第15話


 さわさわと揺れる木の葉を透かして、強い日差しが降り注ぐ。

 季節は変わり、暑く乾いた日差しが鬱陶しい、夏が訪れていた。


「レイー?……もう、こんな日に限って、どこに居るのよ」


 肌に滲む汗をハンカチで拭って、溜め息を吐く。今日に限ってレイは、自室にいなかったのだ。


「すみませんッス、ジュリエッタ様……。ご足労頂いてしまって」


 私の後ろで小さくなっている案内役の神殿騎士、お馴染みのパーシーは、ぺこぺこと頭を下げてくる。


「今日はレイ様、どうしても約束があるからと言って……この辺りにいるはずッス」


「こんな暑い日に……」


 ぼやきながら、ちらりと背後を確認した。本人曰く、「あまり暑さ寒さはこたえない」とのことで、私に付き添ってくれている神獣様は、なんとも涼しい顔でいらっしゃる。それがちょっぴり悔しい。

 本日、神殿へ来てから案内されたのは、いつもの居住棟の裏庭だった。

 緑の芝が柔らかいその場所は、意外と広く、花が植えられていたり、木にブランコが設置してあったりと……小さな公園のような空間になっていた。

 その一角から、きゃはは、と子供の笑い声が上がる。


(子供の声?)


 もしかして、と思いながらそちらへ足を進めると……いた。レイだ。

 きらきらとプラチナブロンドの髪が輝いている。木陰で座る彼の周りには、楽しそうな子供たちが10人ほど、まとわりついていた。

 子供たちが話し掛けると、レイはその美しい緑の瞳を細めて、優しく微笑む。

 木陰にいるというのに、その姿は相変わらず、きらっきらに輝いていた。


(いつもいつも、きらきらの無駄遣いだわ)


 この1ヶ月、彼と関わり合うようになって、理解したことのひとつ。彼は、自分の容姿の美しさや、内面の諸々から発されるきらきらした何かを、抑えることができないのだ。

 彼自身が発光してるとか、そんな物理的なものではないけれど……毎回、彼を最初に視界に入れる時には、眩しいものでも見てしまったかのような感覚を覚える。

 子供相手にすらきらきらを抑えられないなんて、本当に無意識なのだろう。


「レイー」


 やれやれ、と肩を落としながら、彼に向かって呼びかける。

 子供たちと一緒に振り向いた彼が、ぱっと明るい表情を浮かべたのが見えた。


「ジュリエッタ嬢!来たんだね!」


 さくさくと芝を踏み、彼の所へと歩み寄る。私が近づくと、彼の側にいた子供たちが一斉にレイの背後へと隠れてしまった。


「……ええと、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」


 笑顔が強ばった子供たちの様子に、罪悪感を感じてしまう。

 レイは、困惑する私の姿に、面白そうに目を細めた。


「皆、怖がらなくていいよ。彼女は僕の友人なんだ」


「レイの、おともだち……?」


 そろり、と顔を出した何人かの子供たちと目線を合わせ、私はにこりと微笑んだ。


「はじめまして。私、ジュリエッタというの」

「……僕、アラン」


「ルカ」


「私はシェニー」


 恐る恐ると言った様子で、子供たちは自己紹介をしてくれた。

 さくり、と小気味よい音を立てる芝の上に腰を下ろす。隣のレイが、全然申し訳なさそうに見えない笑みで笑っていた。


「ごめんね。今日はこの子たちと先約があって」


「いいわ。別に。……この子たちは?」


「この神殿で育てている、孤児たちだよ」


 さらりと、レイは言った。

 きゃははと、また軽やかな声を上げて、子供たちが芝で走り始める。子供たちは大体、3歳くらいから12、3歳くらいまでに見える。ここにいるのは、10人くらいだろうか。


「神殿が孤児たちを養っているというのは知っていたけれど、ここでもそうなのね」


「首都や地方より、ここの方が多いんだよ。ここは、国中から孤児たちが連れてこられるから」


「そうなのね」


 首都の神殿には何度か訪れたけれど、孤児たちを見かけることはなかった。貴族たちの中には、神殿の孤児たちへ贈り物をするのが好きな人たちもいたけれど……。ローエングリン神殿が、国で一番孤児を預かっているだなんて事実は、知らなかった。

