないと……)



――そして船の準備が整ったのでわたくし達は漁師の方に船で送って頂き、最も近い港街"キシェン"に着きました。ちなみにこのキシェンへは船で行くと僅か一日ですが、徒歩だと険しい山などを避けて回り込まなければならず三日はかかるそうです。



(どんな街でしょうか、ワクワクしますね……)

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