第9話「順風満帆……一転して」
――わたくし達が河口の港街"ナッキヨ"から乗った大きな船は一〇日程かけて帝国の東海岸最大の都市"ファ=シーン"へ到着……するはずでしたが、船がナッキヨを出て三日目で嵐に遭い、破損してしまいました。
最寄りの小さな港町へなんとか退避する事が出来ましたので助かったのですが……船長様が仰るには修理には何日かかるか分からないということです。
「マーシウ様、他の船は無いのでしょうか?」
「この町は漁港だ。魚を取る漁師の船ばかりだから、本来はこんな大きな貨客船が寄る港じゃないんだとさ。だからまず大型の船を修理する職人を呼び寄せて資材も調達してそこからの修理だからな……まったく」
マーシウ様は苦虫を嚙みつぶしたような表情をされています。船が出ない事の他にもなにか懸念があるのでしょうか?
「マーシウ様?」
「あ、ああ……うん大丈夫だ、どこかで休もうか?」
(マーシウ様やはりどこかおかしいです……)
「マーシウ殿、言いにくいなら吾輩が言おう。我らが乗っていた船の代金はかなり高額だったのだ。まさかこんなに近場で航行不能になるとは思わなかったが」
「え……マーシウ?!」
「すまん、なるべく遠くまで行く船の方が乗り継ぎが少なくなって結果的に旅費が節約できるし、なにより早くレティをギルドマスターに合わせてやりたかったんだが……」
「その……途中で降りる事になったのですから少しでも船賃を返してもらえないのですか?」
わたくしは素朴な疑問をぶつけてみました。
「天候のような不可抗力で距離が短くなった場合は返金しなくていいのだ……レティ嬢」
ディロン様が簡潔に答えて下さいました。そのような決まりがあるのですね……。
「正直ちょっと今後に影響する損失だから、旅費の捻出も考えないといけない……すまん」
マーシウ様がうな垂れているとアン様がマーシウ様の肩をポンと叩きました。
「なんだよ、あたしら冒険者だろ? 旅費が足りないなら稼げばいいじゃん?」
「そうよマーシウ、この町とか……なければ近くの町で
シオリ様もアン様に同意しています。他の皆様も賛成しています。
「わたくしも協力します……といっても足手まといかもしれませんが、頑張ります!」
――ということで旅費を捻出するために町の酒場で情報収集しました。そこで得た情報では、最近この町の南にある岬の周辺はしょっちゅう嵐に見舞われるそうです。お陰で漁師の方々も困っておられるとか。岬にある神殿跡の祟りという噂もあるとのこと。この町には冒険者ギルドは無いので町長様は近々近隣の大きな街に冒険者を探しに行くつもりだったみたいです。わたくし達は町長様にお会いしてこの嵐についての調査を
アン様とディロン様が「斥候に行く」と仰って先に現地を調べに行かれました。元々アン様とディロン様は二人で組んで冒険者をやってらしたということで、パーティーに先んじて事前調査にお二人で行かれることが多いそうです。
――数刻して、お二人が戻られました。
「いやあ、なんか岬に近づくと急に天気が悪くなって風や雨が酷くてね……まいったよ」
「アン
「……あれは不自然だ。
シオリ様はアン様とディロン様に乾いた手ぬぐいを渡しながら様子を聞いていました。岬にある神殿跡の廃墟には地下へ続く道があり、そこには古代文字が書かれているということでした。
「多分また古代遺跡の
「わたくしまだ古代文字は勉強中でしたので、古代語辞典があれば良かったのですが……わたくしの蔵書は全てわたくしの部屋に置きっぱなしですのです。その後どうなったか……ああ、そうですわ! わたくしの本……古代語辞典や美術書などなかなか手に入らない貴重な本の数々……ああ……は!? すみません……独り言です」
「俺たちが出会った
「もちろん行きます。″
(ああ、仮とはいえ皆様の仲間として認められたようで嬉しいです……)
「レティのことは護るから大丈夫だよ!」
ファナ様は自信満々に拳で自分の胸をポンと叩いています。他の皆様も頷いたり親指を立てて笑顔で頷いてくれました。
――わたくし達は準備を終え、いざ岬の神殿跡に向かったのですが……岬に近づくとアン様の仰るように急に天候が悪くなり、雨風が強まってきました。
