第33話
レイとの再会を待ち遠しく思いながら、私は忙しい日々を送っていた。
「ジュリエッタさま!次はこれよんで!」
「ずるい!わりこんでくるなよ!」
「つぎは!つぎはわたしー!」
わちゃわちゃと群れてくる子供達に囲まれて、なんとも癒される空間だ。
「みんな、落ち着いて。順番に読んであげるから……」
宥めるように言うと、みんなは揃って嬉しそうな声を上げた。
今日は、城下町の東にある小さな孤児院に来ている。護衛のミオとロロを連れて、神獣使いとしての正式な慰問だ。
世間から私への評価が変わってきたことにより、宰相をしているお父様――ユロメア公爵の元へ、国中の孤児院から<神獣使い様に訪問頂きたい>という旨の懇願の手紙が山ほど送られてくるようになったのだ。
このアーヴェルト王国において、孤児院は、神殿に付属しているのが一般的だ。
<聖女から神獣を奪った!>という誤解の一件から、神殿、及びその管理下にある孤児院といった施設からは、私という存在が煙たがられているのだろうと思っていたのだが……どうやら、そうでもないらしく。
主に、小規模だったり、古い神殿だったりの管轄の孤児院から、是非来て欲しいという声が多く上がり始めたのだ。
(お父様曰く、神殿が内部で揉めていて、聖女よりも神獣使いを支持する派閥からの要望だって……)
お父様と相談の上、味方を作っておいて損はないだろう、という結論に至り。
最近では、2、3日に1箇所くらいのペースで、要望をもらった孤児院を慰問しているのだ。
笑顔の子供たちに囲まれて、一緒に食事をしたり、絵本を読んだり、遊び相手になったり。体力的にすごく疲れもするけれど、結果的には可愛い子供たちに癒されて、慰問自体は全く苦にならなかった。
日が暮れる前に、名残惜しそうな子供たちに別れを告げる。
正門まで見送りに来た神官は、私とロロに深く頭を下げた。
「本日は、お越しいただきましてありがとうございました。神獣使い様。神獣様。子供たちも、とても楽しそうにしていて……是非またいらしてください」
「私のほうこそ、楽しい時間を過ごさせてもらったわ。歓迎してくれてありがとう」
にこやかに応えながら、ちらりと建物のほうへ視線を向ける。少し迷った末に、今日一日ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、神官様。ずっと気になっていたことがあるのだけど」
「はい、何かございましたでしょうか?」
「その……この孤児院の規模に対して、少し、子供の数が多いような気がして……」
「ああ……。お気づきになりましたか」
神官は同じように建物を振り返ると、小さく溜息をついた。
「神獣使い様の仰る通りです。現在この場所では、規定の最大預かり人数より、5名ほど多くの子供を受け入れております」
「そんなに……」
「この場所に限ったことではありません。王都周辺の孤児院は、大きい場所も小さい場所も、急に受け入れの人数が増えていまして……。これも、地方での魔獣被害が多くなってきたせいなのです」
暗い表情で神官が告げた内容に、私は今朝方読んだ新聞の一面を思い出していた。
「それなら、新聞で見ましたわ。ここひと月程で、山間に近い村や街で、魔獣の被害が相次いでいるとか」
「そうなんです。騎士の方々が対応してくれていますが、魔獣の数がどんどん増えているようでして……。こうして、孤児となる子供も後を絶たないのです」
「……そうでしたか」
魔獣の被害というものは、ちらほらと新聞に載るものだけれど……こんなにも目に見える形で騒がれているというのは、珍しいことだ。
被害が増えているという事実に、胸が痛む。今日遊んだ中にも、まだ孤児院に慣れていない様子の子供が何人もいた。
首都周辺は、騎士の守りが硬いお陰で、魔獣が入り込むということは滅多にないが……地方でそういった被害が増えれば、自ずと国が荒れてくる。
「聖女様が降臨されたというのに、どうしてこのようなことが起きているのか……本当に嘆かわしいことです」
悲しい表情の神官に見送られ、別れを済ませた私は孤児院に背を向けた。
馬車が停めてある大きな通りまで、木立の中の小道を、ロロとミオと歩いて行く。
「……ねぇ、ロロ」
「ん?」
「さっきの聞いてたでしょう?アリサさんが聖女として現れたのに、どうして最近になって魔獣が活発になっているのか……貴方は知ってる?」
