第14話
初対面だったその日、レイはまず、神獣使いについて広く知られている知識に、神殿ならではの情報を付け加えて説明してくれた。
神獣使い。それは、聖女ではない一般人が、神獣と契約した場合に用いられる呼称だ。
長い王国の歴史の中で、神獣使いが現れたのは、3度。
うち2度は、聖女のいない時代に。……残りの1度は、聖女がいる時代に、神獣が選んだのが一般の人だったのだという。
つまり、私の今の状況は、前例がある、ということだ。
そのほかの場合では、神獣は聖女と契約し、付き従い、王国に繁栄をもたらした――が。
「聖女様のおられない時代。歴代の神獣使いの方々は、聖女様に劣らない素晴らしい功績を残しておられます」
レイは、にこにこと楽しそうにそう語った。
神獣使いは、聖女のように直接神聖力を操ることはできない。
そんな彼らの代わりに、神獣が神聖力を使い、人々を癒やし、穢れを浄化し、魔物を討伐し……そうして、国に繁栄をもたらしたのだという。
「ですから、ユロメア令嬢にも、やろうという意思さえあればそういったことができるわけです。あ、強制してるわけではないですよ?神獣殿の協力も必要になりますし。あくまで、聖女様の奇跡と呼ばれている事例を、貴女もすることができる、というだけですから」
笑顔でしれっとそんなことを言ってのけるものだから、彼の腹黒さを垣間見てしまったような気がして、少し笑顔が引きつってしまったではないか。
およそ2時間ほどの時間、そうしてレイの話を聞いて過ごした私たちは、パーシー卿に見送られて、帰りの馬車へと乗り込んだ。
「……出された焼き菓子、そんなに美味しかった?」
馬車の中でそう問いかけると、窓の外を見てぼんやりしていたロロが、「ん?ああ」とぼやけた返事をした。
「そうだな。そこそこ美味しかったぞ」
「随分と寛いでたじゃない」
「それはまぁ、な。あいつらからは、悪意が感じられなかったし」
「……そうなの?」
彼は神獣だ。悪意、とか、人間にはよくわからないものを感知できるのかもしれない。
半信半疑で問い返すと、ロロは頬杖をつきながらしっかりと頷いた。
「ああ。少なくとも、お前を害するようなことは考えていないのだろう」
「そう……」
ロロと同じように、馬車の窓から見える新緑へと視線を移す。
先ほどの帰り際。レイは、またあの感情が読めない笑顔でこう言った。
「もし、僕たちのことを信用できると判断できましたら、またいらしてください。前約束や先触れも不要です。僕はいつでも、歓迎ですから」
(信用、ね……。まぁ、ロロもこう言ってるし。悪い人ってわけでは、なさそうだけど……)
仕草ひとつ取ってみても、明らかに貴族の振るまいをしている彼。
神殿にいるということは、まぁ訳アリってことなんだろうけれど……。本当に、彼を信用しても大丈夫だろうか?
(神獣使いが出来る事、今までの神獣使いが、どんなことをしてきたのか……。それらを詳しく知ることは、大切なことだわ)
これから、神獣使いなんてものになってしまった私が、どう行動していけばいいのか。自分にどんなことができて、何をすると国の利益になるのか。
それらを知ることは、重要なことだとは思うけれど――。
(それをわざわざ、レイってあの、うさんくさい人から教えてもらうのか、それとも別の誰かから教えを請うのか……そこよね)
きらきらと新緑のトンネルを、馬車はガタガタと走っていく。
日差しが強まってきたこの時間帯。木漏れ日を反射する緑の葉の色は、まるで先ほどまで向き合っていた、彼の瞳のようだった。
とても澄んでいて、綺麗な宝石のような色。どこか、偽物のような気もしたけれど……。
「――リーエ」
今度は、私のほうがぼんやりしてしまっていたらしい。
ロロからの呼び声に、はっと思考の海から目が覚めた。
見れば、ロロが真剣な瞳でこちらを見つめている。
「……で、結局どうするつもりだ?あいつを信用するのか?」
「そう、ね……。うーん、正直、まだ悩んでいるの。歴代の神獣使いについてのことは、知りたいとは思うのだけれど……」
「知りたい気持ちがあるのなら、俺は、取り敢えずあいつから情報を得ることをおすすめする」
「……あら」
思いがけない言葉に驚く。まさかロロが、彼のことを薦めてくるとは思わなかった。
「理由を聞いてもいいかしら?」
「理由……そうだな。消去法みたいなものだ。あいつから情報を得るのでなければ、神殿に問い合わせて情報を得るか、自力で探すか、あたりになるだろう?効率や情報の正確さを考えると、悪意もなさそうなあいつが丁度良さそうだと思ってな」
「なるほど……」
(確かに、ロロの言う通り……図書館で自力で調べるのは時間が掛かりすぎるし、かといって神殿に問い合わせて……というのは、ナシね。あの時の大神官の様子からして、疎まれて情報も得られないかも)
謁見の間で会ったあの大神官は、首都にある主教会の大神官だといっていたっけ。
あれだけアリサのことを聖女だなんだと持ち上げているのだから、アリサから神獣を奪った形になる私には、協力なんてしてくれそうにない。
そうなると、やはりレイに教えを請うのが近道なのか。
「そうね。じゃあ、もう少し……彼の所へ通ってみましょうか」
そうして、私は週に3日ほど、ローエングリン神殿へと馬車で通うことになった。
都合の良い日に、馬車で神殿へと向かう。
最初に言われた通り、彼はいつ来ても神殿にいて、いつでも自由に時間を取ることが出来るようだった。
私が通うようになると、彼は喜んで、毎回神獣使いについての色々な話をしてくれた。
歴代神獣使いのやってきたことは、あまり聖女の仕事と変わらないように思えた。孤児院や病院などに赴いての慰問、地方への巡察、魔物の被害が報告されれば、彼の地へ行って討伐……。
それ以外にも、国民に向き合いながら国中を旅した神獣使いもいたらしい。
何度も会って、それらの話を聞き、今の王国の状況について議論する。……そんなことを1ヶ月も続けているうちに、私とレイは、すっかり友人のような関係になっていた。
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