「確かにこりゃ酷いな……」
「本当に急すぎるわね天気が変わるの」
「シオりん、なんかこれワクワクしない?」
ファナ様はこの荒天を何故か楽しんでいます。わたくしも皆様もフードの付いた雨避けの
アン様の先導で岬の先端にある神殿跡という廃墟に到着しました。屋根が所々落ちて雨風が入ってきていますが外よりは幾分かましです。シオリ様が
「あの辺りの床のガレキの下に階段があるよ。ガレキを退けた跡があるから多分、もう誰か入った後だと思うけど昨日今日じゃないね。レティ、この階段の入り口に書いてるこの古代文字が言ってたやつなんだけど分かるかい?」
アン様が指さす階段の入り口の壁に古代文字と模様が浮き彫りにされていました。
「この文字は……操る? 動く? 模様は方向の"下"を表しています。すみませんあまり分からなくて……」
「やはりこの奥に何かがあるのは確かだな。行ってみよう」
皆さん外套を脱いで武器などを準備します。わたくしは恐る恐る階段の下を覗いてみましたが、暗くて先が見えません。
(あの
「ディロン頼むよ」
アン様がそう声をかけるとディロン様は装飾付の短剣を両手で構えました。
「……
ディロン様の目の前に手のひら大の青白い光の球が現れました。ふわふわとわたくし達の頭上を漂っています。かなり明るいです。
「こ、これは?」
ふわふわと可愛らしいのでわたくしは思わず手を伸ばしました。
「レティ嬢、怪我をするぞ……それは光の精霊だ。召喚すれば松明などの照明替わりになるが、いざとなれば敵にぶつける攻撃魔法でもあるからな」
ディロン様にそう言われてわたくしは驚いてそっと手を引っ込めました。
(いけません何でも触ろうとする癖は治さないと……)
わたくしがそんな事をしているとシオリ様は旅人の鞄から楽団の指揮者のような短い棒を取り出してわたくしに手渡されました。シオリ様はその先端に右手の人差し指で触れると呪文を唱えます。
「……
シオリ様の右手の人差し指の指輪が淡く輝くと棒の先端がランプよりも明るく輝きました。
「灯かりは多い方がいいでしょう? その"見習いの
(これは
――わたくし達はマーシウ様の指示で隊列を組みます。通路は三メートルほど幅があるのでマーシウ様とアン様が先頭でその後ろにわたくしとシオリ様、最後尾にディロン様とファナ様です。通路を進むといくつかの下り階段を下りました。すでにかなり地下深くなってると思われます。
「なんかずっと細かく揺れてる……」
アン様は壁や床に触れてそう仰られました。
「地震か?」
「いや、そんな感じじゃなくてずっと微かに揺れてるみたいな……」
マーシウ様とアン様は脚を止めて様子を窺っています。するとディロン様が再び儀式用短剣を取り出して床に刃を触れさせます。ディロン様はしばらく片膝を立てて座りながら瞑想のように目をつむっておられました。
「この周囲が全体的に細かく振動している様だ。しかも奥に行くに従って振動は少しずつ強くなっている。人が造った建物の中なのであまり詳しくは精霊も分からんようだ」
わたくし達はもう少し奥へ進んで見ることにしました。中の通路は先程より少し狭くなって、幅二メートル程ですが構造は単純なようで殆ど一本道です。途中、通路の所々に部屋の様な空間がありましたが何もない空き部屋みたいだったり、朽ちた家具らしき木片が散乱している部屋みたいなものばかりでした。
幾つかの階層に分かれていましたがそれぞれ似たような構造でめぼしいものは特にありませんでした。しかし、時折ディロン様が
「――ちょっと待って、潮の香がする……ここ地下よね?」
アン様が急に立ち止まり、鼻をすんすんと鳴らしながら臭いを嗅いでいました。
「……確かに、水の精霊の影響が強くなってきた……この先だ」
ディロン様は目の前の下り階段の先を指さしておられます。
「みんな、警戒しながら行こう……」
皆様武器を構えていますので緊迫した空気が漂います。この先になにがあるのでしょうか……。
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