歴史で学ぶ内容によれば、聖女が現れると、国は繁栄する、と言われている。魔獣たちは浄化され、聖女がいるだけでも、国が豊かになっていく、と……。
なのに、今この国に起きているのは、魔獣の活性化だ。聖女がいるだけでも国が繁栄する、という話はなんだったのか。
隣のロロを見上げると、長い指先を顎にトントン当てて、遠い目をしていた。
「きちんと見たわけではないが……もしかしたら、その聖女が原因なのかもしれないな」
「聖女が、原因?」
「この前の茶会であの女、様子がおかしかっただろう?もしかしたら――」
ロロは、言葉の途中でぱっと背後を見ると……。
「伏せろ!」
突然鋭く言って、私の頭を乱暴に抱き寄せた。
悲鳴なんてあげる暇もなく、ガキン!と硬い音が響いて、次いで足元に金属製のボウガンの矢が転がった。
ロロが、腕をかざし神聖力の防御魔術を発動させている。
「動くなよ、リーエ」
ロロの腕が、ぎゅうっと苦しいくらいに固く私を抱き寄せる。広い胸に顔を押し付けられて、身動きも許されず、周りの状況がよくわからない。
「行きます!」
ミオの元気な声がして、続いて2回、甲高い音が響いた。
すぐに、くぐもった呻き声が聞こえてくる。それを確認すると、ロロがやっと私を解放してくれた。
「何が――」
なにがあったのか、なんて愚問だったかもしれない。
私とロロから少し離れた場所で、ミオが身の丈ほどもある大剣をぶん、と振り肩に担いだ。その足元には、黒いローブで姿を隠した男が2人、血溜まりに倒れている。
また、暗殺だ。
ここのところ、この類の襲撃が頻繁になっている。
毎回、ロロとミオがしっかりと守ってくれるので、私に怪我はないのだが……出掛ければ、必ずと言って良いほど暗殺者に襲われているのだ。
「ジュリエッタ様!神獣様、ご無事ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
振り返ったミオに頷いて、私は彼へと駆け寄った。
「ミオこそ。怪我はない?」
「ご心配ありがとうございます。なんともありません」
にこりと天使のように微笑むミオだが、その白い頬は返り血で汚れてしまっている。
ハンカチを取り出して拭ってやると、ミオはちょっとだけ恥ずかしそうに頬を赤らめ、小さな声で「ありがとうございます」と呟いた。
「やれやれ、随分と諦めの悪い奴がいるようだな」
こちらへやってきたロロが、私の肩に手を置いて嘆息した。
「俺とミオがいれば、この程度なんともないが……。煩わしい」
「ロロ。今日も守ってくれてありがとう。ミオもよ」
「勿体無いお言葉です!」
ミオはなんでもないように大剣を背負い直すと、胸に手を当てにっこり笑んでくれる。ロロは、優しく笑ってくしゃりと頭を撫でてくれた。
騒ぎを聞きつけたのか、道の先からやってきた他の護衛と合流すると、ミオはテキパキと後処理を指揮し始めた。
その様子を眺めながら、ぼんやりと思う。
(ミオって、こんなに天使みたいに可愛いのに、ものすっごく強いわよね。いつもロロに庇われてしまうから、あまり戦っている場面は見ていないのだけど……)
悲しいかな、見慣れてしまった光景ではあるのだが……あの可愛らしいミオが、自分の体よりも大きな大剣を軽々振り回していたり、複数人を息も乱さず制圧してしまったりするのだ。
さすが、神殿騎士。可愛いだけじゃなくて、しっかりと実力のある、レイのお墨付きだ。
彼が居てくれるから、私はこうして外を出歩くことが出来ている。毎日、感謝しかない。
あらかた指示し終えたのか、ミオはぱたぱたとこちらへ戻ってくると、きりっと神殿騎士特有の敬礼をしてみせる。
「お待たせいたしました!馬車へ戻りましょう!」
「ええ」
馬車が待つ大通りは、もうすぐそこだ。
残りの対処をしている騎士たちを、少しだけ振り返る。
(ミオも、お父様も、暗殺者たちの黒幕については教えてはくれない。私をこんなにも殺したいと思っているのは、誰なのか――)
ロロのエスコートで馬車に乗り、ユロメアの屋敷へ向かう道中。
私は、強い嫌悪を滲ませ私を睨みつけていた、あの少女の瞳を思い返していた。
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