第31話
アリアド王妃のお茶会で起きたことは、参加していた夫人達によって瞬く間に噂として広がっていった。
その結果、聖女アリサへの不信感を口に出す者が現れたり、聖女に関する良くない噂も立ち始め……反対に、今まで悪女として嫌煙されていた私の元へは、次から次へと夜会やお茶会への招待状が届くようになっていた。
(誰も彼も、態度があからさますぎるのよね)
小さく溜め息をつきながら、それを隠すため手に持ったグラスを傾けた。
燦々と日が差し込む、サロンでの、立食形式のティーパーティー。
ふわりとしたチュールフリルが、私にしては少し可愛らしすぎるような、そんなラベンダー色のデイドレスを着て、ジュリエッタはある伯爵家へと来ていた。
(お母様のお友達からの招待で、断れもしなくて来たけど……)
窓際で日を浴びながら、足元で大きく欠伸をするのは、まるで黒豹のような姿のロロだ。
いつも護衛として何処へでもついてきてくれるミオだが、今日に限って外せない用事が出来てしまい、「ならば俺が護衛をしよう」と、ロロは人型ではなく、威圧感増し増しの獣姿でついてきたというわけだ。
最初、会場に入れてもらえないのでは、と心配したが、ロロが神獣だということは周知の事実だったので、どうぞどうぞと止められることもなくこの場にいる。
まあ……足下にこんな大きな獣を従えているせいか、周りに他の貴族や令嬢が寄り付かないので、誰とも話せず暇すぎるのだが。
時折、ちらちらと視線を感じはするが、実際に話しかけてくる猛者は居ない。アリアド王妃の茶会について、色々なことを根掘り葉掘り聞かれるよりは良かったのかもしれない、と、前むきに考えることにした。
(さて。きちんと顔は出したんだし、そろそろ帰ろうかな……)
誰とも話さず、ロロとひなたぼっこをするだけなら、早く屋敷に帰りたい。
(この飲み物が空になったら帰ろう)
手に持ったグラスには、まだ少し、薄い金色のシャンパンが残っている。
日差しをキラリ、と反射した輝きに、また彼のことを思い出してしまって、チクリと胸が痛んだ。
このところずっとそうだ。
レイに会えなくなってからというもの、彼のことを考える度に、胸の真ん中がチクチクと痛む。もしかしたら、体調を崩しているのかもしれない。
(最近、結構無理をしたものね……)
ぐい、と残りのシャンパンを飲み干して、通りかかった侍従へグラスを返した、その時だった。
「……まあ、それ本当?」
「ええ!王宮で侍女をしている姉から聞いた話ですから、本当の話よ!」
ロロと私が立っている窓の、ひとつ隣の窓。そこにいたご令嬢2人の会話が耳に届いた。
「第一王子殿下が、ついに王室へ戻られたの!そうじゃなければ、ずっと空き家状態だった第一王子殿下の宮殿に、突然使用人たちが配属になるわけないわ」
「第一王子って、ヴォルシング殿下のお兄様よね?何年も行方不明だったんでしょう?どうして今になって戻られたのかしら?」
「さぁ……?それはわからないけど……」
(第一王子が、王室に戻った……ですって?)
予想もしなかった話題に、鼓動が早まる。つい最近、ある可能性を疑って、貴族の名鑑を眺めていた時のことを思い出した。
――レイ。その名前は、第一王子レイナルドの名に似ている。
帰ろうと思っていたはずなのに、つい窓の外を眺めるフリで、彼女たちの会話に聞き入っていた。
「第一王子殿下……いったいどんな方なんでしょう?」
「ご本人を見たっていう侍女の話ではね、ヴォルシング様よりももーっと整ったお顔立ちの、まるで天使のようにお美しい王子様だそうよ!」
「まあ……!ヴォルシング様よりも、ですって?」
「ええ!輝く美しい金髪と、深い紫色のアメジストのような瞳が、ひと目見たら忘れられなくなるほど美しいとか……!」
「お会いしてみたい!お披露目はされないのかしら……」
彼女たちは、楽しそうに話しながら、向こう側のテーブルへと歩いていってしまう。
私はといえば、ほっと息を吐いていた。
(よかった……今の話が本当なら、レイが第一王子な訳ない)
だってレイは、美しい新緑のような緑の瞳をしていた。何度も間近で見ていたのだ、間違えるはずがない。
王族特有の、紫色などではなかった。絶対だ。
(……そうよ。レイが第一王子じゃないって、嬉しいはず……よね?どうしてこんなに、何かが引っかかるような気がするのかしら?)
