第4話「追放令嬢、荒野へ」

地下迷宮ダンジョンから脱出して、冒険者ギルド″おさんぽ日和サニーストローラーズ″の皆様に仲間として迎えて頂いたわたくしネレスティ・ラルケイギアことレティは今、「世界の果て」と呼ばれている「辺境」の荒野を歩いています。わたくし達が出会った地下迷宮ダンジョンへは一番近くの集落から二日ほどかかったと仰ってましたが、すでに三日が経っています。


最初の二日間は初めて荒野を歩いて、野宿をして、保存食というものを分けて頂いて食べました。お腹が空いていたのでとても有難く感謝しているのですが、あまり美味しいものではありませんでした。お水も水袋をひとつ下さいましたのでそれを少しずつ飲んでなんとか凌いでいます……。



(やはり、わたくしに合わせて下さってるから余計な手間と時間が……足手まといになっていますよね。せっかく冒険者の仲間にして頂いたのですから頑張らないといけません……)



わたくしはつい先日まで読書や研究ばかりしていた貴族の娘でしたので、このように荒野を何日も歩くというのは初めての経験です。しかし、そんな泣き言はいっていられません。これからはこういう事をして生きてゆかねばならないのですから……。



(……そうは言いましても、脚が痙攣してきました……足の裏も痛くてたまりません。でも皆さん黙々と歩いておられるのに私だけ泣き言など言えませんよね……)



「おーいレティ?」



(日中はこんなにも暑くて……でも夜はとても寒いなんて、辺境とは聞いていた以上に過酷なんですね……)



「レティ、聞こえてる? 大丈夫?」



(ああ、唇がカサカサに……喉も渇きます……)



「おーい、もしもーし?」



(でも水は限られていますから節約しないと……もう残りも少ないですからね……)



「……だめだねこれは。マーシウ、レティ休ませてあげて~」


「え? ファナ様? だ、大丈夫です……わたくしのためにそんな……」



(わたくしよりも歳若く体格も小さい少女のような魔術師メイジのファナ様が元気に歩いておられるのに私だけ音を上げるなんてできません……)



「了解。おーいアン、休憩だ!」


――パーティーのリーダー、大盾の戦士ファイター・マーシウ様が、先行していた遊撃兵レンジャーのアン様に呼びかけます。アン様は遠くで手を挙げて返事をしています。マーシウ様と精霊術師シャーマンのディロン様は立ち枯れをした木を利用して天幕を張って日陰を作って下さいました。ファナ様が天幕の下に敷物を敷いて下さり、わたくしはそこに寝かされました。


「も、申し訳ありません……わたくしの為に」


「いいんだ、休んでいてくれ。俺とアンは周囲の探索と警戒をしているから、何かあれば近くにシオリとファナがいるので声をかけてくれ」


「は、はい……」


お言葉に甘えて目を閉じ、しばらく横になって休んでいるとひんやりとした掌がわたくしの額に触れました。うっすら目を開けると治癒魔術師ヒーラーのシオリ様でした。



(綺麗な長く青い髪……たおやかな指先……慈愛の女神アヴァロ=スヴァラの様です)



「ゆっくり休んで……水も飲みましょうね」


「そ、そんな貴重なお水を……」


私が遠慮しようとした時シオリ様がわたくしの腰の水袋に右手で触れました。すると人差し指の指輪が淡く輝きます。


「……湧水クリエイトウォーター


シオリ様がそう唱えると萎んでいた腰の水袋が目一杯膨らみました。


「え……ええ?!」


「水が無いって言ってくれたらこうやって補充するから、遠慮しないで?」



(水を生み出す、そんな魔法もあるのですね……)



「じゃんじゃん浴びるほどは無理だけど、人数分くらいの飲み水くらいなら大丈夫よ。あ、ディロンも出来るから彼に頼んでもいいわ」


「凄いですね、水が生み出せる魔法なんて……」


「大体治癒魔術師ヒーラー精霊術師シャーマン一人で五、六人分の飲み水を賄えるのだけど、そういうのもあって結果的にそれがひとつのパーティーの理想的な人数の上限になっているわね。うちはたまたま湧水クリエイトウォーターが使える人間が二人いるから余裕があるけれど、それでもこんな辺境の荒野を何日も冒険するとなると節水しないといけないのは変わらないわね」



(冒険者の方々は本当に凄いですね、まったく未知の世界です。それに比べてわたくしは……)



「不甲斐ないです、こんな事なら……」


わたくしが「ご一緒などしなければ」と言おうとした時にシオリ様はわたくしの鼻をキュッとつまみました。


「ふご?! な、なみもふふのれふかなにをするのですか?!」


「レティさん、あなたはもう仲間なんですからね? 私達冒険者は仲間をそう簡単に見捨てたりはしないんですよ?」


「レティが歩くの苦手なんて最初ハナから折り込み済みだよ、お嬢様だったんでしょ?」


シオリ様とファナ様は笑顔でわたくしに話しかけています。



(ああ、全てお分かりだったのですね……恥ずかしいです)



「す、すみません……」


「まあ、俺たちは旅慣れない人の護衛とかも仕事として受けることは珍しくないからな、遠慮せず苦しい時は言ってくれ。逆に我慢されて動けなくなる方がそれこそ困るからな」



(マーシウ様がそう仰るなら、これからは正直にお伝えしないといけませんね……)



「わかりました、ありがとうございます……あら、いい匂いが?」



(「くぅ」とお腹が鳴ってしまいました……気付かれていませんよね?)



「いまねーディロンがなにか作ってくれてるよ!」


ファナ様は「にしし」と笑っています……気付かれました?


「ついでに飯にしようって事だから、まあゆっくり休んでくれ」


「……はい、マーシウ様」



「おーい、こいつも食べよう!」


アン様がなにか小動物を捕まえて来ました。


「あー、お肉だぁ! アン姐やりぃ!!」



――食事はアン様が狩りをしてきた小動物(何かは聞きませんでした……)の肉をディロン様のシチューで煮込んだものです。シチューは大きな鍋で煮込まれていて、干した豆や硬いパンなどを入れてゆっくりかき混ぜておられます。煮込むことでそれらはとても柔らかそうになっていました。そこにアン様が小動物の肉を刻んだものを火で炙ってから鍋の中に入れました。しばらくすると何とも言えない美味しそうな匂いがしてきました。わたくしは思わず「ゴクリ」と生唾を飲みました。


「レティ、やっぱお腹空いてたんだね!」


ファナ様がわたくしの様子を見て笑顔でそう言われました……恥ずかしいです。



(でも、温かい食事は久しぶりなのでとても楽しみです……)



――日も落ちて来たので今日はそのまま野営することになりました。

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