第10話「岬の地下迷宮」
わたくし達は警戒しつつ奥に進みます。通路に曲がり角があり、その向こうが明るくなっているようです。そしてその先から「ゴゴゴゴ」というずっと聞こえていた微かな音が、より大きく響いて聞こえてきます。
アン様は「静かに」と「待て」というジェスチャーをして、ひとりで曲がり角の先を確認に行かれました。アン様は、曲がり角から向こう側の様子を確認しています。
「……大丈夫そうだよ」
そう言うとアン様は手招きしました。わたくしは少しホッとしながら前進します。曲がり角の先は以前の
「船着き場? 港……ですか?」
「あ、レティもそう思う? だってあそこにあるあれ、壊れてそうだけど船っぽくない?」
確かに水の際に放置されているものは船のようにも見えました。
「この水は海水だね、海に繋がってる?」
確かに、あたり一面海の匂いがしています。アン様は水をペロリと舐めてから吐き出してそう仰いました。水たまりの向こうは暗くてよく見えませんが、風が暗闇から吹いてきているように感じます。水面が波打っていて「ザザー」という波音も聞こえてきます。
「ここが船着き場か港の跡だとして、かなり物が壊れたりしているな……どうも古くて朽ちただけではなさそうだが?」
マーシウ様は割れた木片や桟橋のようだったものを調べながら仰いました。
(確かに木製のものは大半が朽ちて崩れていますが、ごく最近に壊れたように見えるものもありますし石畳や壁に何か硬いもので傷をつけたような痕跡もありますね……)
「こりゃ誰か争った跡……かもね」
アン様が石畳を指さしています。そこには血の跡があちこちに付いていました。
「これは……俺達より先に入って行った連中のものかな? そんなに古い血痕ではないな……」
マーシウ様も血痕を見ながら分析していました。そしてアン様が血痕が続いている跡を発見した様ですので警戒しつつ辿っていくことになりました。
――血痕を辿ると、わたくし達がやってきた通路と船着き場跡を挟んで反対側に通路があるのを発見しました。そしてその血痕の主と思われる方も……。
「死んでいるな……数日といったところか? 冒険者のようだな」
わたくしは死体というものを初めて目の当たりにしたので緊張してしまいました。それを感じたのか、シオリ様がわたくしの手に手を添えて心配してくださいます。
「……冒険者をしていると、これからもたくさん目にするわ。そして自分たちがこうなる可能性も常に背中合わせなの……」
そう仰るとシオリ様は死体の前で片膝をつき、胸の前で両掌を合わせ指を組み合わせるという祈りの仕草をされました。これは帝国で最も信仰されている
(背中合わせの死……そうですね、わたくしもパーティーの皆様に出会わなければ恐らく死んでいましたよね)
シオリ様が祈りを捧げている間にも、アン様は周囲を調べていました。
「まだ血痕が続いてる……この通路の奥だね」
アン様は血痕を調べながら通路の奥へと行かれます。それを護るようにマーシウ様が前方を警戒され、わたくしと術師のお三方はそれについていきます。
血痕を辿って通路に入って直ぐに別の死体が2つありました。アン様とマーシウ様が調べたところ、大きな宝石のような物を持っていました。
「レティ、これが何か分かるかい?」
マーシウ様がわたくしに手渡したものは、青い宝石のような石で大きさは手のひら大、楕円形で厚みは二センチ程です。わたくしは
「……これは魔術結晶ですね。透かして角度を変えてみると石の中に刻まれた術式がきらめいています……傷は無さそうです」
「レティありがとう。ということは、この冒険者たちがこの奥にあったこの魔術結晶を持ってきた……ということか?」
「血痕はここまでだ。奥に行こうとしてここで力尽きた……うーん」
「マーシウ殿、
「たしかに結構音も振動も大きくなってるよねシオりん?」
「そうねえ……でもこの人達が死んでるってことは何か襲ってくるものが居るということよね?」
皆様それぞれ意見を交わしておられます。わたくしも状況を整理して少し思い浮かんだことがあります――
「あの……ひとついいでしょうか?」
わたくしがおずおずと手を挙げて声を掛けると皆様一斉にこちらを向かれました。
「え、えっと……素人意見なのですが……よろしいでしょうか?」
「聞かせてくれ」
マーシウ様に促されて、わたくしは気になった事を言いました。
「この亡くなった方が魔術結晶を持っていた。血痕はここで途切れている。振動の源はこの奥。それらを合わせますと……この奥に置かれていた振動の源から魔術結晶をこの方々が持ち出し、あの船着き場跡で何者かと戦いになって重傷を負ってここまで逃げてきたけれどお亡くなりに……というのは……どうでしょう?」
わたくしが意見を述べた後、皆様は顔を見合わせてからわたくしの方を向かれました。
(……えっと、やはり馬鹿馬鹿しい意見なのでしょうか?)