ミオに頼んで、レイへと手紙を渡してもらってから、彼からの返事はまだない。
会いたいと手紙を出して、こんなに待っているのに、返事もくれないなんて……。もう、私には興味もないのだろうか。
段々と、子供のような、拗ねたような気持ちになってくる。
(レイ、貴方とはそれなりに親しく過ごしていたと思っていたのに。そんな風に感じていたのは、私だけだったの?)
「おい、どうした?」
むくり、と頭を持ち上げたロロが、首を傾げている。
「別に、なにも」
「見事に頬が膨らんでいるぞ。越冬前のリスのようだな」
「誰がリスですって?」
「本当にどうした?何をイラついてる?」
「なんでもないわよ。それより、そろそろ屋敷へ帰りましょ」
返事を待たず、扉へと歩いていくジュリエッタを追いながら、ロロは小さく溜息を吐いた。
「……全く。あの小僧も人が悪いな。王族とは、いつの時代もそういうものなのだろうか?」
ぼそり、と呟いた言葉は、ジュリエッタには届かない。
パーティー会場を出て、玄関口へと歩いていくジュリエッタは、誰がどう見ても不満そうだった。
「……あら?」
屋敷に到着したジュリエッタを、ミオが待っていた。
「おかえりなさいませ、ジュリエッタ様!」
馬車を降りようとすると、にこにこと満面の笑みで手を貸してくれる。
最近は、困ったような顔ばかりだったはずなのに。今日の用事とやらで、何かいいことでもあったのだろうか?
「ただいま。貴方も帰っていたのね」
「はい!つい先程戻りました!ジュリエッタ様に早くお渡ししたくて、ここで待ってたんですよ?」
「渡す?って……」
えへへ、と得意そうに愛らしい顔を笑みで輝かせて、ミオは懐からそっと封筒を取り出した。それを、恭しく私へ差し出してくる。
「やっとお渡しできます……!どうぞ、ジュリエッタ様!」
「手紙?」
受け取ったそれは、上質な紙の封筒だった。くるり、と返してみると、差出人の所に、さらりと見覚えのある文字が。
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
「……レイ?」
「はい!レイ様からのお返事です!」
私はぐっとミオの手を握り、「ありがとう!」とお礼を言うや否や、はしたなくも脱兎の如く屋敷へと駆け込んだ。
「あっ!ジュリエッタ様……⁈」
「いい。少し放っておいてやれ」
後ろで、そんな会話が聞こえたような気がするが、今は構っている余裕がない。
デイドレスのスカートをたくし上げ、ヒールで可能な限りの速度で走り、廊下を駆け抜け私室へと走り込む。
「まぁ!お嬢様……!」
「お願い!ちょっとひとりにして!」
部屋の掃除をしていたマーサに目を丸くされるが、お説教される前に寝室へと駆け込み、扉に鍵を掛けた。
息を切らしながら、恐る恐る、手もとの封筒を開ける。
便箋を開くと、ふわり――爽やかな香水の香りが、鼻をくすぐった。
(レイがいつもつけていた香りだ)
また小さく心臓が跳ねて、指先が震える。
そこに書かれていたのは、流れるように綺麗なレイの文字。
丁寧で、何処か気安く近況を尋ねてくる文面。突然神殿を離れたこと、連絡が遅くなったことへの謝罪。そして――。
「……え?」
最後の文に、ぱちくりと目を瞬かせる。頭には入ってくるのに、理解が追いつかなくて、思考がフリーズした。
――というわけなんだ。次の次、の週末になってしまうんだけど、一緒に街を歩かないか?
久しぶりに君とゆっくり、話したいんだ。
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