第5話「追放令嬢、鑑定をする」

「さて、ちょっとレティにお願いしたいことがあるんだが」


マーシウ様は何やら小脇に鞄を抱えて持ってきました。そして鞄の口を開くと中から色々なものを取り出して並べていきます。不思議なことに、鞄の深さよりも明らかに長い棒のようなものまで入っていました。


「その鞄は……ど、どうなっているのですか?」


「ああ、これは“旅人の鞄”というもので、この口から入るものなら生き物以外なら沢山入れられる魔法具マジックアイテムさ。それなりに高価なんだけど、これに沢山戦利品を詰めて売りさばけば割とすぐに元が採れるから、冒険者の間では結構重宝されているんだよ」


「これが……噂には聞いて欲しいと思っていましたが、これがそうなんですね」


「まあ旅人の鞄は置いておいて、君の本分は鑑定……目利きと言っていたね? これらはあの地下迷宮ダンジョンから俺たちが持ち帰った戦利品なんだけど、正直詳しい者が居なかったんで勘で持ってきたんだ」


「は、はあ……」


「これらを君に鑑定して欲しい」



(わたくしを試しておられるのでしょうか……)



マーシウ様はあくまでにこやかにしておられます。


「おもしろそう! レティやってやって!」


「一攫千金と行きたいもんだねえ」


アン様とファナ様の無邪気なプレッシャーが痛いです……。


「ええっと、これらはあの地下迷宮ダンジョンで拾ったものですか、さてどんなものがあるのでしょうか?」



(ひとつめはこれ、人間の頭程度の大きさの金属の塊に彫刻が彫られています)



「これはミリス銀の彫刻ですね、恐らく柱か壁などの飾りです。残念ながら恐らく半分に割れていますので値は半分以下になるとは思いますけど、そもそも希少なミリス銀なのでそれなりの金額で取引されるかと思います。ちなみにミリス銀とは古代魔法帝国時代に錬金術の成果のひとつとして生み出された金属で、軽くて錆びず剛性柔軟性に優れ、磨くと美しく輝くので調度品、美術品、武器防具など様々ものの素材として普及しましたが、天然鉱石ではなく独自の錬金術と錬金炉でしか精製できないので今では失われた金属と呼ばれ、現存するものは全て過去に作られたものと言われています。ですから今後増々価値は上がっていくかと思われ……」


皆様目を点にしてこちらを見ておられます……またやってしまいました。好きな事や知っている事について話し始めると皆さんこういう反応をされるのです……。


「すみません、一人でベラベラと……」


「いや、大丈夫だよ。では次はこちらを見て欲しい」



(次は、赤い宝石? いえ……違いますね)



「これは……魔術結晶ですね。大きさは違いますが、あのゴーレムの核と同じものです。複雑な呪文や術式を予め刻印して使うことのできる結晶です。光を当てて角度を変えれば術式が刻印されているのが分かります。残念ながらこれも割れてしまっているので価値は半分以下ですが、それなりの値段は付くかと思います」



(今度は簡潔に言えました……必要な情報を絞るのって難しいですね)



「ではこれはどうかな?」



(太い……金属の棒? 長さは一メートル超、掌の大きなマーシウ様でも握り切れない太さがあります)



「両端が折れていますね。少し凸凹した意匠のような部分がありますね。マーシウ様そこを握って貰えますか?」


マーシウ様には立ち上がって、金属棒の凸凹した意匠らしき部分を持って頂きました。


「えっと、こうかな?」


「はい。率直に、どんな感じですか?」


「率直に? かなり重いんだけど、この凸凹した部分が一番持ちやすい気がするな」


「恐らく、それは武器の一部ですね。武器の柄の部分だと思います。その凸凹は持ち手部分グリップでしょう」


マーシウ様は金属棒をしげしげと眺めています。


「言われればそんな気もするが、武器としちゃあデカすぎないか?」


「それは何処で拾われました?」


「あのゴーレムと戦った通路だな」


「では恐らくゴーレムの武器だったものの一部です。あそこには破損したゴーレムの残骸が幾つもありましたから。それに皆様が戦ったゴーレムは武器を持っていませんでした。恐らく長い年月の間に何らかの理由で破損したのでしょう。もう少し武器の形状が残っていれば蒐集家が興味を持ったかもしれませんが柄の一部だけですのでそちら方面の価値はあまり無いかと。でも素材は鋼で、おそらく質の良いものですから屑鉄としては良い値段が付くでしょう」


