第8話「遥か遠いギルド本部へ向かって」

(最悪ですわ……昨夜はお酒に酔って皆様にとんだご迷惑を……物語などでは″酔っていたので覚えていない″というものをよく見掛けましたが……)



「困ったことに大体覚えていますわ……」


「よ、おはよう。何? 朝から具合悪そうだね。昨日の酒が残ってるの?」


「きゃあ!? あ、アン様?」


後ろからアン様に声をかけられて心臓が飛び出しそうになりました。


「なになに? 朝からアンねえに何かされた?」


「ファナ、人聞きの悪いね……レティにおはようって言っただけじゃん?」


「アン様、ファナ様、おはようございます……わ、わたくし、大丈夫ですよ?」



(と、とりあえず平静を装わねば……)



「みんなおはよう、レティ大丈夫? お酒残ってない?」


「え、ええ……大丈夫です。おはようございますシオリ様」


「「……」」



(な、なんですかこの気まずい沈黙は……)



「さ、さあ朝食を食べに行きましょう?」


「そ、そうだな! シオリいいこと言うわ~」


アン様とシオリ様がぎこちない様子で仰いました。


「アン姐もシオりんもなんでよそよそしいの? あ、昨日のレティの話で気を遣ってるんだ? レティ私は全然気にしてないからね! ていうか半分くらいしかよく分かんなかったけどね!」


ファナ様はあっけらかんとそう仰ると「あははは」と笑いました。


「ファナ様……フフフ」


わたくしはファナ様のその言葉でとても気が楽になり大きな声で笑ってしまいました。


「わたくしは皆様を信じても、頼っても良いのですね? ありがとうございます……」


わたくしはまた泣いてしまいましたが、皆様はそれを優しく慰めてくださいました。




――朝食を摂った後は皆様それぞれ旅支度ということで、買い出しや補修に出していた装備の受け取りで外出していらっしゃいます。わたくしは囚われた時から着ている粗末な灰色の上衣チュニックと茶色い綿の下履きズボンを何とかしたくて、シオリ様から代金を頂いてこの子牛の鐘鈴カウベル亭に併設されている商店で今着ているものよりも幾分か上等な"旅人の上衣チュニック"と丈夫そうな下履きズボンと歩きやすそうな半長靴ハーフブーツ、そして暑さ寒さから身体を護る外套マントを購入しました。



(これで少しは冒険者らしくなったでしょうか……見た目だけでも)



買い物は程なく終わりましたので、酒場パブの席でお待ちしていますと、アン様が一番早くお戻りになられましたのですが、見掛けない剣を腰に差しています。


「あ、レティ服を買ったのかい? なかなかサマになってるじゃん?」


「あの、アン様? すみませんが……」


「ん、どうしたの?」


「その腰の剣は?」


わたくしはその剣をまじまじと見つめます


「砥ぎに出してたのを受け取ってきたんだけど、気になるのかい?」


アン様は腰から鞘ごと剣を外すとテーブルの上に置きました。


「さ、触ってもよろしいでしょうか?」


「ああ、いいよ」


「では失礼して……」


わたくしはまず鞘に差したまま意匠を拝見し、そして鞘から抜いて刀身を確かめます。


(これは……やはり)


「アン様、この剣は"カタナ"……でしょうか?」


「お、流石だね。そいつは昔、東方から来た人に貰ったもんだよ」


「鞘と柄は付け替えられているので一目では分かりませんでしたが、この刀身を見てそうだと確信しました。帝国を含む中央大陸とは全く異なった手法で鍛錬された純度の高い鋼はその証拠に刀身には美しい炎のような波紋が現れています。貴族の方が所有の何振りかは見たことがありましたが、それらは美術品扱いされていてアン様の剣のように使用感のあるものは初めて見ました……」


「詳しいじゃない? 流石だね。良い剣だからね使わないと、まあ手入れが普通の剣より頻繁に要るのが難点だけど」


「鞘や柄が本来のカタナとは替えられているのは何故ですか?」


「ああ、鞘は元のがこっちの装具に合わなかったからだね。ついでに柄も私の好みに合わせて作り直したよ。良い値付きそう?」


「そうですね……意匠が替えられていることをどう見られるかですね。珍品として価値が出るか、本来のものでは無いとして価値が下るかですね……」


「あはは冗談さ、売る気はサラサラ無いよ」


「え……あ、すみません……」


アン様は笑っていましたので怒らせてしまったわけではないですよね?