 さわさわと、涼しい風が吹いた。

 子供たちを見守るレイの髪が風に吹かれ、きらりと輝く。


「孤児になる理由は、みんな様々だよ。親に捨てられたり、親が魔物に殺されたり。……地方だと、あまり珍しいことじゃないから」


「……みんな、辛い思いをしてるのね」


「そう哀れむばかりじゃないよ。この神殿で彼らは、のびのびと暮らしている。寄付金も十分貰っているから、貧しい暮らしはしていないし。大きくなれば、神殿騎士になったり、神官になったり……本人の希望があれば、できる限り実現できるよう、協力しているから」


 レイの言葉は強く、しっかりとしていて……子供たちを支え見守り、そして育んでいく、意思を感じさせた。

 その言葉に、私は恥ずかしくなった。

 彼らが孤児だというだけで、可哀想だという目で見ていた。それは、短絡的だった。


「ごめんなさい。彼らが幸せなのに……他人である私が、勝手に哀れむだなんて、酷いことをしたわ」


「僕は君の、そんな素直な所がとても気に入っているんだよ」


 背後に腕をついたレイが、ぐっと身体を反らした。空を仰いだまま、ちらりとこちらへ緑の瞳を向けてくる。


「貴族はあまり、自分の非を認めたがらない人たちが多いからね。君のその、己の間違いに気づいてすぐ、謝罪することのできる心の素直さ……清らかさ、と言えばいいのかな?それこそがきっと、神獣殿に気に入られた要因なんだろう」


「……あまりからかわないで」


 真正面から褒められるのは、とてもむず痒い。

 暑さのせい以外の理由で火照ってしまった顔を逸らしたら、何かが私の肩にぶつかった。


「あ……!ご、ごめんなさい!」


 振り返ると、10歳くらいの女の子が必死で頭を下げていた。どうやら彼女が、誤ってぶつかってしまったらしい。


「私こそごめんなさい。怪我はない?」


「えと……はい、大丈夫です」


 そろそろと顔を上げた女の子は、胸元に赤い表紙の本を持っていた。大切そうに抱きしめられたその本には、見覚えがある。


「あら、その本……懐かしいわね。『聖女物語』、でしょう?」


「あ、そ、そうなんです」


 少女がどもりながら何度か頷いて――その拍子に、揺れた長い前髪の間から、彼女の目元が覗いた。


「――!」


(声を、上げなくてよかったわ)


 驚いて、声を上げそうになった口元を慌てて抑える。

 彼女の目元は……鼻の上から目元にかけて、酷い火傷で皮膚が引きつっていたのだ。きっとあの目は、もう……見えていないのだろう。

 私が息を呑んだ気配に、彼女も気づいたのか。

 彼女は、「ごめんなさい!」と再び頭を下げてきた。

 そんな彼女の頭にぽん、と手を置いて、レイが優しく言った。


「謝ることないだろ。……ジュリエッタ嬢、この子は事故で目が見えないんだ。だからさっきも、本を読んであげてたところだったんだよ」


 私は少し悩んで――そっと、彼女の腕に触れた。

 びくっと彼女の身体が揺れる。私は彼女を怯えさせないように、優しく声を掛けた。


「そうだったのね。読書の邪魔をしてごめんなさい。……よかったら、私が続きを読んでも構わないかしら?」


「え……?」


 躊躇うような様子に、彼女の腕をそっとぽん、ぽんと叩いた。


「私ね、『聖女物語』が大好きなの。こうして会えたのも何かの縁だし、貴女がいやじゃなければ、私に読ませてもらえないかしら」


 彼女は迷うように本を握りしめ……やがて、こくんと頷いた。




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