「ふむ……分かった、じゃあ最後にこれだ」



(……短剣ですか?)



「すみません、これは現在帝国や周辺国で広く普及している短剣です。なので美術品などの価値は無いですから短剣の市場価格ですね」



(これは多分引っ掛け問題というやつですね……)



「……質問だが」


急にディロン様が手を挙げられました。


「ディロン、無口なあんたが珍しいじゃないか?」


アン様が少し茶化すような言い方をしましたが、ディロン様の表情は変わりません。


「さっきから鑑定した物の値段について明言しないのは何故だ?」


「こういう物の価格というのは正直に言いますと言い値だからです。欲しい人には宝物でも興味の無い人にとってはただのガラクタです。時と場所によって相場も大きく違うので"いくら"などとは軽々しく言えません。それにわたくしは世間知らずの貴族の娘なのでお金のお勘定というものには疎いですから……すみません答えになってないかもしれませんが」


「……ふむ、あい分かった。マーシウ殿、吾輩はレティ嬢の鑑定能力について信用に値すると判断する」



(え、ディロン様今微笑んだように見えましたが……認めて下さった?)



「ディロンは相変わらず言い回しがまどろっこしいねぇ」


「アン、お前が感覚的過ぎるだけだろう。レティ嬢の方が理性的かつ客観的な思考をしているぞ。これは目利きには重要な素養だ」


「あの、これって試験だったのでしょうか? 駄目だったらパーティー追放とか……」


わたくしは恐る恐る聞いてみました。すると皆様顔を見合わせてから笑い声を上げました。そしてマーシウ様が済まなさそうな表情で頭を掻きながら言いました。


「ごめんごめん、君の能力を見せて貰いたかったんだよ。不得手な事を頼んで嫌な思いをさせたくは無いからね」


皆様笑顔で頷いています。それを見ていて改めてほっとして感情がこみ上げてきて涙腺が緩んでしまいました。


「ああ! マーシウまたレティ泣かせたぁ」


「ええ!? すまない! 本当に絶対追放とか無いから!」


ファナ様とアン様はマーシウ様を「泣かした」と責めています。シオリ様は優しく抱き寄せて頭を撫でてくれました。


「シオリ様大丈夫です……わたくし嬉しくて泣いてしまっただけなので、マーシウ様を責めないであげてください……」



――そんなこんなで、皆様に迎え入れて頂き久しぶりの温かい食事を頂きました。地下迷宮ダンジョンから出てここまでの三日は保存食ばかりでしたものね。それでもわたくしは皆様の分を分けて頂いていたので勿論文句などありませんけれど。


食事をしながら今後の予定を話し合いました、わたくしはよくわからないのでお任せなのですが――恐らく明日には目指していた一番近い集落に到着するとのことです。集落で食料などを調達し、そこからは辺境の集落を結ぶ道があるのでそれを歩いて集落をいくつか経由し、七日ほどで「ファッゾ=ファグ」という辺境で一番大きな街へ辿り着くそうです。


食事の後は今日も見張りを立てて交代で休むことになります。わたくしも見張りをしてみたいと申し出ましたが、体力の回復が最優先ということで却下されてしまいました。



(いつか、そういう役割分担もこなせるようになって皆様と対等の仲間になるために頑張らねば……)



そんなことを考えているといつの間にか深い眠りに落ちていました。

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