第13話


 守衛の騎士たちに手紙を見せると、しばらくしてすぐ、見覚えのある神殿騎士がひょっこり現れた。


「お待たせして申し訳ありませんッス!いらして頂けて、本当に光栄ッス」


 にぱっと笑顔で一礼した彼は、すぐに「さぁさぁ!」と私たちを神殿の中へ招き入れた。


「今からレイ様のところに案内するッス!お待ちかねですよ!」


  ルンルンと上機嫌で歩く彼の後ろをついていく。歩きながら、失礼にならない程度に周囲を観察した。

 白い石の床と壁。ところどころに置かれた質素な木製の家具。カーテンや日よけ等の布は、全て鮮やかな緑色をしている。

 吹き抜けの廊下に差し掛かると、ふわりと緑の香りがする風が全身を包む。すごく、気持ちが良い。


(さすがは、国一番の大神殿ね)


 静かで清廉された空気の中には、聖属性の魔力が濃く漂っているのを感じる。

 私が得意としている聖属性魔法は、聖女が使うことのできる神聖力には劣るが、それでも根元は同じ。

 きっと、この濃密な聖属性の魔力が『神聖力』とか、そういう類いなんだろう。

 ちらりと横を見れば、ロロがなんとも柔らかい表情をしていた。


「やっぱり神獣って、神殿が居心地良いものなの?」


 こそり、と話掛けてみると、ロロは「ああ」と頷いた。


「神殿は、神聖力に満ちているからな。リーエも、気持ちがいいだろう?」


「そうね。なんだかリラックスできるわ」


「そう仰って頂けると、ここの神殿騎士として嬉しいッス」


 会話が聞こえていたようで、前を行く彼がにぱっと笑顔でこちらを振り返った。


「遠くて申し訳ないッス。もう少しなんで、ご容赦を……あ、どこかで休憩とか、しますか?」


「お気遣いありがとう。ええと……パーシー卿、だったかしら?私は大丈夫よ」


「わ、名前覚えててくださったんスね。ありがとうございます!でしたら、このまま向かいますね」


「ええ、お願い」


 吹き抜けの廊下を抜けた先の建物に入ると、すれ違うような人もほとんどいなくなってしまった。


「ここは、神官や貴族の方々が過ごす宿舎棟なんス。レイ様は、こちらの応接室でお待ちッス」


 ようやく到着した扉の前で、パーシーはノックをして室内へと声を掛けた。


「レイ様。ユロメア様と神獣様をお連れしましたッス」


「――通して」


 室内からの返答は、若い男性の声だった。

 パーシーが開けてくれた扉から、そっと室内へと足を踏み入れる。……そして、開いた窓の側に立つ青年が、ふわりと笑うのに、目を奪われた。


「はじめまして、ようこそいっしゃいました。ユロメア公爵令嬢様」


 窓から見える綺麗な青空に、きらりと銀糸の髪が揺れる。夜空の星のように輝く緑色の瞳が、きらきらと木漏れ日のように見る者を魅了していた。

 静かにこちらへ頭を下げる、たったその一礼すら、上品さに溢れた所作で見惚れてしまいそうになった。

 ロロが微かに身じろぎしたことで、ハッと我に返ることができた。


「……ご招待、感謝いたしますわ。はじめまして、ユロメア公爵家のジュリエッタと申します」


 小さく膝を曲げる簡易的な挨拶で応じると、彼はにこりと笑顔のまま、ソファに座るよう勧めてくれた。


(……この人。笑ってるのに笑っていないわ)


 パーシーが用意してくれた紅茶を頂きながら、ちらりとレイを盗み見る。

 高身長の人型のロロよりも、少し低いくらいの身長。すらりと細身の身体と、神官服から覗く肌は陶器のように白く滑らかだ。

 社交界で嫌というほど見慣れている、貼り付けたような笑みも含めて、この男が貴族出身者であることは間違いない。


(ならどうして、家の名前を使って手紙を出さなかったのかしら?)


 面倒な……ともすれば、私の元まで届かないかもしれないような手紙の出し方をするなんて……ますます、この男の考えがわからない。

 彼は、優雅な仕草で音も立てずにティーカップを置くと、手を組んでこちらへと顔を向けた。


「さて……。改めまして、僕はレイ、と申します。このローエングリン神殿にて、神官を務めている者です」


 ゆったりとした語り口は、優しい口調ながらやはりどこか、取り繕っているような雰囲気を感じる。


「この度は、僕の不躾なお願いに応じて頂いて、本当にありがとうございます。急なことでしたし、お返事を頂けないことも覚悟しておりましたので……こうして足を運んで頂けて、本当に嬉しく思います」


「あの、神官様」


「はい、なんでしょう?」


「丁寧なお言葉には感謝しますが……ここは社交の場ではありません。どうぞ気兼ねなく、お話頂けませんか?」


 貴族同士の腹の探り合いなんて、そんなことをしに来た訳ではないし、疲れることはしたくない。

 じっと彼の緑の目を見て、私ははっきりと告げた。


「私は今日、神獣使いの歴史について、お話を伺えると聞いてこちらに来ました。神官様と談笑するためにきたのではありません」


「…………」


 彼は、私の言葉にすぐには反応しなかった。

 緑色の瞳は、何の感情も映さず――いや、こちらの心の内を読み取ろうとするかのように、じっと私を見つめていた。私も静かに、その目を見つめ返す。


(……あまり、感情が読めない人ね……。こちらを試している?何か、見定められているような気が……)


 数分の沈黙の後、彼の貼り付けたような笑みが、すっと崩れた。


「なるほど。そうですね」


 ふと、彼の纏う雰囲気が色を変える。

 つ、と彼の視線が流れた先は、ロロだった。


「そちらが、貴女の契約された神獣殿ですか?」


「ええ」


 明らかに、先ほどまでと声の調子も変わっている。


「初めまして、神獣殿。お会いできて光栄です」


 ぺこり、と彼が頭を下げると、ロロは長い足を組み替え、腕組みまでして頷いた。


「俺がここへ来たのは、リーエのためだ。話なら、リーエとしてくれ」


「そうですか。お越し頂いて、ありがとうございます。どうぞゆっくりお寛ぎください。……さて、ではユロメア令嬢」


 彼はこちらに向き直ると、にこりと……先ほどまでとは違う種類の笑みを浮かべた。


「貴女のお言葉に甘えて、楽に話させて頂きますね。手紙に書いた通り、僕は、我が国に誕生した神獣使いの貴女に、過去の神獣使いの方々が何をしてきたのか、国にどう影響を与えてきたのか……そういったことをお話したいと思います」


「お話の前に、ひとつ宜しいかしら?」


「ええ。何でも聞いてください」


「では遠慮なく。神官様が私に、そのようなことをお話したいとお思いになった理由はなんでしょう?話すことで、貴方になんの利益があるのですか?」


「理由……ですか」


 私の問いに、彼は少し、部屋の隅に控えていたパーシーと顔を見合わせた。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐに私へと視線を戻すと、今度はほんの少しだけ、意地悪く見える笑みを見せたのだった。


「貴女に期待しているのですよ。この国が、より繁栄してくれますように、とね」





 

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