第6話「辺境の街にて」

――わたくしたち冒険者パーティー"おさんぽ日和サニーストローラーズ"六名は、辺境最大の街と言われる"ファッゾ=ファグ"に辿り着きました。この街は、帝国と辺境の境に位置しています。そもそも辺境とは帝国の北側を横断する巨大な山脈の向こう側の広大な荒地の事で不毛の大地ゆえに帝国も積極的に領有しようとはしません。この街は山脈の切れ目にあって山脈を超えずに辺境と帝国を行き来できる唯一の場所ということです。


辺境にはわたくしたちが出会った地下迷宮ダンジョンのような古代魔法帝国の遺跡とよばれる場所や、強力な魔獣などが多数存在し、一攫千金を狙って帝国中や他の国から冒険者たちが集まってきます。そんな冒険者たちの拠点となっているのがこの街……だそうです。今まで住人が二〇名程度の辺境の集落しか見てこなかったので、久しぶりに大きな街の人の多さに圧倒されてしまいます。



(道中、わたくしは疲労で熱を出して寝込んだり、食あたりで寝込んだり、変な蟲に刺されて毒で寝込んだり……)



「わたくし寝込んでばかりで申し訳ありません……結局一〇日以上もかかってしまいましたね」


「ま、無事に全員で辿り着けたんだから全然構わないって、ねえ?」


アン様は笑いながらわたくしの肩をポンと叩かれました……少し痛いです。


「もう、アン姐は馬鹿力なんだからレティ壊れちゃうじゃん!」


ファナ様がアン様とわたくしの間に庇うように割って入られます。


「だ、大丈夫ですよファナ様?」


「ありゃごめんごめん、やっと着いたから嬉しくって……つい」


「アンは腕相撲アームレスリングじゃあ俺より強いからな」


「まあ、そうなんですか? 凄いです!」


マーシウ様の言葉を聞いてわたくしはアン様を見つめますと、アン様は苦笑いしていました。


「とりあえず私はディロンとギルドマスターに報告を出してくるわ」


シオリ様とディロン様は別行動をとられるようです。


「ギルドマスター様……この街におられるのですか?」


わたくしの加入を正式に認めていただくにはギルドマスター様の許可が必要と言っておられましたから、是非お会いしたいですね。


「あはは、違うわ。確かにこの街を拠点にしている冒険者ギルドは多いけど、私たちのギルドの拠点はもっと南の沿岸部にあるイェンキャストよ」



(イェンキャスト……たしか帝国南東部にある港湾都市ですね。陸路だとほとんど帝国縦断になります)



伝書精霊テレメント依頼クエストの途中経過とあなたのことを報告するのよ」


伝書精霊テレメントというのは鳥のような姿の精霊を使って手紙や掌にのる程度の荷物を送ることです。伝書精霊テレメントギルドがある街でしか送れませんけど。わたくしはそういうやりとりをする機会がありませんでしたので使ったことはないのですが……。


「じゃあ、とりあえず″子牛の鐘鈴カウベル亭″で待ち合わせということで、先に行っててね」


そういうとシオリ様とディロン様は人混みの中に消えて行きました。わたくしはマーシウ様たちと一緒に……。


「きゃ!?」


わたくしは通行人の波にのまれてあちこち押されてしまいました。皆様とはぐれるわけには……。



(え……)



「ま、マーシウ様? アン様? ファナ様?」


参りました……この一瞬でわたくし、はぐれてしまいました。



(どうしましょう? まだ皆様遠くには行かれていないはず、探さないと……)



周囲を見回しますが、人の多さと煩雑な街の風景で来た道も分からなくなってしまいました。



(これが……街ですか。生まれ育った帝都でも、こういう下町の様な庶民的な場所には来たことがありませんでしたけど、すごい活気ですね……でも)



地下迷宮ダンジョンに転送された時よりも心細さ……孤独感が強いのは、仲間の皆様と出会ったからでしょうか。思えば貴族の娘であるときもお友達と呼べる方はあまりいませんでしたものね。



(などと感傷に浸っている場合ではないですね)



その時「くぅ」とお腹が鳴る音がしました。こんな時にもお腹が空くというのは生きているという事なのでしょうか。貴族の生活をしている時は頼めばすぐに何か食べ物はいただけましたので、空腹などあまり感じたことはありませんでした。



(荒野生活で初めて本当の空腹を知りましたけど……おや、なにかいい匂いがしますね?)