――そして、皆様と昼食を食べながら今後の予定を話し合いました。


「ギルドマスターからの返事が来たわ。レティの加入はとりあえず仮ということで許可が降りたけど、やはり正式な加入はギルド本部でマスターの面接を受けてからということになるわ」


「そうですか……シオリ様、ありがとうございます」


「レティ良かったねー」


「はい有難うございますファナ様! でもマスター様の面接でやはり駄目だと言われたら……うう」


「ま、あのマスターなら大丈夫だとは思うけど。駄目なときゃアタシらが抗議してやるよ!」


アン様の言葉に皆様笑顔で頷いておられました。


「アン様……ありがとうございます」


「……ってことで、とっととイェンキャストまで戻りたいからこのまま河を下る船に乗って東にある河口の港街まで行こうかと思う。そこから船を乗り継げばイェンキャストへは遅くても三〇日くらいで着くだろう」


今、マーシウ様がサラッと凄い事を仰ったような……


「マーシウ様、三〇日もかかるのですか!?」


「ああ、ここは帝国の北の果てでイェンキャストは帝国の南東部の端、ぐるっと海岸線に沿って大陸を回り込むからな。まあ船の乗り換えの時間も込みだから実際の移動時間はそれより何日か短いと思うよ」



(あの地下迷宮ダンジョンからこのファッゾ=ファグまでの一〇日でも果てしなく感じましたので、三〇日は気が遠くなります……)



――こうしてわたくし達は翌日の早朝に出航する河口に向かう船に乗船しました。河口の街へは五日ほどだそうです。船と言っても客船ではなく貨物船にお金を払って乗せて頂くということですから客室というものはありません。一応許可を貰い、わたくし達女性陣は荷物の間にシーツや毛布でカーテンを付けてそこで着替えたり休んだりしました。川幅が大体一〇〇〇メートルもある大きな河ということもあって船は大して揺れず、順調に河を下って三日目の夕暮れ……。


「あれは……」


船の進行方向の左側、遠く辺境の方角の空に何か凄く大きなものが浮かんでいるのが見えました。



(空に……浮かぶ……え?)



「――し、島?!」


わたくしは辺境方向の空に浮かぶ陸地のようなものを指さして皆様に伺いました。


「ああ、あれね。なんか辺境ではたまに見かける空に浮かぶ島。"浮島"とか呼ばれてるよ」


「島が空に浮かんでいるのですかアン様?」


遠いので大きさは詳しくわかりませんが、恐らくこの河の幅よりは遥かに大きい島であろう事は想像できます。


「浮かびながら大きくぐるっと辺境を周ってるんだってさ、よくわかってないらしいけど。古文書とか言い伝えでは古代魔法帝国時代から浮いてるらしいよ?」


またも古代魔法帝国ですか……恐ろしいほど発達した文明だったのでしょうね。



(でも現在は皆遺跡になっているわけですから、どんなに発達した文明でも滅びるということでしょう……)



浮島は夕日に照らされ漂いながら辺境と帝国を隔てる山脈の向こう側へ消えて行きました。


「あの浮島に行った人はいるのでしょうか?」


「そういえば聞いた事無いわ。まあ空の上なんですから鳥でもないと行けないでしょうねえ」


シオリ様はそう答えると、他の方にも「知ってる?」と話を振りましたが皆様同じような事しかご存じない様でした。



(そうなると転移装置テレポーターとかでしょうか……帝国でも詳しい使い方は分かっていませんし……まあ、今のわたくしには関係のないことですね)




――そして船は何事もなく河口の港街"ナッキヨ"に到着しました。ナッキヨは帝国の北東の端に位置する港街で、海と大河両方に面していて帝国北部の貿易の起点となっているそうです。


「ここも人が多いですね……でも雰囲気が全然違います」


「そりゃファッゾ=ファグみたいな荒っぽい街とは違って帝国が管理してる港だからな」


マーシウ様がそう仰いました。確かに先ほどから所々に衛士が立っていますし、活気はありますがファッゾ=ファグのような荒々しさは感じません。


「さて、俺とディロンで次の船を手配するから酒場パブの方へ先に行っててくれ」


「マーシウ様、イェンキャスト行きの船ですか?」


「いや、ここからイェンキャストまでは遠すぎて流石に直行便は出てないよ。だからいくつかの港を経由するから、とりあえず次の港への便を探してくる」



(そういえばそう仰っていました……まだまだ道のりは遠いということですね)



そして、わたくし達がこの街の冒険者たちの拠点である酒場兼宿屋で待っていると夜になってからマーシウ様とディロン様が合流されました。明日の朝出航する船に乗れるということです。どうやら大きな貨客船で遠くの港まで行く便らしく、距離を稼げるみたいです。



(次は海の船ですか……初めてなのでちょっとドキドキしますね)



明日は朝から出発なので今日は皆様とともに早々に休みました。

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