「それだよ!」
「血痕ばっか気を取られてた……そうか、なるほどね」
アン様はわたくしの両手を両手で握ってブンブンと激しい握手をされました。
(皆様のお役に立ったようでよかったです……)
「でもそれならこの人ら襲ったやつがこの奥にいるかもね」
ファナ様があっけらかんと仰いました。
「たしかに……警戒する事に変わりはないな」
マーシウ様は険しい目つきで通路の奥を見つめていました。
――わたくし達は警戒をしつつ通路を奥へ進みます。通路には両側に部屋のような空間がいくつか規則的に並んでいました。その部屋にはそれぞれ古代文字が書かれており、部屋の中央には台座が置かれています。それを横目に奥に進むと、徐々に振動と「ゴゴゴゴ」という音が大きくなってきました。
廊下の突き当りは上り階段で、その上には大きな両開きの扉があり半分開いた状態でした。扉には入り口にあった古代文字と同じ「動」「操」が浮き彫りで彫られています。どうみても音と振動は中から発せられています。マーシウ様とアン様は「中に入る」というジェスチャーをされました。皆様それぞれ武器を構えました。わたくしは後ろに下がって見守ります。
アン様が扉を開け、マーシウ様が突入しました……が、中には誰もおらず皆様ホッと胸を撫でおろしました。部屋の中央にはいくつかの台座のようなものや丸い石柱が並び、古代文字が至る所に書かれています。その中でも特に中心にある台座が目で見て分かるほど振動しており、どうやら原因はこれのようにおもわれます……。中心の震えている台座の向こうには鏡の様に磨かれた金属板が据え付けてありました。わたくしが転送された場所にあったものに似ています。
「レティ、ちょっと調べて貰ってもいいか?」
マーシウ様に促されてわたくしは台座を調べます。台座の上には何かをはめ込むくぼみがあり、明らかに先ほど冒険者の方より拝借した魔術結晶と同じような大きさでした。
「多分ですが……先ほどの魔術結晶はここにあったものだと思います。ちょっとここに置いてもいいですか?」
わたくしはマーシウ様から魔術結晶を受け取って台座のくぼみにはめ込みました。すると「ぽうん」という音がして、据え付けられた金属板に光る古代文字が浮かび上がりました。そして振動がピタリと止まり、「ゴゴゴゴ」という音に変わって「フインフイン」という小さな音になりました。それと共に台座にも光る文字が現れました。
(この文字は……生と死? いえ、動と止でしょうか……)
「この装置は何かはわかりませんけど、動かすか止めるかと聞いています……どうしましょう?」
わたくしがそう伝えると、皆様は困った様子でどちらがいいか話し合われました。
「レティ、止めてくれ。これは根拠はないんだが外の不自然な嵐はこいつが原因なんじゃないかと思ったんだ。だから止めてみよう」
マーシウ様は皆様の意見をまとめてそう仰いました。
「わたくしも同意見です……わかりました」
わたくしは台座に現れた光る文字の「止」の部分に触れました。すると音が徐々に小さくなり、光る文字が徐々に消えていき、やがて金属板や台座の文字は全て消え去り辺りは静寂に包まれました。しばらく様子をみるためにじっとしていましたが、何も起こりません。
「ねぇねぇレティ、これで終わり?」
「……大丈夫そうです。これ外しますね?」
わたくしは台座に置いた魔術結晶を再び外そうとします。
「いいのか?!」
「恐らくですが、この古代装置を止めずに魔術結晶を外したからいけなかったのかなと思いまして。今は止めたので外せると思います……だめならすぐに戻します」
「分かった、やってみてくれ」
わたくしは台座に置いた魔術結晶を取り外しましたが辺りは静寂のままでした。
「よしあの先客には悪いが、コイツは貰っておこう。元をたどれば嵐はこの古代装置のせいみたいだからな、旅費を返してもらおう」
マーシウ様はわたくしに魔術結晶を持っておいて欲しいと言われます。鑑定して欲しいそうですので町にもどったらもっと詳しく見てみましょう。
「マーシウ、戻りましょう。あの冒険者を殺した何かに出会わないうちに……」
「シオリ……そうだな、戻ろう」
――わたくし達は来た道をまっすぐ戻りました。そして船着き場跡までやってきたのですが……。
「マーシウ、水面がさっきより波立ってる……おかしいよ」
先頭を歩いていたアン様が立ち止まって腕を横に伸ばして制止を促します。
「みんな、ちょっと急ごう。アン、先行してくれ。他の者はレティをフォローしてやってくれ。俺は
マーシウ様がアン様の言葉を受けて皆様に指示を出されました。
「皆様どうされ……え?」
突然、皆様小走りになりました。わたくしはファナ様に手を引かれていますが、その時……船着き場跡の水面が盛り上がって何か大きなものが現れました。
(大きな蛇? 首の長いトカゲ? いえ、まさかドラゴン?!)
それはわたくし達の行く手を阻むように進行方向に回り込みました。くすんだ銀色の鱗で覆われた長い胴か首を水面から伸ばしています。長さは見える部分だけでも一〇メートルはあるでしょうか、そして人間の胴より太いです。大きな口には細かい牙が生え揃い、金色の目でわたくし達を睨んでいるように思えます。所々にあるヒレの様なものには鋭いトゲも生えていて、見た目が凶悪な怪物そのものです。
「クッソ……遅かったか。みんな、戦うぞ」
皆様はそれぞれに武器を構えました。わたくしは物陰に隠れる様に言われたので石垣のような所に身を隠しました。
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