そういえば街の通路の色んな所に露店がありますね。美味しそうな食べ物を売っている店も沢山あります。


「そこのお嬢さん、どうだい? いま炙りたての串肉だよ!」


「わ、わたくしですか?」


たくさんある露店のひとつで主人と思われる方が手招きをしています。その露店では炭火で熱した金網の上でゴロゴロとしたこぶし大の肉を炙っています。「ジュウジュウ」という音を立てて炭火の上に肉汁と肉に塗られた液体が垂れて香ばしい匂いがします。わたくしは「ゴクリ」と咽を鳴らしてしまいました。



(だめです、本当の空腹を知ってしまってからは今まで経験したことのない位、食べ物の誘惑に弱くなっている気がします……)



「い、いい匂いですね……」


「うちはタレが自慢だからな!」



(この炭火に垂れていい匂いを出しているのが"タレ"でしょうか……ソースのようなものですね、このタレの焦げる匂いのせいでお腹が恥ずかしげもなく「くぅ」と抗議の声を上げています……)



「ほら、食べてみな!」


ご主人は私にジュウジュウと音を立てて炙られていた串肉を差し出されました。


「え、いいんですか?」


「美味いぜ!」


「では失礼して……」


熱々の串肉は、こんがりと焦げた表面と中の柔らかい脂身のある肉と、焦げたタレの香ばしさと塩気・甘さ・酸味・辛みなどが合わさりそれはもう美味しくて、夢中で食べてしまいました。


「ご主人、ありがとうございました、では……」


「嬢ちゃん、お代忘れてるよ!」


「お代……あ、代金の事ですね? ええっと……」



(あ……そうです、わたくしお金も何も身一つで転送刑にされたのでした……)



「すみません……今持ち合わせが無くて……連れのものと相談しますので少々お時間を頂けますか?」


「おいおいお嬢さん、金も無いのに食ったのかよ?」


ご主人はさっきまでのニコやかな顔から一変して険しい表情にかわりました。


「えっと、あなたがお勧めになるから……」


「金が無いなら勧められても食っちゃ駄目だろ」



(最初に金額を確かめなかったわたくしの落ち度でもありますが……あんなに勧められたら食べてしまいます)



「そ、そうなのですが……困りました」


「困ってるのはこっちだ。金が無いなら持ってるもん置いていきな」


「持ち物……」



(何もありません……このパーティー認識票タグというのは……いけませんわ、これはお借りしているものです)



「何か無いのかい?」


「あの……その……」


「ああ、みつけた! レティ駄目じゃん勝手にウロウロしたら」


その時、聞き慣れた声がわたくしの背後から聞こえました。振り返るとそこにはアン様が立っていました。


「あ……アン様!」



(ああ……救世主のようです……)



「おう、あんたこのお嬢さんの知り合いかい? 金も無いのに炙り肉を食われたんだがよ」


「悪いね、これでいいかい?」


アン様はご主人に硬貨を手渡しされました。


「金さえ貰えりゃ文句はないよ、毎度あり!」


わたくしはアン様と道の端へ移動しました。


「アン様、すみません……その、お金は……」


「ああ、今日は奢っとくよ」


「あ、はい……その、すみません」


「レティいい? こういう街……特にこのファッゾ=ファグみたいな色んな奴らが集まってくる所はね、何をするにも金が要るのさ。親切で何かをしてくれる奴は……まあ余程の物好きくらいなもんだよ。だから何かくれるとか、してあげるみたいなのは大体あとで金を請求されるんだ。法外な値段を吹っ掛けてくる奴もいるし」


「はい……すみません」


わたくしが落ち込んで俯いていると、アン様は急にわたくしを抱きしめて髪をわしゃわしゃと撫でまわされました。


「あ、アン様?」


「くぅぅ! あんたずるいよ、可愛いなあもう! シオリがやたら母性本能くすぐられてるわけだよね」


「え? シオリ様が? 何故ですか?」


「シオリってあの子、行儀がいいし礼儀正しいから誰にでも優しく接してるけど、あれはあの子なりの処世術だからね。本当はかなり人見知りなんだよ。だからよく知らない相手だと愛想は良いけど遠くから見てるだけなんだよね。でもレティに対しては本当に優しく親身になって接してるなって」


「そ、そうなんですか?」


「おっと、余計な事喋っちゃったかな……気にしないで。ま、レティの事みんな歓迎してるってことさ。じゃあ、今度ははぐれないでよ?」



――そして、わたくしはアン様に連れられて今度こそ待ち合わせ場所である″子牛の鐘鈴カウベル亭″へ向かいました。


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